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合宿遠征二日目。
音駒、生川、梟谷と三連敗した烏野が合計三本の裏道ダッシュを終えたところで休憩が入り、森然高校の父兄から差し入れてもらったスイカをマネージャーたちが配って回る。鶫も他のマネージャーたちと手分けをしてスイカを配って回る中、ひと切れだけ食べて部員の面々から離れていく月島と鉢合わせた。
「もう良いの?」
「うん。別にそんなに好きじゃないし」
「そう……。涼しい所できちんと休んでね」
「分かってる」
言われなくても休むからと月島は少しだけ微笑んだが、その笑みに何時もの皮肉っぽさはあまり感じられない。
昨日のことが彼の中で残っているのかもしれないと鶫が心配していると、偶然傍で休んでいた澤村たちに黒尾が歩み寄ってきて声をかけた。
「あー、スマン」
「? なんだよ」
「昨日、お宅のメガネ君の機嫌損ねちゃったかもしんない」
「え?」
不思議そうにする澤村たちに黒尾は昨日の一部始終を話すと、成り行きとはいえ月島が自主練に付き合ったのかと各々が驚いた顔をした。
「で、何かあったの?」
「お宅のチビちゃんに負けちゃうよ――って挑発を」
気まずそうにそう口にした黒尾に澤村と田中は不思議そうな顔をしていたが、心当たりがあった東峰ははっと何かに気付いた顔をして月島の今までの言動や行動を思い返した。
「確かに月島は日向に引け目を感じているトコあるよな……」
「あっ。ソレ関係あるか分かんないすけど、うちの姉ちゃんが――」
「話の途中だバカ!」
「あんだよ?」
「その月島って奴さあ」
兄ちゃんいない?
「!」
その話を聞いていた鶫は目を丸くし、思わずどういうことですかと口を挟んだ。鶫が口を挟んでくるのは珍しいと澤村たちの目が向くと鶫ははっとした顔をして、盗み聞きしていたみたいですみませんと慌てて頭を下げる。
「そういうつもりじゃなくて……」
「あ、いや。こっちもそういうんじゃないから」
「鶫にしては珍しいな」
そんなに気になる話かと黒尾に訊ねられた鶫は迷わず頷く。鶫の即答を見た黒尾は一瞬目を見開いたかと思うと面白くなさそうな表情を浮かべ、そんなに気になるなら続きだなと田中に視線を向ける。
やや八つ当たりぎみに黒尾に視線を向けられた田中は一瞬口元を引きつらせたが、姉と話をしていたことをサイド思い返す。
「あー、それで姉ちゃんが言ってたのは――」
「アタシが烏野にいた時――つまり男バレが一番強かった時期な」
「“小さな巨人”がいた頃?」
「そう。その頃のバレー部に――」
長身の“月島”って人がいた気がするんだよね。
「小さな巨人と同じチームに、月島君のお兄さんが」
まさかと言いたげな鶫に同姓の別人である可能性もあり月島の兄かどうかは分からないと田中が肩を竦めると、菅原が練習が始まるぞと声をかけてきたのでその話題は一旦切り上げられた。
鶫は再開された練習を見ながら、ふとした瞬間に月島を視線で追いかけていた。
「……」
――月島くんのお兄さん。もしもその話が本当だとしたら、昨日の月島くんの呟いた言葉の意味は……嫌でも想像がついてしまう。
「……でも、これはあくまでも私の想像」
月島くんの口から聞いたことじゃない。それにこういうことは――。
「本人が納得しないと意味がない」
表面上は至って普段通りの鶫は頭の片隅でどうしたら良いものかと頭を捻ったが、練習終了までに妙案が浮かぶことはなかった。
「――東峰さんは嫌じゃないんですか?」
「何が?」
下から強烈な才能が迫ってくる感じ。
「あー。まあ、心は休まらないかなあ」
「日向は多分まだ“エース”って肩書きに拘ってますよね」
「そうかもな。だから今のままじゃ駄目だって言い出したのかな」
お陰で俺や他の連中も火がついた感じだけどといつもの表情で笑った東峰を見て、微妙な表情を浮かべた月島が気をつけないと集中し過ぎた日向に噛みつかれますよと口元をやや引き攣らせる。
月島が言いたかったことを一瞬東峰は理解できなかったが、以前コートの中で自分に上げられたレシーブを取ろうとした日向とぶつかったことを指しているのだということに気が付き、はははと変わらない表情で笑う。
「……俺と月島はさ」
「?」
「ポジションとか役割的に日向とライバル関係に近いから、ヒヨコみたいだった日向が日に日に成長するのをひと一倍感じるんだろうな」
「……」
「――でも俺は」
負けるつもりはないよ。
先程までの穏やかな表情から一変して好戦的な表情を浮かべそう言った東峰の横顔は、誰よりも自分がエースであることに自信を持っているように見えた。
つかの間の休憩から烏野は生川との練習試合に入り、影山は月島がサボったことを目敏く見つけて指摘をしていた。それは何時も通りの光景ではあるが、“何時も通り”であるが故に烏養の目に留まり、隣でノートを取っている鶫へ顔を向けた。
「――舞雛はどう思う?」
「月島くんのことですか?」
「ああ」
「“合格点を取っていても百点を目指さない”」
「!」
「それが今の月島くんだと思います」
相変わらず選手のことをよく見ていると烏養は内心で舌を巻きながら、自分が考えていることを正直に話すことにした。それは自分の考えていることと鶫がプランニングしている今後が噛み合ってほしくないという気持ちもこの時あったかもしれないが、鶫はその意図に気が付きながらも言及は敢えてしなかった。
「別に熱血を求めてるワケじゃねーけど、このまま実力で抜かれていくならレギュラー替えることになる」
コートに立つのは試合で“勝てる”メンバーだからな。
「貴重なチーム一の長身だ。月島がブロックの要になってくれれば守備のレベルがグッと上がるんだけどな……」
「……」
「舞雛?」
「いえ、なんでもありません」
試合で勝てるメンバーを選抜するのは当然のこと。勝てないメンバーを編成しても意味がない。“今のまま”の月島くんなら確実にスタメンから外さざるを得ないと烏養さんを含めて他の指導者は考えるはず――でも私はそうは思わない。月島くんは“今のまま”でいられる人じゃない。
理性では現状維持を選んでいても、本能では高みを目指している人だと私は知っている。
「オーライ!」
「任せろ!」
鶫が月島のことを考えている中、進む試合では澤村と西谷がレシーブを取り合ってぶつかる場面があった。その光景を見た谷地はみんな気合い入ってますねと言っていたが、やる気に満ちているとはいえたまにちょっと怖いくらいだと清水は眉を少し寄せる。
前回の日向と東峰の件は大怪我に繋がりかねないのは鶫もよく分かっていたが、“そちらの件”に関して鶫はあまり問題視をしていなかった。
「影山!」
「上がった! ナイス!」
「カバー!」
「任せろォ! 旭さん頼んます!」
「レフト!」
影山が相手の強烈なスパイクを取り、ややブレたボールを西谷がカバーしてレフト側へレシーブを上げる。レフト側にボールは上がったが、東峰の所に届くには至らないやや短めのトス。センターで待機していた日向の射程圏内に入るには十分。このトスは貰ったと日向は一瞬舌なめずりをしたが、不意に肌を刺した圧に気付きそちらへ視線を向けた。
「!」
「――……」
”俺のボールだ”
「!」
言葉なくそのボールの持ち主であることを主張した東峰の気迫に日向は本能的にボールを譲り、東峰は西谷が上げたトスをきっちりと相手コートに沈めた。
その数秒のやり取りは烏野と生川の間だけではなく少し離れた場所にいた猫又監督も舌を巻いたが、試合を直ぐ傍で見ていた鶫は何時もと変わらない様子でメモを取っていた。
「予想通りだけどやっぱり凄い」
チーム内でもお互いはライバル同士――その緊張感は成長には必要不可欠。でもチームが乱れて無法地帯になっては意味がない。そこを一本引き締めて見せる……流石烏野のエースだわ。
「……さてと」
「……」
これを見ていた月島くんも何か思うことがあったんじゃないかしら。