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「……付き合わせてゴメン」
「ううん、気にしてないから」

 あの後、月島は質問に答えたからブロックを跳べと木兎と黒尾に絡まれ、隣にいた鶫もついでにと練習に参加させられた。鶫としてはプレイヤーとしてバレーに触れられる貴重な機会なので特になにも思うことはなかったが、流れとはいえずっと自分に付き合わせたことに少々申し訳なさがある月島はやや渋い顔をしている。

「……舞雛は」
「何?」
「“その瞬間”ってあったの?」
「勿論」

 それこそ数えきれないくらい沢山あると笑いながら話す鶫は、先程まで木兎や黒尾相手にスパイクを決めていたとは思えないくらいに穏やかな表情で頷く。

 この先プレイヤーとして“上を目指せない”はずなのに、月島の目には彼女に迷いは一切ないように見えた。

「月島くんにもきっとあるよ」
「……いつかは分かんないけどね」
「“いつか”来る」

 “いつか”と思えるようになっただけ、皆の背中に追いつけた。

「その時の月島くんの格好良いところ、ちゃんと見ておかなきゃ」
「!」
「それに日向くんと月島くんが良いライバルになったら、まるで太陽と月ね」
「えっ」
「ふふふ」

 二人の名前のひと文字を取ってそう笑った鶫は明日の練習に響いたらいけないからとその場で月島と別れ、そのまま彼に背を向けて女子マネージャーたちが揃っている教室へと足を向けた。

 小柄で力強いその背中をその場で見送った月島はその場で静かに息を吐き、夜風でも冷めない顔の熱を持て余してグシャリと髪をかく。

「……はあ」

 普段はあんなに大人しいくせに、バレーのことになると静かに熱くなる。物静かそうな見た目で屈託なく微笑む癖に、コートの傍では誰よりも鋭い眼で全てを視ている。静と動の落差で一体何人の目を眩ませてきたんだか――。

「……」

 そんなこと考えてる僕も僕だけど。



 合宿遠征、三日目。

 烏野は梟谷を相手に11-06で点差を広げられていた。木兎の止まらない勢いを断ち切る為にタイムアウトを取ったものの、集中力というよりも本能で気分を上げるタイプの木兎には時間的な流れを断ち切ってもあまり効果はない。

「4番のスパイクは止められなくても手に当てるだけでもいい!」
「オス!」
「そっか、止められなくても一回手に当てれば勢いが弱くなるってこと?」
「うん、そういうこと」

 烏養の話を聞いていた谷地が気付いたことを口にすれば傍にいた清水が頷き、鶫もまたその疑問に答える為に手元のノートから顔を上げた。

「ブロックの目的は基本的に二つ」

 手に当ててレシーブしやすくする為の“ソフト・ブロック”、完全にシャットアウトする為の“キル・ブロック”。

「キルは英語でそのまま“殺す”の意味ね」
「ヒエーッ」

「止めなくてもいいんですか」
「!?」

 そんな中、普段では考えられない言葉を口にした月島に全員の顔が彼に向き、鶫もまた少し驚いた顔で彼を見上げる。

 月島の表情は至って何時も通りの様子だったが、その目に何時もより熱が灯っているのを鶫は見逃さなかった。

「……いいや? どシャットできるなら願ったり叶ったりだ」
「……」

 ――ああ、もしかしたら。

「月島くん」
「何?」

 彼がしようとしていることを汲み取った鶫はタイムアウトが明ける前に彼に声をかけ、持っていたバインダーとノートを片手にまとめると身振り手振りを交えながら手早く話を始める。

「昨日の鉄朗くんたちとの練習、思い出して」
「!」
「指先まで意識して手は上ではなく前に。――確実に相手を叩き落とすイメージで」
「えげつないこと言うね」
「えっ」
「可愛い顔してる癖にそういうところあるよね、舞雛って」
「えっ!?」

 えげつないと言われたことに驚いた鶫は更に重ねられた言葉に戸惑って眉を下げれば、月島は面白い顔と笑って彼女の額を人差し指で軽く小突いた。

「そこで見てなよ」

 君が言ってた“恰好良い”ところってやつ、見せてあげなくもないから。

「レフトだ! 4番! 4番!」
「……」

 再開された試合で月島は冷静に状況を読み取りながら、昨日の黒尾たちとの練習を思い返していた。

 ――オイ、まずは“意識”しろ。

「指の先まで力込めろ。絶対にフッ飛ばされないように。んで手は上じゃなく前に出せ、前に。そんでうるせえ梟を黙らせろォ!」
「やってみろやああ!」
「……」


 木兎がレフト側からスパイクの為に跳ぶタイミングに合わせ、目の前から静かに相手を仕留める為のブロック――“キル・ブロック”の為に月島が跳んだ。

「!」

 静かな殺意は木兎を本能的に威圧し、彼に反射的にフェイントを取らせた。結果的に緩い軌道を描いたボールは烏野側のコートに落ちてしまったが、今まで高みを目指そうとしていなかった月島の変化に周囲の面々が気が付くこととなる。

「……ようやく面白くなってきた」

 厄介な雛鳥が殻を破り始めた。

「太陽と月の戦いがこれから見られるかも」

 これからの烏野は今までとは違う。

 各々がそれぞれの武器を手にして磨き上げ、それが噛み合えば――。

「私も皆の背中を追いかけてばかりじゃいられない」


 

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