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第2セットは22‐13で烏野のリード。互いに士気が落ちないまま続く試合に二階の観客席も盛り上がる中、同じくそれを見ていた烏養元監督は、知人に9番と10番のコンビが凄いと話しかけられ同意するように頷いた。
「いやしかし――二・三年が想像以上」
今の烏野に復活の兆しがあるのは熱心な顧問や新しい戦力が加わり彼らが活躍していることが大きいが、その活躍も“基盤”がしっかりしていなければ生かせないと舌を巻く。
「……去年ほんの短期間烏野で練習を見たことがあったんだが、その頃の奴らには実力も根性もあるのにどこか自信のなさを感じたんだ。無意識の内に負けることに慣れてしまっているというか……」
今の三年連中が烏野に入って来たのは、烏野が“強豪”と呼ばれた時代がちょうど“過去”になった頃。
「憧れと現実のギャップもあっただろう。一番不遇な時代にいた連中なんだろうな」
――だからこそ、腐らずにここまで来た連中には簡単に揺るがない強さがある。
「大地さんナイスレシーブ!」
相手チームのスパイクを澤村が拾い上げ東峰がボールを相手コートに叩き込む。23−13で十点差がつき影山のサービスエースで得点をさらに引きはがされあっという間に24‐13のマッチポイントに差し掛かる。周囲で見ていた他校の生徒が予想よりも早く試合が終わりそうだと準備に走る中、秋宮だけは彼らの試合から目を離さなかった。
「影山も一本!」
重たい音を立てて打ち込まれるサーブは寸でのところで拾われたが、乱れたレシーブでボールはコート外の方へと飛んでいく。扇南の監督がここまでかと顔を伏せた瞬間、十和田はぼんやりとボールを眺めたかと思うと“あの時”の秋宮同様に必死にボールを追いかけ滑り込むようにしてそれを拾い上げた。
「んだらあああああ!」
「!」
「ラスト繋げえええええ!!」
乱れたレシーブを更に拾い上げた十和田のボールを扇南のリベロが烏野側にボールを返し、ネットに引っかかりブレたボールは西谷が拾い上げた。カバーに入った日向はレフト側にボールを上げ田中がスパイクを打ったが、体勢を整えた扇南のリベロが重いスパイクを拾い上げる。
「まだまだァ!!」
「ラスト寄越せえ!!」
烏野は知らない。彼らが白鳥沢と戦ったあの日のことを。二階席で彼らを静かに見つめる秋宮が誰にも見せることなく悔し涙を流していたことも、その悔し涙を流させてしまった自分自身に十和田が苛立ったことも、
お互いにお互いのことは知らないが、コートの上では結果が全て。
十和田のスパイクは東峰が拾い上げそのまま流れるように影山のセットアップで日向の速攻が決まりセットカウント2‐0で烏野の初戦勝利が決まった。
次の試合の為に烏野は慌ただしくそのコートを離れ、ストレッチや栄養補給をある程度済ませてから次の対戦相手が決まる試合を見に行くことにした。そのコートでは西田高校と角川学園の試合が行われていて、二階の観覧席からはなんか遠近感が狂うよなという会話が聞こえてくる。
「……」
「……それはまあ、納得せざるを得ないわね」
日向と谷地が圧倒されている視線の先にいたのは身長2メートルの新人選手。他者を寄せ付けない高さで西田高校の攻撃は叩き落され、東峰は身長が凶器だと震えている。
「あの2メートルを倒さなきゃ……代表決定戦には進めない」
「次の試合を勝てば一次予選突破で十月の代表決定戦へ進める。絶対突破するぞ」
「ウス!」
一回負けただけで終わってしまう試合。しかし相手は2メートル。どうするのかと谷地が気を揉んだ瞬間、偶然にも角川学園の百沢が烏野の傍を通り過ぎた。彼はそのまま日向の直ぐ横を通り過ぎて行ったが、圧倒的な身長差に日向は気絶しかけながらも震えた声で彼の背中を見つめる。
「うう……2メートルでっけえなあ」
「201センチと162センチか……」
「四捨五入すればおれは163センチです!」
「201センチと162センチ……約40センチ差か……」
「聞けよ!!」
日向のツッコミを無視し山口と月島がそう話すのを聞いていた谷地は慌ててその輪に入り、うまくフォローしなければと誰にでも分かりそうな馴染みあるキャラクターを持ち出した。
「よっ、40センチなんてキーテイちゃんと同じサイズだよ! そんなに大きくないよ!」
「それはフォローなの?」
「テカチュウも確か40センチ」
「フジクジラも」
「なにそれ!」
「サメの一種」
「ツッキー博識!」
ファンシーグッズのキャラクターや定番ゲームの人気モンスター果てには水生生物の体長にまで話は広がり、完全に置いてけぼりにされた日向は乾いた笑みを浮かべてフジクジラと合体したいと静かに呟いた。フジクジラと合体してもどうにもならないのではと鶫は思ったが、日向の静かな呟きを偶然にも拾ったのは影山だった。
「フジクジラと合体すれば、おれは2メートルだから……」
「おい何を言っている」
「ははは……」
「……お前、本気でビビッてんのか?」
「え?」
影山のそのひと言を日向が考える前にホイッスルが鳴り烏野の面々はコートへ駆け出していく。その背中を見送った鶫はふっと笑って、たまには的を射たことを言うのねと呟いた。
「ひ、日向大丈夫かな……?」
「ああ……多分大丈夫だよ。試合前あんなでもね」
「そうそう、気にしなくて大丈夫」
「鶫ちゃん」
「コートに入ったら“関係ない”って顔になっているはずだから」
公式ウォームアップが始まるとコートの中はさらに慌ただしくなったが、その中で誰よりも静かな影山を鶫がじっと見ていたことに武田が気が付いた。
「――影山くんは、今日とても調子が良さそうですね?」
先程の扇南戦の凄いサーブ。それにとてもー―静かだ。
「合宿最終日、梟谷戦のあの時に似ている」
「ああ。……だから舞雛も気にかけてんだろ」
「やっぱりそうですよね」
――ピーッ!
「お願いしアース!」
角川学園と烏野高校の試合開始。
月島のサーブから始まり角川のリベロが乱れないレシーブを上げ、セッターが百沢にトスを上げた。敢えてド直球の真っ向勝負を挑んでくる角川。まずはエースの一発で景気よくいくつもりなのだろう。
前衛にいた影山と田中と日向が三枚でブロックについたが、鶫はあまり良い顔でそれを見ていなかった。何故なら相手は身長201センチ、三枚ブロックの中で一番身長がある影山でも20センチ近くの差がある。それを相手にブロックをするならば――スパイクは自分たちの真上から降ってくる。
「百沢ナイスキー!!」
「完全にブロックの上から打った……!」
「……やっぱり高さが足りない」
予想通りだと鶫は少しだけ眉を寄せたがそれもほんの一瞬で、傍にいた烏養に予め用意しておいた戦術のいくつかを変更するように打診した。
その間も試合は進み百沢のスパイクは先程同様に三枚ブロックをすり抜けたが西谷がボールを拾い上げ、乱れたレシーブを田中がカバーし日向がセンターにトスを呼ぶ。目の前には2メートルを含めた二枚ブロック。圧倒的な高さに打てば捕まってしまうと判断した日向は対処するためにフェイントに切り替えたが、2メートルの腕が小さな動作でボールを烏野のコートに叩き落した。
「なんという高さ……!」
「普通なら今のはブロックの上越えてくはずなんだけどな……」
やはり身長はどんな才能よりも、“恵まれる”という言葉が似合う。
「――高さやパワーを含めた“シンプルで純粋な力”は、一定のレベルを越えた途端に常人を寄せ付けないものになる」
――“止める”というよりも“押さえ込まれる”に近い状況。
これに対抗していかなければと脳内でシミュレーションを行う鶫が見つめる傍では、控えで下がっていた月島が先日兄が言っていた言葉を思い出していた。
「高校男子は身体も出来上がってないし、プレー自体未完成だ。だからこそ一人の大エースとか一人のチョーデカい奴が居ることが――」
勝敗を分けることだってある。