56



 春の高校バレー・宮城県代表決定戦一次予選。
 第4・5組試合会場、加持高等学校。


「アレだよ。ほら、烏野」
「え?」

 体育館の二階にある観覧席で他校の参加者が目を向けていたのは、同じく二階の観覧席の端にいた烏野の面々だった。青葉城西とフルセットで競り合いギリギリまで追い詰めた彼らは、その他多くの高校の中でも目を引く存在になっていた。

「北川第一の“コート上の王様”が居るんだと」
「千鳥山中の西谷も居るらしいよ」
「中学ん時ベストリベロの!?」
「そう!」

 リベロ以外にも及川のサーブをまともにレシーブした澤村、190センチ近い身長の月島、レフトの東峰と田中。美人マネージャーの清水とその隣で程よく緊張感が解けた谷地。

「それから――“静淑無比の軍師”」

 自前のノートを捲り何かを書き込んでいる鶫を見た他校の生徒は彼女の横顔を見て可愛いなと呟いた時、彼女の傍にいた日向に視線が移った。

「あとはやっぱりアレだろ。ちっこいのにMBで無茶苦茶な速攻打ってくる烏野の10番」
「なんか凄いゲッソリしてる!?」

 少しやつれた顔をしている日向に谷地が心配して声をかければ、日向は来る途中に吐いてスッキリしたから大丈夫だと力なく笑う。

「朝から大量にカツ丼食べて来るとかウケる。そら酔うわ」
「このボゲ! 日向くそボケェ!!」
「影山の罵倒ボキャブラリーは“ボゲ”だけだなあ」
「!! がっ、頑張って増やします!」
「そういうことじゃないと思うけれど……」

 頑張る方向性が違うと鶫は苦笑いをし、お腹が落ち着いたのならゼリー飲料を飲んでも良いかもねと日向に差し出せば彼はお礼と共にそれを受け取り蓋を開けた。

「ひ、日向のゲロ思い出したら貰いゲロしそう……」
「!? 早くトイレ行きなよ!」
「お……俺も緊張と相まって……ウッ」
「集中してんなと思ったらゲロ我慢してたのかよ!!」

 貰いゲロをしそうだと顔色を悪くした山口に鶫は慌てて念の為のごみ袋を渡し、東峰には大丈夫ですかと声をかければ彼は大丈夫と力なく笑う。後者は緊張感から来る吐き気なのであまり刺激してはいけないとその場をそっと離れたが、彼の隣で菅原がそんなんでどうすんだよと遠慮なく突っ込んでいた。

「翔陽、バスでゲロるの二回目ってほんとか!!」
「他人の股間にリバースせずバスが止まるまで我慢するなんて成長したな、日向」

 西谷と田中にからかわれやや涙目になった日向。緊張感の欠片もない烏野の面々に他校の生徒たちは本当に青葉城西を追い詰めたチームなのかと疑問を抱いていたが、それはこの後の第二回戦で証明されることとなる。



 ピーッというホイッスルの音と共に公式ウォームアップが始まり、審判のコイントスで烏野がサーブ権を得た。烏野の攻撃力の高さを相手チームとその他選手たちに十分見せつけたところで試合前の整列が入り、ベンチ入りできない清水と谷地は二階の観覧席から彼らを見守っていた。

「お願いしアース!!」

 春の高校バレー・宮城県代表決定戦一次予選。
 第二回戦・烏野高校初戦。

「向こうは既に三年が抜けているが元々三年は一人だけ、IHの時から二年が主力のチームだ。今回の一回戦もストレートで勝ち上がってきてる。レフトの1番に注意だ」
「オス」
「――IH予選が終わってからここまで、慣れないことに挑戦し始め噛み合わず」

 関東の強豪を相手に練習試合、通算70敗!

「――でも最初失敗ばかりだった新しい武器は、いま形になりつつあります」

 今までの悔しさに見合うだけの勝利を手にしてください。

「オオッシャアアア!!」
「烏野ファイ!」
「オース!!」

 武田の激励でエンジンがしっかりかかった烏野の面々を見て鶫が笑みを浮かべた時、谷地たちがいる付近で烏養元監督の姿を見かけた。まさか此処に来るとは思っていなかったので少し驚き烏養に声をかけようかとも思ったが、彼が知らないということはあちらも知らなくて良いと思っているのだろうと察してこのことを話すことはしなかった。

「旭さんナイッサー!!」
「来いやァー!」

 ホイッスルの音と共に烏野と扇南高校の試合は開始。東峰はボールの感触をしっかりと確かめボールを宙に放ると、重たい音と共に相手コートにノータッチエースでサーブを決める。

 初っ端から相手にしっかり力を見せつけ開始した試合はどちらが大きくリードすることもなく、11‐16でやや烏野がリードしている状態で試合が進んでいた。相手のスパイカーに影山と月島がブロックで跳びブロックは二枚、相手スパイカーが僅かにスパイクを打つ腕を緩やかに振るのを見逃さなかった澤村は即座にフェイントのボールを綺麗に拾い上げた。

「大地さんナイス!」
「影山!」

 ――スパイカーの動きが前よりよく見える気がする。

 内心でそう思った澤村が上げたボールは影山がトスを上げ東峰が相手コートにスパイクを叩き込んだが、相手選手にややブレながらも拾われた。ほんの少しだけ乱れたレシーブを見逃さなかった月島は相手セッターの動きをしっかり確認しレフトへ移動、影山と共にブロック二枚で相手スパイクを叩き落した。

「月島ナイス!」
「――なんというか、皆以前より動きに迷いがない気がしますね」
「合宿行って新しい技だけを練習してきた訳じゃないからな。関東のタイプの違う強豪とみっちり連戦して来たんだ」

 サーブの威力、スパイクの威力、攻撃の多彩さ、守備力――。
 全てのハイレベルさに前よりずっと“慣れた”んだよ。

 試合は13‐18で烏野がやや優勢。

「あっ」
「えっ?」

 何かに気付いた縁下が声を漏らすと隣にいた菅原がどうかしたのかと言いたげに彼の顔を覗き込み、今の試合には関係ないんですけどと縁下は前置きをしてから話を続けた。

「あの扇南って組み合わせで見る前にもどっかで名前聞いたなって思ってたんですけど、IH予選一日目が終わった後のテレビで――」

 ――一方、I ブロックは“大エース”牛島若利くん擁する“王者”白鳥沢学園の初戦です。
 対する扇南高校に第1セット25‐10,第2セット25‐6と全く流れを渡すことなく大差で圧倒、王者の貫禄を見せつけました。


「……ああ、確かに見た!」
「影山ナイッサァー!!」

 縁下と菅原が扇南と白鳥沢の試合を思い出したところで影山のスパイクが決まり、16‐24で烏野のセットポイント。扇南の1番・十和田は序盤で強いところと当たるなんて相変わらず運がないと溢し、脳裏で思い返していたのは白鳥沢との一戦。

 圧倒的な相手にチーム内は疲弊していたが、その中でも明るさを忘れずチームメイトを鼓舞し続けていたのは扇南でただ一人の三年で主将を務めていた秋宮だった。白鳥沢の質量のある声援に負けないよう大きな声で指示を出し、声がガラガラになっても笑みを絶やさなかった。

 相手のセットポイントという中でようやく上がったボール、しかし精神が摩耗し切った彼はそれを追わなかった。追ったところで届かない、届いたところで得点につながるとは限らない――。繋がったところでちっぽけで“意味のない一点”だと。しかし秋宮は諦めずそのボールを追いかけ、手はボールに届かずコートへと落下した。

「おーい! そんな暗い顔すんな! 余計怖いわ!」

 意気消沈する部員たちの前で秋宮はそう笑った。お前たちは問題児だったがそれでもお前たちがいなければ試合に出ることもできなかった、だから感謝していると。元々ガタイもセンスも良いから頑張れよと言い残して秋宮は最後の挨拶としたが――部室で悔し涙を流す彼の姿を十和田は偶然見てしまった。

 だからこそ、あの一球を追わなかった自分に苛立った。

「任せろ!」
「ノヤっさんナイス!」

 十和田のスパイクを西谷が拾い上げブロックに跳んでいた日向が急いで引き返し、助走をしっかり取ってコートの中央から斜めに向かって跳ぶ。あっという間の出来事に相手チームは虚を突かれ第1セットは16‐25で烏野が勝ち取った。

「が、頑張ろう! 勝敗なんかより君たちが頑張るということに意味があるんだ!」
「……」

 扇南の監督はそう言ったが部員たちにその言葉が響くことはなく、チームのベンチは静けさに包まれていた。遠巻きにその様子を眺めていた鶫だったが、彼らのちょうど真上の二階で何かを言いたそうにソワソワしている人物に自然と視線が向いた。

「おいっ! コラッ!」
「!」
「静かになるな! いつも煩いくせに!!」
「ア!?」
「ひい!!」

 鶫が視線を向けていた人物――扇南の元主将・秋宮は十和田に凄まれて一瞬怯んだが何で喧嘩はできるくせにバレーになると弱腰になるんだと苦言を呈し、彼らに睨まれれば反射的にまた少しだけ怯む。

「い、いくら凄んだってこっちは二階だから怖くないもんね!! わははは!!」
「あの人、何しに来たんだ……?」

 第2セットの前の時間にわざわざ声をかけてくるなんてと部員たちが不思議そうな顔をし始めた中、秋宮はふうと息を吸い彼らを見つめた。

「……これはお前らの勝負だからどうしようとお前らの勝手だ」

 でも一コだけ言っとく!

「――“本気”も“必死”も“一生懸命”も、恰好悪くない!!」

 そのひと言は鶫の耳でなくとも烏野の方まで届いていた。扇南の内部事情を知らない烏野は何事かと不思議そうな顔をするだけだったが、そのたったひと言で扇南の十和田の空気が変わったことに鶫は気付いていた。

「――ふ、ふっふ……ふふっ」
「!? 何、コワイ!!」
「先輩、頭どうかしましたか!?」

 十和田が突然笑い出したことに周囲の部員たちは困惑したが当本人の彼は一頻り笑った後、監督に声をかけた。

「――やっぱネット挟んで勝負しに来たからには、勝って次に進む以外の目的は無えんだと思う」
「!」
「弱えこと悟ったフリしてカッコばかり気にすんのも、いい加減みっともねえよなあ」

 十和田の言葉で部員たちの空気も変わり、彼はよし言うぜと大きく息を吸い込んだ。

「烏野を倒す!! 一次予選突破!! 打倒白鳥沢!!」
「わはは! マジか! 言いおったな!!」
「ビッグマウス上等ォー!!」
「受けて立ァつ!!」

 沈んでいた空気が一転した扇南に烏野の面々も触発され第2セットが開始した。


 

×××    TOP   NEXT