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「……」
赤葦はスパイクを決めた木兎に見えないようにチームに合図を送り、それを見ていた彼らは静かに頷くとそれぞれ息を吸い込んで木兎に顔を向けた。
「よっ、エース!」
「カッコイーネ!」
「やっぱエースですな!」
「キャー猛禽類〜!」
「ミミズクヘッド〜!」
マネージャーの二人も加わって木兎を褒めちぎる。木兎は少しだけ間を空けてから静かに笑い声を漏らすと、先程までのしょげた表情や行動から一転し、何時も通りの調子で両手の拳を握り正面に突き立てた。
「やっぱり俺、最強ー!! ヘイヘイヘーイ!!」
「相変わらず木兎はオチるのも早ければアガるのも早いね〜」
「アレが単細胞ってやつか……だから“五本の指”止まりなんだよ、もー」
エースの脆さが他のメンバーの強さを引き出すと同時に簡単には崩れない強さの基盤になる。こういう強さもあるのだと梟谷に見せつけられた烏野は見通しが甘かったと苦笑いをしたが、鶫はそれと同時に木兎についてひとつ思うことがあった。
「……意識しているかどうかは分からないけれど、あれだけ自由で我が儘にプレーできるのは仲間への絶対的信頼があってこそですよね」
「ああ、その通りだ。木兎を放置する仲間もまたエースは復活すると疑っていない」
「その点、烏野はまだ我が儘を言える仲ではないですね」
「一年と二年が多いっていうのもあるだろうけどな」
「バラバラに見えて梟谷のチームワークはウチの数段上だったってことですか……」
梟谷と木兎についての考察が終わったところで東峰がチームメイトにスマンと突然頭を下げ、彼の行動と言葉にチームメイトが何事かと彼の方へ振り返った。
「最後のサーブん時、ビビって“どうぞ攻撃してください”ってサーブ打っちまった……!」
「あの時の……」
「――それが自分で分かったんなら上出来だ」
「!」
「あの場面でどれだけ攻められるかが勝ち上がって行けるかどうかを左右する。ビビるのは分かるけどな」
誰だって自分のミスで試合を終わらせたくないさと言う烏養の脇ではお前のことだなと影山が日向に言っていて、それを聞いていた鶫は少しだけ苦笑いをした。
「“勝ちに行くサーブ”打とうとする奴を非難する奴なんかチームにはいねえよ」
「!」
「でもまあ、終わってみれば見事な負けっぷりな訳だが……ひとつだけハッキリしてる」
お前たちの攻撃は“全国”相手に通じる。
「――今、君たちは」
サーブもコンビネーションも他のチームには敵わない。
「後から始めたのだから当然ですね」
でも止めてはいけません。
「“自分の力はこのくらい”と思ってはいけません。――“色”は、混ぜると濁って汚くなっていきますよね。でも混ざり合った最後は」
どの色にも負けない黒です。
「“烏”らしく、黒のチームになってください」
「……?」
「?」
「た、例えが難しかったかな……?」
話をイマイチ理解できなかった影山とお腹を鳴らした日向の反応を見て不安になった武田が不安そうにそう言ったが鶫がそんなことないですと慌ててフォローし、烏野の面々は合宿最後のフライング一周を熟した。
「あー、くそっ! 速攻がもっと成功してれば梟谷からセット取れたかもしんねえのに……!」
「――でも、これで戦える。読まれたり追いつかれたりしても」
戦える。
「俺のトス次第だろ……」
「お前はそのうちやるから大丈夫。鶫ちゃんもいるし!」
「人のこと勝手に決めんじゃねー!」
「じゃあやれねーのかよ」
「やれるに決まってんだろボゲェ!!」
「やるんじゃねーかよ!!」
日向と影山の会話を傍で来ていた月島が、会話から滲み出る頭の悪さと呟くと山口が噴き出すように笑う。月島と山口の声を偶々聞いていなかった二人はそのまま速攻の練習に入り、一方で他の練習試合の手伝いでボトルを外の水道で洗っていた鶫は夏の青空を見上げた。
「……戻ったら直ぐに春高の一次予選ね」
IHと違って春高の予選は二回に分かれている。まず八月の一次予選で八校にまで絞られて、そこにシードの八校を加えた十六校で十月の代表決定戦。
――そしてその中の一校だけが全国への切符を手に入れる。
「壁になるのは白鳥沢と青葉城西。そして――」
伊達工業。
春高はチームによっては三年が抜けて全く違うチームになっているところも多い。基本的には一年と二年だけの新チームでIH程の力は出せないことが多いけれど、元々主力だった二年が上級生が抜けることで急に頭角を現してくるケースもある。
特に伊達工業はその可能性がとても高い。白鳥沢と青葉城西だけに注目していては足元を掬われかねないわ。
「舞雛!」
「菅原先輩?」
ここにいたのかと駆け寄ってきた菅原に声をかけられた鶫は蛇口を捻ってから顔を上げ、どうかしましたかと首を傾げた。次の練習試合の手伝いが早まったのかもしれないと考えたが、菅原の用事はどうやらそれではないらしい。
「さっきの試合中、ちょっと思いついたことがあってさ。それを相談しようと思って」
「あ、そのことですね」
「え?」
「ええと、少し待ってくださいね」
「?」
合点がいったと微笑む鶫に対して菅原はどういうことだと不思議そうに首を傾げていたが、鶫が携帯していた数冊のノートのあるページを開いて提示すると、菅原は驚いた様子で目を丸くした。
「これ……」
「菅原先輩がしたいこと、ですよね?」
「……」
「手早くまとめただけなので見辛いかもしれません。必要であれば私もお手伝いします」
試合中の鶫の目や耳が研ぎ澄まされていることを菅原も重々承知していたが、まさかあのひと言だけでここまで具体的かつ分かりやすく相談内容の答えを提示してくるとはと眉を下げて笑う。
「流石っていうか、舞雛には敵わないなあ」
「え?」
「俺の考えてること、全部筒抜け」
「あ……ごめんなさい」
「いや! そういう意味じゃないから! 良い意味で!」
「?」
菅原から零れかけた本音を掬い損ねた鶫は不思議そうな顔をしたが、彼の“やりたいこと”を書き留めたノートを渡すと分からないことがあれば聞いてくださいねと言葉を残して次の練習試合の手伝いをする為その場を立ち去った。
その様子を遠巻きに見ていた澤村に青春だなあと菅原はからかわれたが、そんなんじゃないってと気恥ずかしそうに受け取ったノートを小脇に抱え、気分を変えるようにタオルで顔の汗を拭う。澤村が次に俺達が関東に来る時は一次予選の後かと溢すと東峰は何かを察したようにピシリと固まる。
「そん時はいくらか涼しいかなー」
「残暑があるザンショ」
「どうしたんだスガ」
「突破できなきゃ三年はもう来れないわけか……」
「出たーっ! ネガティブヒゲーッ!!」
「ちょ……!?」
冗談でもそんなこと言うなと菅原が大声を上げれば東峰は驚いて体をビクリと震わせ、彼が弱気な言葉を言うのを見越していたらしい澤村は眉を上げてやれやれと言うように口を開く。
「また全員で来るに決まってんだろボゲ」
「……そうだな、スマン」
「ネガティブ退散!!」
菅原が東峰のネガティブ思考を祓うように彼の腹筋に手刀をひとつ入れる様子を見ていた澤村はふと、今の言い方影山に似てるなと溢して彼の口真似を始めた。それを聞いた菅原は似てると大笑いし東峰ももう一度と笑う中、その会話が聞こえない所にいた日向が余分に怒られている気がすると寒気を感じていた。
「旭さん! まだ時間あるんで俺のトス打ってもらえませんか!!」
「おー、いーよ」
生川と森然の練習試合が行われている傍ら、空いている場所で西谷に声をかけられた東峰が彼の方へ行くのを見ていた田中が俺も打たせてくれとその輪に混ざる。その三人がこのコートがちょうど空いていると練習場所を決めたところで、ノートを片手に声をかけてくる人物が一人いた。
「あ、俺もー」
「あ! 上げてくれるんすかスガさん!」
あザスと田中と西谷が軽く頭を下げた相手は菅原だった。東峰もスガがいるなら練習が捗るなあと微笑んでいたが、菅原が違う違うとトスを上げることを否定したのでそれなら何をするのかと不思議そうな顔をした。
三人の不思議そうな顔を見た菅原は彼女から預かったノートを持つ手に少しだけ力を込め、満面の笑顔を浮かべた。
「“打つ”方」
「???」