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 一見には前と同じ。スパイカーの打点を“通り過ぎるトス”。
 でも今のは打点付近でボールの勢いが尽きて“堕ちた”ように見えた。

「へー! そんな凄えの!? 俺たちもやれる!?」
「あれは……お手本にしちゃいけないモンですよ」
「?」
「日向は平然と打ってますけど、相当慣れないと打ち辛いと思いますよ、あのトス」

 ――コートの外で満足そうに微笑んでいる彼女以外は。

「……あとそもそも、打点で“止める”なんて神業、俺には技術的には無理です」

 赤葦が視線を向けた先では影山が日向に引っ張られたことが癪に障るのか渋い顔をしていて日向はその表情に一瞬だけ怯んだものの、先程の速攻の感触が心地よかったのか身振り手振りを交えながら声を弾ませる。

「でもスゲーな! スゲー! 目の前で止まったぞ! こう“シュルン”て! 今回は絶対来るって感じしたけど、実際目の前で止まるとビビるな!?」

 やっぱりお前スゲーな!!

「!?」
「スゲー! スゲー!」
「なん……なんだボゲェッ!」

「影山がなんとも形容し難い顔になってる……」
「表情筋どうした」
「日向がストレートに褒めるってなかなかないもんなぁ」

 日向はスパイクを打ってじんじんと心地よく痛む手をぎゅっと握り締め、嬉しそうに笑った。

「もう一回!!」

「クソ羨ましい! 俺にも決めさせろォ!!」
「負けてらんねえ! 続くぜェーッ!」
「ヘイヘイヘーイ! 呑まれるんじゃねえぜお前ら!!」

 烏野と梟谷のコートを外側から見ていた孤爪はポツリと言葉を溢した。

「……翔陽は、いつも新しいね」
「!」

 それを偶々傍で聞いていた黒尾は少し驚いた顔をしたが、もし日向が音駒にいたらもう少しやる気が出たのかねと首を僅かに傾けた。しかし黒尾の期待していた返答は孤爪の口から出ることはなかった。

「翔陽と一緒のチームは無理」
「なんで?」
「常に新しくなっていかなくちゃ翔陽にはついて行けなくなる。おれが上手にサボっても多分翔陽にはバレる」

 あの天才セッターの影山ですら一瞬立ち止まっただけで見抜かれたんだからと孤爪は肩を竦め、そうしていたら疲れるじゃんとため息をつく。そんな孤爪に黒尾は一瞬何かを考えたかと思うと、それならとふっと笑った。

「じゃあチビちゃんが“敵として”練習相手にいてくれたらお前もやる気出すのにな?」
「なんで?」
「だってお前チビちゃんの試合見てる時――」

 買ってきた新しいゲーム始める時みたいな顔してるよ?

「!」
「だろ?」
「……別にしてないし。ていうかどんな顔」
「わくわく顔」
「なにそれ意味わかんない。してないし」
「鶫とバレーしてる時もそういう顔してるぞ、お前」
「!?」

「あ……あの烏養くん」
「?」
「正直パッと見では前の“変人速攻”との違いが分からないんですが……」
「ああ、それなら――舞雛」
「はい」
「先生に説明してやれ」
「はい、私で良ければ」

 武田と烏養の会話を傍で聞いていた鶫は手近にあったホワイトボードで簡単な図解を描くと、ペンを指示棒代わりに説明を始めた。

「以前の速攻は日向くんの打点を“通過”するトスです。新しい速攻はスパイカーの最高打点とボールの到達点が
イコールのトスです」
「最高打点と到達点が一緒……?」
「はい。ボールの“推進力”が死んで落ちると考えていただければ良いと思います。――つまり」

 ボールが“通過”していた時よりも、一瞬余裕が生まれます。

「その“一瞬”があることが決定的な差です。空中戦において、日向くんに選択肢が増えることと同義です」
「おお……!」
「フフフ……」
「!?」
「烏養監督……?」
「春高の予選は絶対じじいを連れて来なきゃな……。こいつらの速攻、ナマで見してやる……!」

 試合は進み12−10。神がかった集中力が途切れてしまい新しい速攻が失敗する中、影山がカバーに入りレシーブを上げたボールを西谷がポコッと鈍い音を立てながらトスを上げ、東峰がバックアタックでスパイクを打ったが惜しくもコート外。

 護りに入って強豪と渡り合える程の地力がない烏野は、下手ながらも新しい武器を磨くことに集中した。

「チャンスボール!」
「オーライ!」
「今!!」

 澤村の合図でコート内にいた複数のスパイカーがほぼ同時に多方向から助走に入る。トスは自分に上がると信じて突っ込むスパイカーは全部で四人――ファーストテンポの同時多発位置差攻撃。

 影山のトスはやや中央寄りのレフト側にいた田中に上げられ、田中は運ばれたボールをきっちりと相手コートに叩き込んだ。

「ッシャアアアアア!!」
「ッシャラアアア!!」
「スパイク キマル マジ キモチイイ」
「泣いてる……」
「カタコトになってる」
「だってこんなに気持ちよく決まるの久々っすもん……」

「――常に新しく、か」


 試合は15−13。ファーストテンポのシンクロ攻撃が綺麗に決まり、コート外でその試合を見ていた山口と菅原と日向は満足気に笑っていた。

「ブロック三人に対して攻撃はバックアタック含めて四人同時。マークし切れないからな」
「……どうかしましたか?」
「いや……ちょっとあってみたいことができた」
「?」
「あとで舞雛に相談してみるわ」
「は、はい……?」

 菅原が思いついたやってみたいことが分からなかった山口は不思議そうに首を傾げていたが、その話を聞いていた鶫は何か思い当たることがあったのかクスリと笑い、菅原がその内相談してくるであろうことを頭の隅に留めておいた。

「よーし! 俺のサーブで突き放ーす!!」
「木兎さん、冷静にですよ」
「冷静だっ!」
「あー、イカン。熱くなりだしたか……」

 赤葦を含めコート内外の心配は的中し、木兎のジャンプサーブは木葉の横顔スレスレの位置でネットに豪快に引っかかった。悔しげに叫ぶ木兎を猿杙と小見が宥めていたが、その熱と空回った行動は収まることはなかった。

「田中ナイッサ―」

 田中のサーブはややコートの端へ逸れて行ったが木兎がそれを拾い上げ、直ぐに体勢を立て直してスパイクの為に助走に入る。

「俺に寄越せえええええ! 一本で切ってやる!」
「……」

 その間0.5秒、赤葦は三つの選択肢を脳裏に思い浮かべた。

 A.普通にスパイクが決まる→問題なし。
 B.ミスるまたはブロックされる→いつもより割り増しでテンションが下がる可能性あり。
 C.上げなかった場合→イジける恐れあり。

「……Cが一番面倒くさいな」

 一瞬で判断した赤葦はそのままトスを木兎に向かって上げ、木兎はしっかりと体勢を立て直して助走を取りスパイクの為に跳び上がる。しかし烏野側のブロックは三枚、木兎のスパイクは弾かれて梟谷側にボールが返る。そのボールの軌道を見ながら木兎はもう一度トスを呼び、赤葦はやや微妙な面持ちながらもイジけることを恐れてもう一度トスを木兎に上げた。

「お願いします」
「っしゃあああああ!」
「今度こそ止めるぞ!」
「せーのっ!!」

 重い音を立てたボールだが音に見合う勢いを持つことはなく、まるで力を失くしたようにポロリと宙から落ちて梟谷側のネットを超えることはなかった。

「げっ」

 てんてんてんと軽い音を立てて転がるボールと木兎を見た赤葦は状況を一瞬で理解し渋い表情を浮かべ、鶫は木兎のスパイクミスと彼の様子が変わったことに目をしばたかせていた。

「……」
「赤葦……」

 梟谷側に“もしかして”という空気が流れた瞬間、木兎は震える声を振り絞った。

「今日はもう俺に上げんなっ……!」

 出たー、木兎の“しょぼくれモード”

「……分かりました」
「……えっ」
「じゃあ上げない間に落ち着いてくださいね」
「……」

「よく分かんないけど向こうのエースが不調っぽい! 畳みかけるぞ!」
「オス!」
「よし、4番を抑えられれば勝機が見える……!」
「……」

 ……本当にそうかしら?

 鶫の違和感は試合が進むごとに確信へと近付いていき、梟谷の様子が変わらないことに烏養や武田も徐々に気が付いたようでやや微妙な面持ちになっていた。

「き……気の所為でしょうか」
「……」
「全然崩れませんね、梟谷……」
「おう……」

 崩れるどころかやや生き生きとしてきた梟谷側の攻撃は恐らくセンターかバックアタックと読んでいた影山だったが、それを嘲笑うように赤葦がモーションを変えてツーアタックでボールを烏野のコートに沈める。まんまとしてやられた影山とブロックの要の月島は悔しげな表情を浮かべ、木兎が活躍しないまま23−22と梟谷が逆転し返した。

「……まるで兄弟みたいですね」
「舞雛?」
「梟谷の話です」

 木兎先輩は一見するとチームの柱――兄弟で言うところの長男のようなポジションですが、実際は面倒を見られている末っ子側。梟谷自体が彼がいなくても強豪と張り合えるチームで、彼が加わることで強豪に勝てるチームへと変わる。

「木兎先輩は調子にムラがあるので、梟谷の方々は動じるどころかその状況に慣れているようです。むしろ少し生き生きとしているようにも見えます」
「……なーるほど」

 鶫の話にそれなら合点がいくと烏養は苦笑いをし、前言撤回だと言葉を溢した。

「梟谷は木兎が引っ張るチームではなく、他のメンバー全員で木兎を引っ張るチームってことか……!」
「そういうことになりますね」

「ワンチ!」
「オーライ!」
「……」

 梟谷が木兎さんのワンマンチームじゃないことは解った。
 それでも――単体で木兎さんよりコワイ人はいないでしょ。

 静かに相手を見据え分析しネットで構えていた月島は相手スパイカーの木葉を捉え、ボールをブロックで弾き相手コートに叩き落とす。完璧なブロックに日向と山口が歓声を上げ、隣のコートでは上出来だと黒尾が笑う。

 月島のブロックで24−23に追いついた烏野はあと一点取ればデュースに持ち込める。逆に言えばひとつのミスも許されない状況を察した東峰は、サーブをミスすることよりも確実に入れることを選びジャンプサーブを使わなかった。それにややもの言いたげな顔をした舞雛だったがそれは隣にいた烏養も同じようだった。

「小見やん!」
「っしゃ!」

 東峰のサーブは小見に拾われセッターの赤葦の方へとボールが弧を描く。

「……」

 ――烏野はそろそろウチがどういうチームか分かった頃。つまり。

 木兎さんから意識が逸れる頃。

「――あ」

 赤葦の僅かな視線と動作そして木兎のソワソワとした様子に気付いた鶫が不味いと思ったが、ボールは既に赤葦の手の中にあった。

 赤葦はセンターの木葉を囮にトスの軌道を大きくレフト側に描き、奥から駆け寄ってきた木兎の方へと吸い込まれていく。それに月島が気が付いた頃にはもう手遅れだった。

「っ!」

 オイシイところはくれてやる。
 だから――さっさと復活しろ、エース!

 仲間に背中を押された木兎のスパイクは影山と月島のブロックの間を抜けて烏野のコートへと沈み込んだ。

 

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