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「木兎さんにも不調な時があるんですね」
「? ああ……まあよく分かんない所で自滅するからね」
でも敵が強いことに凹むことはないから割と大丈夫だと冷静に話す赤葦は日向とじゃれあっている木兎を見ながら、他のメンバーが心折れそうなときは大抵一人だけ元気だしねと続けた。
「なんだかんだ頼りになるよ」
屋外に設営されたバーベキューのセットと程よく焼けてきた食材たち。準備が整ったところで猫又監督が咳払いをひとつすると、そろっていた部員たちの顔が彼の方に向けられた。
「一週間の合宿お疲れ諸君!」
「したーッ!!」
空腹にこそウマいものは微笑む。
「存分に筋肉を修復しなさい」
そのひと言で部員たちはいただきますの声と共にバーベキューの方へと駆け出していき、一気にバーベキューの場は賑やかになった。各々が食事を楽しむ中で鶫もその場の雰囲気を楽しみながら、空いた網に食材を載せては程よいところでひっくり返す。
大きな口でおにぎりを頬張る日向や肉を取り合う木兎と黒尾、焼き肉奉行らしい福永は網の前で両手でトングを構えている。
「ふふ……」
「舞雛」
「赤葦先輩」
周りの様子を見て思わず笑みが零れた鶫が声をかけられた方へ顔を向けると、ほかほかと湯気を立てた料理を盛った紙皿を片手に赤葦が声をかけてきた。何か必要な物があるんですかと鶫が首を傾げれば彼は首を横に振って、持っていた紙皿と割り箸をそっと差し出してきた。
「さっきから手伝いばかりで食べてなかったから」
「わざわざすみません」
「気にしないで」
ちょっとは休憩して食べた方が良いと赤葦に勧められた鶫は何脚か出しておいた椅子のひとつに腰を下ろし、赤葦も彼女の隣に腰を下ろしてもう片方の手に持っていた紙コップの麦茶を口にした。
「赤葦先輩はもう食事は良いんですか?」
「ああ、また少ししたら行くよ。あっち今騒がしいから」
「……確かにそうかもしれませんね」
遠目に見えるのは月島の反応を面白がって構い倒す主将たちと、多くの部員たちの中でも長身のメンバーに囲まれている谷地の姿がある。後者は親切心で谷地に声をかけているのは鶫にも分かったので敢えて声をかけて場の雰囲気を壊すのは避け、赤葦が持参してくれた紙皿の食事に手を付けた。
手伝いに奔走していた鶫がようやく食事に手を付けたのを見て赤葦は内心で安心してほっと息をつき、喧噪の中でようやくゆっくりする時間を取れたと椅子の背もたれに少しだけ体を預ける。
「一週間大変だった?」
「いいえ、楽しかったです。皆さんの練習試合をじっくり見ることもできましたし……」
何より、沢山の時間をバレーに費やせて幸せです。
「……なんというか、君らしい答えだね」
「え?」
「いや、何でも。それより遠慮せず食べないとなくなるよ」
「確かにそうですね!」
みんなに負けないように食べないと言って笑い小さな口で一生懸命に食べる鶫に赤葦が眉を少しだけ下げて笑う。その様子を遠くで偶然目撃した木兎が持っていた割り箸を思わず地面に落とし、それを見た黒尾が何してんだよと声をかけながら彼の視線の先を追うと口元を引きつらせた。
「赤葦があんな顔してるの初めて見た……」
「お前自分んトコのセッターしっかり見とけよ!」
「は?」
「……お前に言った俺が馬鹿だった」
「なんだって!?」
その騒がしさに釣られた日向が彼らの輪に混ざり、エースの心得が聞きたいとせがむと木兎は全国で五本の指に入る俺に聞きに来るとは分かってるなと笑う。その“五本の指”というキーワードに日向は目を輝かせた。
「ぜ……全国で“五本の指”すげえええええ!!」
「だろ!? わはははは!!」
「でもお前らんとこの“ウシワカ”は“三本の指”に入ってくる奴だぜ」
自慢げに笑う木兎へ先程の腹いせに黒尾がそう横槍を入れると日向は三本の指に牛若が入るのかと神妙な面持ちになり、当然水を差された木兎は俺が霞んじゃうだろと眉を吊り上げた。
「三本ってことはあと二人いるって事スか?」
「……」
東北の“ウシワカ”、九州の“キリュウ”、関東の“サクサ”
「これが今年の全国高校3大エース」
「!」
「おーっ」
その内の一人がよりによって宮城にいるなんてと月島がため息をつくと木兎が俺のスパイク相手に散々練習したのにウシワカにビビるなんて許さんと声を上げたが、ツッキーと呼ばれたことに月島は即座に突っ込みを入れる。
「それにエースがトップ3だからってチームもトップ3って訳じゃねーぞ?」
「そーだそーだ!」
「まあ“サクサ”のいる井闥山は優勝候補筆頭だけどな」
「じゃあ――」
それを倒せば日本一ですか!
「!」
日向とリエーフが偶然にも声を揃えて言った言葉に黒尾は虚を突かれたが、ヘタクソトップ2が言うねえと笑う。リエーフが日向が一位かと笑ったが、日向はサーブもレシーブもおれの方が上手いと研磨が言っていたと言い返すとリエーフはショックを受けた。
その会話を遠巻きに聞いていた鶫は未だに喧噪が絶えない場所から空を見上げ、ふうと息を吐く。隣にいた赤葦は何かを思うように空を見上げた彼女を見ていたが、不意に感じた気配の方へ視線を向けると其処には鶫の分と思われる紙皿を持つ影山の姿があった。
「……っス」
「……ああ、なるほど」
鶫の隣を陣取っている相手が先輩である自分で嚙みつくには少々相手が悪いと影山が思っていることを察した赤葦はどうしようかと一瞬思考を巡らせた後、ぼんやりと空を見上げている彼女の邪魔をするのも気が引けたのでそっと席を立つ。あっさりと隣から退いた赤葦に驚いている様子の影山だったが、赤葦はそんな彼に思いがけない言葉を落とす。
「過保護すぎても気づかれないと思うよ」
「……は? あ、え?」
「色々と」
それだけだからと言い残し、赤葦はそのままバーベキューグリルの方へ向かう。その場に残された影山はどういうことだという顔をしていたが、影山が赤葦と入れ替わったことに気づいた鶫を見て慌てて彼女の方に足を向けた。
「ちゃんと飯食ったか?」
「うん、さっき赤葦先輩が持ってきてくれたの」
「……そうかよ。これも食えそうだったら食え」
「ありがとう飛雄くん」
鶫が好みそうな物を程々に乗せた紙皿を手渡した影山は赤葦が座っていた椅子に腰を下ろし、彼に言われたばかりの言葉を思い返す。
――過保護すぎても気づかれないと思うよ。
「……」
その言葉に心当たりがないほど影山は馬鹿ではなかったが、自分の隣で小さな口に笑みを浮かべて無邪気に微笑む鶫と今更距離を置くという選択肢は彼の中にはそもそも存在していないのでそれならどうすれば良いんだと眉を寄せた。
「猫又先生、今回も呼んでいただいてありがとうございました!」
ここに来られたからこその変化もあったみたいで感謝していますと武田が頭を下げれば、猫又監督はこちらも良い刺激を貰ったようだからお互い様だと笑う。デザートのスイカを頬張る部員たちを眺めながら猫又はゆっくりと言葉を続けた。
「……半年後には今と同じチームはひとつも存在しない」
「!」
「メンバーの変わった新しいチームになっている」
「……」
「後悔の残らない試合など知らない。少なくとも俺は」
それでも後悔のない試合をしてほしいしそうであるよう力を尽くすしかないのだろうなと猫又監督は目尻を下げた。
バーベキューの後片付けが済み、烏野の面々は宮城に帰る為に各々の手荷物や部活の備品をバスに積み込んだ。鶫も清水や谷地と共に備品のチェックを何度か入れて抜けがないことを確認し、備品の積み込みは終わったと武田に報告を入れた。
「自分が弱いのは嫌だけどさあ」
「あ?」
「自分より“上”が沢山居るっつーのは」
ちょーお、わくわくすんなーっ!
「――じゃあ、“またな”」
「おう、“また”」
夏休み合宿遠征、全日程終了。