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「フライング一周!!」
「ウィース……」
ペナルティを熟す姿に異様な貫禄を見せる烏野の面々。前回の合宿も含めて他の何倍もこのペナルティを受けているので、それもそのはずだと鶫はやや苦笑いをしていた。
「くそっ! 最後まで負け通しかよっ……!」
「お前ら頑張れ……生き残るんだ……」
「大地さん……?」
悔しげな田中に声をかけたのは普段の雰囲気とは少し違った様子の澤村で、彼の様子が試合前から違うことに気が付いていた鶫は彼の声に耳を傾けた。
「これは……偶然聞いた話だから黙っておくべきかと思ったんだが……」
「な、何スか……!?」
「この練習試合全部終わったら――」
監督たちのオゴリでバーベキューらしいぞ
「B」
「B」
「Q−!?」
「……先生、バーベキューの話してなかったのか?」
「スケジュールには“食事”とだけ……」
「結果オーライっぽいな」
食べ盛りの彼らにとってお腹いっぱいお肉を食べられるバーベキューはモチベーションを上げるにはもってこいなのかもしれないと鶫は眉を下げるように笑い、次の練習試合に向けて烏野の面々に声をかける烏養の傍に歩み寄った。
「よーしお前ら! とにかくお前らがやろうとしてる新しいこと、一発でも気持ちよく決めてこい」
「オス!」
「あとは毎回言ってるが梟谷の4番に気持ちよく打たせてやるな」
「――ハイ」
「ッス!」
結局ペナルティ三昧の合宿にはなったが、最初の遠征から比べればみんな何かしら変わっているはず。
「ここらで一発気持ちよく勝ってウマイ肉を食おうぜ!」
「おおっしゃあああああ!!」
バーベキューの一件で気合いを入れ直した烏野の面々と、そんな彼らを“何をしてくるか分からない”“一番やり辛い”と言う梟谷との練習試合が始まった。
試合は東峰のサーブからスタート。強打のサーブで梟谷のレシーブが乱れたが、赤葦が上手くフォローしトスを綺麗に上げていく。そのボールの軌道をネット越しに見ていた月島は隣にいた影山に、少しでも隙を見せれば抜かれるからストレートを締めろと指示を出す。
月島の指示通りストレートを締めつつ田中を含めた三枚ブロックで木兎のスパイクを弾き飛ばしたが、ボールは惜しくもコート外に落ちてブロックアウト。
「……」
「必殺技!?」
「おうよ! いいかこの技はな、言うなれば」
“動”と“静”による揺さぶりだ
「うお……うおお……!?」
「またカッコ良さげに言う……」
「お前、何のことか分かんのか?」
「予想がつきます」
「この技はな、逃げる為に使うもんじゃねえ」
「――それは“完璧なタイミング”、“完璧なトス”、“完璧なスパイクの体勢”」
強烈なスパイクが来ると誰もが思った時が好機。
「舞雛、どうかした?」
「ふふ、今日は面白いものが見られるかもしれません」
「え?」
楽しげに微笑む鶫に目を引かれた菅原は声をかけたものの、彼女が口にした言葉の真意が分からず首を傾げる。しかし楽しげに微笑んでいる鶫の横顔はこちらも心が躍るような感覚にさせてくれると菅原は口元を緩ませ、彼女が言う“面白いもの”を見逃さないようにしようと再びコートへと目を向けた。
「任せろ!」
「ナイスレシーブ!」
木葉のサーブを受けた西谷のレシーブは綺麗に影山の元へ返り、日向はレフト側に跳ぶ。
「――来る」
完璧なタイミング、完璧なトス、完璧なスパイクの体勢。
その瞬間、嘲笑うように――。
「!」
「日向が――」
「あっ」
「フェイントォー!?」
日向のフェイントで前に落ちるボールを数人のレシーバーが拾おうと飛び込んできたが、ボールは無情にもコートに落下して軽い音を立てて転がる。
今まで自分と同じ高さかそれ以上の高さにあった目線が一気に落ちて、ボールに届かなかった彼らの目線が一気に日向へと向けられる。数人がこちらを見上げるその光景は言葉にするにはあまりにも稚拙。
「……!」
「フェイントだとーっ!?」
「木兎さんが教えたんじゃないですか……」
「……」
余計なことをと言いたげな赤葦の視線と何を教えているんだというその他の面々の視線に、木兎は何も言い返すことができずに逃げるように視線を外す。ネットの向こう側では影山が頭を使ったら熱が出るぞと神妙な顔をしていたが、お前にだけは言われたくねえと日向が直ぐに噛みついた。
「――負けっぱなしのこの遠征」
せめてこの合宿メンバー中、最強の梟谷から1セット捥ぎ取って帰ろうや!
「もう一点もやんねーぜ!」
「一点もやらないのは無理だと思い――」
「赤葦たまにはノッてきて!!」
「……ふふ」
今まで60セット以上やってきて勝ったのはたった3セット。変人速攻を軸にしていた青城戦の時の烏野ならもう少しは勝てたかもしれないけれど、それでは限界があった。
だからこそ、新しいことを始めた。
「今はそれぞれが“歯車”を作っている最中――すべてが未完成で未知数。関東の強豪に勝てるはずがない」
でも、歯車が噛み合ったのなら。
「それは全く新しい強さになるわ」
試合は09−06で梟谷がやや優勢。多少レシーブが乱れた程度なら速攻を安定して繰り出すことのできる手腕がある赤葦の腕前、三枚ブロックの内側を強打で打ち抜くという難易度の高いスパイクを打つ木兎。特に木兎に関しては自然と格上と思わせる不思議な選手で、敵味方関係なく士気を高める存在だった。
心なしか全員の調子が良い練習試合、影山もまたジャンプサーブをミスすることなくツーアタックも綺麗に決めていた。
「おおーっ! ツーアタック! 影山くんもいいですね! ジャンプサーブも今日はミスありませんし!」
「ああ。今日の影山はなんつーか」
「穏やか、ですね」
「舞雛」
「怖いくらいとても静かです。でも――とても調子が良い」
「――……」
――朝、食った物が腹になくなった感じがする。
でも腹は空かない。
いつもより身体が良く動くし、周りの動きも良く見える。
自分の調子の良いことが、自分で分かる。
「フェイント!!」
「大地さんナイス!」
日向の調子も良い。無駄な動きもミスもない。
――今なら、新しい速攻が使えるかもしれない。
でも。
「――もっと精度が上がるまで、試合での新しい速攻は封印しよう」
「ノヤっさんナイスレシーブ!」
「きれいにセッターに返った!」
「――あ」
明らかに早いタイミングで日向くんがレフト側に飛び出していく。
新しい速攻をやるつもりだわ。
「……」
――今ミスすればチームの良い空気を崩すかもしれない。
新しい速攻はもっと成功率を上げてからにしよう。
「やんねーの?」
レフト側から聞こえてきた声、そしてコート外から視えたのは――。
「――」
“大丈夫”と微笑む鶫の姿。
コートは時が止まったかのように静かで穏やか。何度も何度もシミュレーションした日向の姿が揺れて、ペットボトルが倒れる音がカンッと軽い音を立てて響く。
影山が上げたトスはいつも通りの軌道を描いて日向の手元に運ばれ、手の平に吸い込まれるように弧を描き――ボールを運ぶ回転とは逆にかけられた回転により勢いが殺され。
止まる。
「!」
瞬間、日向のスパイクは梟谷のコートに沈みボールは軽い音を立てて床に転がった。
「っ〜〜〜〜〜!!」
日向と影山が新しい速攻が成功したことに喜んだのはほんのつかの間。やるなら先に言えと影山が眉を寄せたが、日向は今いけるって感じしただろと達成感で拳を握る。
「なんだ!? あの変な速攻復活か!?」
「……違います。今のは初期にやっていたあの速攻とは別物ですよ」
「……」
――歯車、ひとつ目。