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翌日、火曜日の朝。日向は田中の姿を見かけると真っ先に駆け寄り、先日のことについて謝罪を入れた。すると田中はそのことかと笑い、さっき影山も来たぞと言って自分も殴って悪かったなと続けた。
「乱闘止めるとか燃えて力入り過ぎた!」
「田中さんの一発効いたっス」
「けど女子の前で喧嘩なんかすんじゃねえ! 谷っちゃんが真っ青だったぞ! ああでも鶫ちゃんは妙に冷静だったか……」
とにかく教頭の前でも喧嘩はせずそれ以外でやれと田中は話を締め、それに日向は元気よく返事をした。その話がちょうど終わった時、烏養が日向を呼び出して更に他の部員たちも集め、何時も通りのチーム分けによる試合形式の練習に入るが何時もと違うことがひとつだけあった。
「――よし、日向はしばらく試合形式の時はBチームに入れ。菅原、頼む」
「えっ。あっ、ハイ」
今までAチームで影山とコンビを組んでいた日向がBチームに入ることに菅原含めその他部員たちも一瞬驚いたものの、烏養の指示通りに自チームのコートへ足を運んでいく。その中で言葉を交わすことなくすれ違った日向と影山を見て、谷地はソワソワと落ち着きのない様子で日向に歩み寄った。
「あの、日向」
「?」
「その……大丈夫かなと思って、影山くんと、あの……」
「大丈夫だよ」
「!」
真っ直ぐに谷地を見てそう言い切った日向に谷地は満面の笑顔を浮かべ、一方、日向とすれ違った影山に鶫は声をかけていた。
「大丈夫、これからよ」
「分かってる」
「いってらっしゃい」
「おう」
「……」
そのやり取りを遠巻きに見ていた菅原は複雑な胸中でゆっくりと目を細め、うっすらと滲んだ汗を手の甲でぐいと拭った。
バレー部に徐々に変化が起き始めた翌日、鶫は昼休みを利用して三年生のクラスがある階に上がり、澤村と菅原が居る四組に足を運んだ。騒がしいクラス内を見渡して澤村か菅原を探そうとした時、後方から聞きなれた声で呼び止められたのでそちらへ顔を向けた。
「菅原先輩」
「お疲れ。なんか用事?」
「はい。少し相談があって」
「何? 俺で良かったら話聞くよ」
後方から鶫を呼び止めたのは菅原で、彼は鶫と一緒に人通りの邪魔にならない廊下の壁際に移動すると、改めて何の用事で此処に来たかを訊ねた。
「部活後の自主練習のことで少し」
「それがどうかした?」
「場所がどうしても足りないと思って……それで、澤村先輩か菅原先輩から女子バレー部の主将の方に女子バレー部の練習後に第一体育館をお借り出来ないか伺って頂きたくて」
「ああ、なるほど。それなら心配いらないよ」
「え?」
「大地も同じこと考えてたみたいでさ、ついさっき――あ、ほら」
鶫の目線に合わせて腰をかがませた菅原は廊下の先を指し示すと、其処には何かを話している澤村と道宮の姿があった。鶫の耳には今さっき自分が相談したかったことを話している声が聞こえて、さすが澤村先輩と内心でほっと胸を撫で下ろすとそのまま菅原の方へ顔を向ける。
「な、大丈夫だったべ?」
鶫に合わせて腰を屈めていた菅原との距離は何時もより近く、何時もの笑顔も違って見えた鶫は思わずきょとんと目を丸くする。元々丸い目を更に大きくした彼女の様子に菅原が首を傾げたが、直ぐにその理由に気付くとそういうことかと言いたげに少しだけ笑って鶫の頭を優しく撫でた。
「あんまり可愛い顔してると目付けられるぞ、舞雛」
「え?」
「あ、大地戻ってきた」
その中に俺も入ってるとは、今は言わないけど。
部活後の第二体育館では東峰がジャンプサーブをひたすら打ち込んでいた。しかしサーブのほとんどはネットに引っかかるか相手コート枠を大きく外れていて、たった今打ち込んだボールもネットに引っかかり自分側のコートへ力なく落ちて転がった。
「チッ!」
今の烏野で安定してジャンプサーブが使えるのは影山くらい。
俺は勝負時に使える程安定しない。でもそんなんじゃ――。
「サーブこそが究極の“攻め”」
武器と言えない!
「旭さーん!」
「ホアッ!?」
「ちょっと良いっスか!」
梟谷学園グループとの合同練習で見た“あの”サーブを意識しながら打ち込んだサーブはネットを越えたが、突然現れた西谷に綺麗に拾われる。突然の西谷の登場とあっさりサーブを拾われたことに思わず目を丸くした東峰だが、用事があるらしい西谷の声でボールを打ち込む手を一時止めた。
「あ、うん。いいよー」
「俺のトス、打ってもらって良いっすか!」
「うん、いいよー……って、あ、え!?」
――西谷がトス?
「旭さんのサーブ練習も手伝いますから」
「……」
もしかして青城リベロのあれを……。
完璧と思える西谷でさえまだ進化する……置いていかれるわけにはいかないな。
「いいよ、やろう」
「よっしゃー!」
「あれ、そういや……大地たちは何してんだろう?」
東峰が首を傾げた同時刻、第一体育館では烏養のタブレットを澤村と菅原他数人が囲んでいた。烏養は事前に用意していたブックマークを開いて動画サイトに飛ぶと、これだこれだと言いながら動画を再生させる。
「これって?」
「ブラジルの攻撃の動画?」
「……おっ、一斉に動き出した」
その動画を見ながら確かに森然高校の攻撃がこの形だったと澤村は呟くと、ブラジル側の選手たちはそれぞれのタイミングと位置で跳び上がり相手を翻弄していく。
「えーっと」
――同時多発位置攻撃。
端の方で澤村たちが動画を見ながら烏養の指導を受けている時、コートの中ではサイドラインに一番近い両端にペットボトルを立てた影山が何本目か分からないトスを打っていた。影山のトスはペットボトルを僅かに超えてライン外に落ち、それを悔しそうに舌打ちをした影山に谷地は思わず体を震わせたが彼は息を深く吐いて再び谷地へ顔を向ける。
「次頼む」
「ハイッス!」
第一体育館で二手に別れている練習風景を鶫はじっと見つめていたが、頭の端では烏養元監督の家で練習をしている日向と先に帰ってしまった月島と山口を気にかけていた。
特に月島は自主練習が始まってから周囲との温度差が更に広がっていて、これからの練習でも彼のモチベーションや行動によっては色々と見直さなければならならい点が数多く出てくる。しかし鶫としては高身長でありそれなりに経験がある月島を控えには回したくない。
「……さて、どうしたものかなあ」
「あ、ツッキー」
帰宅途中の道で山口は月島に声をかけ、嶋田の所でサーブの練習をするからと分岐路の先を指し示す。それに月島はああと声を漏らすとヘッドホンに手をかけ、じゃあねと短く返答をするとそのまま自宅への道を歩き出す。その背中を見送った山口は何か言いたげな様子だったが結局声はかけられず、携帯で時計を確認すると慌てて分岐路の先を急いだがその表情が変わることはなかった。
各々の自主練習が終わり田中が家に到着すると冴子と鉢合わせ、彼女に早く風呂に行けと言われたが先に飯だと田中は言い返して居間へと向かう。冴子はこれだから食べ盛りはと眉を寄せたが、そういえばとあることを思いだして田中を引き止めた。
「今の烏野に月島って奴いる? 試合の時、名前聞こえたんだけど」
「おう居る。くっそ生意気でよ、可愛くねーんだよ。そんで――うおっ!?」
「?」
「今日はもしやからあげ!?」
「あっ、おい! 話の途中だっつーの!」
唐揚げの匂いを嗅ぎつけて田中が足早に居間へ行ってしまった為に冴子は口元を引き攣らせたが、後で自分の用を済ませてから話をすれば良いかとため息をつくとその背中を見送った。