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「“速攻”での主導権はお前が握っている。それをちゃんと理解しろ」
「?」
「自分の持つ武器を未知の物と思うな」
「……」
「まあ、やってみるのが早えな」
烏養元監督はそれだけを言うと子どもたちを集め、ネットを挟んだ反対側に居る日向にブロックしてみろと声をかけた。日向は不思議そうにしていたものの、ミドルブロッカーなら止めてみなと言う烏養元監督の声に背中を押されて荷物を脇に置くとコートの中へ足を踏み入れる。
ネットは小学生用の高さで少しだけ背が高くなった気分だと日向は浮かれていたが、正面で一人の男子小学生がボールを放ったのを見て意識をそちらに向ける。弧を描いたボールは綺麗に烏養元監督の元へと運ばれた。
――3rd
「サード・テンポ」
「?」
その言葉の意味を飲み込めなかった日向だったが、スパイクの為に助走をつけて走ってきた男児の前にネット越しに立ちはだかると思い切り跳び上がる。
しかしこれは小学生用のネット、何時も通りの感覚で跳んだ日向は見事に顔面でボールをブロックしてしまい、それを目の前で見た男児と烏養元監督は凄いバネだと舌を巻いた。
「確かに凄えバネだな……じゃあ次」
先程と同じように一人の男児が烏養元監督へボールを投げる。
――2nd
「セカンド・テンポ」
先程よりも動くタイミングが速いが、十分に追いつける助走。日向は先程のようにならないようにジャンプを押さえてボールをブロックすると、それを見た烏養元監督は満足そうに頷いた後そっと目を細めた。
「ほうほうほう。じゃあ――次」
同じように投げられたボール、そしてそれと同時に複数人の子供達が一斉に飛び出してくる。その早い助走に日向が目を丸くしている間にボールは烏養元監督の元へ届こうとしていた。
――1st
「ファースト・テンポ」
烏養元監督のトスと同時に踏み切った一人の男児がスパイクを打ち、それに間に合わなかった日向は先程までとは比べものにならない速攻に目を輝かせた。
「どうだ?」
「速い!」
「ブロック出来るか?」
「少なくとも一人じゃ無理! と思います」
それに烏養元監督はひとつ頷くと先程までの三つのテンポを比べてスパイカーの打ち方に違いはあるかと訊ね、それに日向は無いと思うと即答をする。その答えは正しく、烏養元監督は、では何が違ったかと続けて訊ねる。
先程までの三つのテンポを思い返した日向は一度落とした視線を上げ、ゆっくりと口を開いた。
「……助走を始めるタイミング?」
「そうだ、それがテンポだ!」
攻撃の速さは全てこのテンポで区分される。トスのボールのスピードの速度の上下ではなく、スパイカーの助走開始のタイミングの違いで左右される。そうして区分された中で最も早い攻撃がファースト・テンポとなり、敵ブロックの回避に最も有効な攻撃へ変わる。
「恐らくお前が今まで無意識的にやっていた攻撃がそれだ」
だが、頭できちんと理解しろ。
「“変人速攻”がどんなに凄い攻撃であっても、速攻である以上このファースト・テンポの攻撃であることに違いない」
「……」
「セッターのトスより先に助走を開始、セッターはスパイカーに合わせてトスを上げる」
つまり“変人速攻”もスパイカー主導の攻撃だ。
「ファースト、テンポ……」
「で、だ。“変人速攻”がどんな必殺技だか知らねえが、“コレ”だけは絶対だ」
“スパイカーが打ちやすい”以上に最高のトスは無えんだよ。
「……」
その言葉を聞いた烏養の頭に過ったのは、弧を描くボールとその行き着く先。
頭を殴られたような衝撃と共にあることに気付いた烏養は鶫から預かっていたノートを開き、其処に綴られていた“答え”に目を通す。それは烏養が気付いたことと鶫が気付いてほしかったことが事細かに記載されていた。
「――片方じゃ駄目だ」
「えっ?」
「ちょっと日向、此処で練習してろっ!」
「!?」
そうしてノートを片手に車まで走り出した烏養の背中を烏養元監督は満足そうに眺め、その場から駆け出すようにして飛び出して行った烏養の車を見送った。
「スパイカーの助走開始のタイミングが全て――」
――1センチを1ミリを、1秒速く頂へ
「でも、それだけじゃ足りないんです」
「……」
「今までおれが意志を持って動くのは頂“まで”だったけど……」
「これからは」
頂“でも”戦いたいと言うことか
「!」
「それにはお前の相棒にも改善が必要な訳だが――恐らくそれは繋心ともう一人の頭脳が何とかするんだろうよ」
「影山は……凄え奴だからきっと大丈夫です。鶫ちゃんも頭良いから、影山と皆のことちゃんと見てくれます」
だからおれも置いてかれない様に、頂での戦い方教えて下さい。
学校へと向かう道中、ポケットに入れていた影山の携帯が電話の着信を告げた。それに鶫は影山へと目を向け、影山宛てに電話がかかるのは珍しいと不思議そうに小首を傾げる。影山は携帯の画面を見て登録されてねえ番号だなと呟きながらも通話ボタンを押し、携帯を耳に当てた。
「ハイ、もしも――」
『影山、今どこにいる!?』
「烏養さん?」
『番号は澤村に聞いた!』
影山の口から烏養の名前が出ると鶫はきょとんと目を丸くし、影山のシャツの袖をクイッと引く。鶫が袖を引いた意味を理解した影山は腰を屈めて携帯をあてている耳の方へ少し顔を傾け、鶫は影山と携帯を挟むようにして耳を近付けた。
「今、鶫と学校に向かう途中ですけど」
『何だと!?』
「体育館の点検終わってねーかなと思って……」
『あっ!?』
「!?」
受話器と遠くから聞こえてきた声が重なり僅かに聞こえてきた足音の方向へ鶫が顔を向けると、それにひと呼吸遅れて影山がそちらへ顔を向けた時にはもう烏養はこちらに向かって猛ダッシュしてきていた。
「影山あああああ!」
「うお!?」
「“通り過ぎるな”! “置いてこい”!」
「ハイ!?」
「“止まるトス”だ!」
「!?」
烏養が影山の肩を勢いよく掴んで叫んだ“答え”は、鶫の顔に嬉しそうな笑みを浮かべるには十分なものだった。