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「はあー、今日も華麗なる全敗……」

 本日最後の練習試合と坂道ダッシュを終えた烏野。相手の格が違うので負けて当たり前だが、負け続けても挫けない彼らの根性と向上心は十分評価できる。

 坂道ダッシュ後の小休憩を挟み各々の自主練習に向かう中で、偶然月島の姿を見た菅原は合宿中でも変わらない彼のスタンスに目をしばたかせた。

「月島は相変わらずサバサバしてるよなー」
「月島は……なんかこう、もっと、こう……! 色々やったらやれんじゃねーかって思いますよね!」
「色々って?」
「こう……色々……」

 語彙力がない田中が身長が勿体ないと叫ぶ中で何か言いたそうな山口が月島の背中を視線で追っていると、そんな月島に声をかけたのは昨日と変わらない態度の木兎だった。

「ヘイ眼鏡君! 今日もスパイク練習付き合わない?」
「!?」

 木兎が月島に声をかけたことに誰よりも驚いていたのは近くにいた日向で、驚きつつも羨ましいという気持ちが表情と態度からだだ漏れになっている。

「すみません遠慮しときます……」
「!?」
「あっそー? 黒尾ー」
「えー」
「まだ言ってねーよ!」

 木兎は月島に断られたことを気にしていないのかそのまま近くにいた黒尾に声をかけに行き、木兎の誘いを断ったことに驚きと戸惑いを隠せない日向は慌てて月島に駆け寄って木兎と知り合いなのかと訊ねる。

 知り合いというには浅すぎる関わりに月島は直ぐに違うと答えたが、何故練習を断ったのかと問いかけられればほんの少しだけ間を空けて面倒くさそうに答える。

「……煩いな。僕は君と違ってスタミ馬鹿じゃないんだよ……」
「なんだよ!」
「煩い」

 そのまま足早に体育館を後にした月島に日向は悔しげに叫んだが、その叫びが彼に届くことはなかった。

「なんだよ月島よォー! せっかく梟谷のエースの人が練習誘ってんのに断ってんの! 信じらんねー!」
「えっ、梟谷のエース? 凄いね!?」
「そうなんだよ! もったいねー!」
「……日向」
「?」
「日向なら今のツッキーになんて言う?」
「……」

 何も言わないけど。

「!」
「だって月島はバレーやりたいのかわかんねーもん。やりたくない奴にやろうぜって言っても仕方ないじゃん」

 あんな身長持ってるのがおれだったらあんなコトやこんなコトするのにと叫ぶ日向に、山口は何かを思い出すような口調でひと言溢す。

「ツッキーは」

 バレーは嫌いじゃない筈なんだよ。

「そうじゃなきゃ烏野に来ない」
「……」

 日向と月島の会話を近くで聞いていた鶫はふむと何かを考える仕草をして体育館を後にすると、そのまま月島の後を追いかけた。月島の歩幅で体育館を出て暫く経っているので少し離れた場所に彼はいたが、小走りで追いかけた鶫はその背中を視界に捉えることができた。

「月島くん!」
「舞雛?」
「ちょっと待っ――」
「ちょっと! 走ってきたの!?」

 背後から声をかけられた月島は振り返った先で鶫が小走りでこちらに駆け寄ってきたのを見て目を丸くし、慌てて彼女の方へ駆け出す。普段の月島であればあまり考えられない行動に鶫は驚いてその場で足を止め、こちらに駆け寄ってきた月島を見上げた。

「何でよりにもよって走ってきたの」
「え?」
「あのねえ……君は脚を酷使し過ぎ」
「そんなに走ってないから大丈夫」
「そういうことじゃない」

 普段からアイツにあれだけ言われてるのにと月島は渋い顔をして、足は痛まないのかと念の為に訊ねる。彼の問いに鶫は迷うことなく平気よと何時も通りに微笑んで頷いた。

「月島くん、合宿はどう?」
「え?」

 初めての合宿という訳でもないのにどうして聞かれるのかと月島は内心で首を傾げたが、目の前でにこにこと微笑んでこちらの返答を待っている鶫に適当な返事をするのは少々気が引けたらしく、珍しく素直に答えることにした。

「別に。いつもの練習よりキツイってくらいじゃない」
「部活より沢山練習時間があるから余計にそう思うのかも」
「練習試合もあるし、坂道ダッシュは毎度のことだし――」
「ふふ」
「何?」
「ううん。楽しそうだなと思って」
「楽しそう?」

 こんなにキツイ合宿が? と言いたげな月島の視線に鶫はまたふふと笑い、嫌そうに聞こえないものと目尻を下げる。月島の言葉の端々に面倒臭いという気持ちやキツイという気持ちは読み取れたが、練習自体が嫌そうな声色ではないことを鶫はしっかりと聞き取っていた。

「こんなに強い人たちが集まっている合宿、面白くない訳ないわよね」
「……別にそんなこと」
「ねえ、月島くん」
「何?」
「私、月島くんが恰好良いところ見てみたい」
「!」

 ――ああ、やっぱり“この言葉”なんだわ。

「程々なんてつまらない。もっともっと高い所に行く月島くんを見てみたい」
「……たかが部活なのに?」
「“たかが部活”にあんなに熱くなれるのに?」
「!」

 今までその片鱗はあった。

 日向くんと飛雄くんが入部できるか否か揉めた時の練習試合、部活内での練習時間、青城との練習試合、それ以外にも沢山の月島くんの静かな“熱”を見てきた。

「“才能の限界”なんて誰が決めたの? それは誰に決められたことなの? どうしたら分かるの?」
「舞雛」
「発展途上の私たちが諦める理由ってなに?」

 “上を目指したい”と思うことに、理由や理屈って必要?

「舞雛――」
「ツッキィィイイイイィ!!」
「!?」

 月島が何かを言いかけたがその言葉は遠くから彼の名前を叫びながら駆け寄ってきた山口によってかき消され、何となく空気を読んだ鶫は月島の傍をそっと離れて山口に場所を譲る。全速力で駆けてきた山口は息が上がり切っていたが、何かを伝えようとする口から声を絞り出す。

「ツッキーは、昔から何でもできて……スマートにカッコよくて、俺いつも羨ましかったよ」
「――だから?」
「……最近のツッキーはカッコ悪いよ!」
「!」
「日向はいつか“小さな巨人”になるかもしれない! だったらツッキーが日向に勝てばいいじゃないか! 日向よりも凄い選手だって実力で証明すれば良いじゃないか! 身長も頭脳もセンスも持ってるクセに――」

 どうして“こっから先は無理”って線引いちゃうんだよ!?

「――例えば」
「?」

 感情のままに言葉をぶつける山口に対して月島は冷静な表情だったが、その顔は何時も通りというには些か胸の奥を引っかかれたような複雑な色をしていた。

「凄く頑張って烏野で一番の選手になったとしてその後は? 万が一にも全国に行くことができたとして、その先は?」

 果てしなく上には上がいる。
 例えそこそこの結果を残しても絶対に“一番”になんかなれない。

「どこかで負ける」
「……」
「それを分かってるのに皆どんな原動力で動いてんだよ」
「そんなモン――」

 自分よりも身長のある月島の胸倉を掴んだ山口の脳裏に浮かんだのは、烏野の面々の輝かしい一場面。

 そして――サーブを失敗した自分の姿だった。

「プライド以外に何が要るんだ!!」
「……」

 山口のひと言が夜闇に響いて消え彼の上がった息が空気で震える中、鶫は月島の顔つきが変わったことに気が付いていた。そしてこれ以上自分が焚きつける必要がないことも同時に理解し内心でほっと息をつく。

「――まさか、こんな日が来るとは……」
「!?」

 理屈とかなんとかは置いといて、取り敢えず――
 僕がぐだぐだ考えることより、山口のひと言の方がずっとカッコ良かった。

「お前、いつの間にそんなカッコイイ奴になったの」
「えっ!?」
「お前、カッコイイよ」
「?」

 でも納得はできない。

「ちょっと聞いてくる。舞雛、一緒に来て」
「え、月島くん!?」
「ツッキー!?」

 月島はそう言うが早いか傍にいた鶫の手を取るとそのまま第三体育館へと向かい、鶫は第三体育館にいるいつもの面々に彼の背中越しから頭を下げた。

「おやおや?」
「なんで手繋いでんだよ!?」
「面倒なことになる前に離した方が良いよ」

 木兎は面白そうな顔で月島を見ていたが、黒尾は彼に手を掴まれている鶫を見た瞬間に面白くなさそうな顔で抗議を入れたので何かを察して赤葦が彼らの会話に割って入りその場を収める。月島も勢いで鶫の手を掴んで連れて来てしまったことにはっとして手を離し、黒尾にそういうんじゃありませんからとひと言入れてから本題に移った。

「……聞きたいことがあるんですが、良いですか」
「いーよー」
「すみません、ありがとうございます。……お二人のチームはそこそこの強豪ですよね」
「ムッ! まあね!」
「全国へ出場できたとしても優勝は難しいですよね」
「不可能じゃねーだろ!!」
「まあまあ聞きましょうよ。仮定の話でしょ」

 月島の突拍子のない問いに最初鶫も驚いていたものの、先程までの山口との会話で彼がなにを聞きたいのかを察してからはその会話に口を挟むことなくその場を静かに見守ることにした。

「僕は純粋に疑問なんですが、どうしてそんなに必死にやるんですか?」

 バレーはたかが部活で、将来履歴書に“学生時代部活を頑張りました”って書けるくらいの価値なんじゃないですか?

「――“ただの部活”ってなんか人の名前っぽいな」

 月島の真剣な質問にどう答えるのかと黒尾と木兎を見ていた鶫だったが、木兎の口から出たのは質問とは全く関係がなくこの空気感にもそぐわない呆けた言葉だった。

 それは予想外だったと鶫がやや苦笑いする中、黒尾もまたタダ・ノブカツ君かと木兎の呆けた言葉に乗っかりその話題を広げていく。最終的に彼らの間でたかが部活なんだから人名にならないとまるでコントのような話の流れになってしまい、月島が冷めた目でその光景を見ていた中で木兎がふと何かに気が付いたのか黒尾から月島へ視線を向けた。

「あーっ! 眼鏡君さ!」
「月島です……」
「月島君さ!」

 バレーボール楽しい?

「……? いや特には……」
「それはさ、へたくそだからじゃない?」
「!?」

 唐突になにを言い出すのかと月島が顔色を変える中、彼の顔色もこの場の空気も読めていない木兎は気にした様子もなく話を続ける。

「俺は三年で全国にも行ってるし、お前より上手い! 断然上手い!」
「言われなくても分かってます」
「でも、バレーが“楽しい”と思うようになったのは最近だ」
「?」
「“ストレート”打ちが試合で使い物になるようになってから」

 元々得意だったクロス打ちをブロックに止められて悔しくてストレートを練習しまくったと木兎は笑い、自分の中でバレーボールに対する気持ちが変わった試合のことを思い返す。

「次の大会で同じブロック相手に、全く触らせずストレート打ち抜いたった」
「!」
「その一本で“俺の時代キタ!”くらいの気分だったね」

 ――“その瞬間”が有るか、無いかだ。

「将来がどうだとか次の試合で勝てるかどうかとか一先ずどうでもいい。目の前の奴をブッ潰すことと自分の力が120%発揮された時の快感が全て」
「……」

 木兎は不敵に笑いながらそう言うと、あくまでこれは俺自身の話であり誰でもそれが当て嵌まる訳ではないことと月島が言うたかが部活というのも理解はできないが間違いではないと思うと話す。

 そして木兎は月島の脇で静かに控えている鶫をチラリと見ると、彼女もまた同じ経験をしているだろうと言うように次の言葉を口にした。

「――ただもしも“その瞬間”がきたら」

 それがお前がバレーに“ハマる”瞬間だ。


 

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