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 ――高さやパワーを含めた“シンプルで純粋な力”は、一定のレベルを越えた途端に常人を寄せ付けないものになる。

「少なくとも真っ向勝負では」

 ベンチで静かにコートを見据える鶫の視線の先では、日向が百沢にボールを抑え込まれる形でコートに叩き落される。得点は00‐03で角川が先制していて、相手チームは日向と百沢をマッチアップさせていることにやや疑問を抱き始めていた。

 そんな中で影山は自分の指先をわさわさと動かし感触を確かめていて、その奇妙な指の動きを偶然見かけた日向が変なものを見てしまったと言うように眉を寄せる。

「なんだよエロおやじみたいな手の動きして!」
「あ?」
「!」
「おー」
「?」

 怒鳴られるかと構えた日向だったが影山はそれよりも自分の手の感覚に意識を持っていかれているようで、エロ親父と言われた件について深く言及はせず静かに息を吐く。

「……」

 ――やっぱり、いつもよりボールが指にしっくりくる。

 相手のサーブミスで烏野にようやく一点加算され01‐03に得点が動く。影山のサーブで角川のレシーブを乱したがセッター以外も二段トスが上手いのか大きく弧を描きながらトスは上がり、澤村と日向と田中の三枚ブロックを百沢は簡単に越えてスパイクを打ち込んでみせた。

 澤村と西谷がアイコンタクトを取ったのを見た烏養は武田に頼んで一回目のタイムアウトを取り、選手はコートからベンチへ引き上げていく。戻ってくる部員たちにタオルやドリンクを手渡す鶫の耳に相手チームの会話が偶然入ってきた。

「あの10番とか……あの身長で必死に跳んでんのに、なんか可哀そうだなーって」
「おい嫌味か」
「あ……いや」

 確かに身長のせいでバレー始めて半年も経ってない百沢に勝てないんだもんなとチームメイトが相槌を打ち、残酷だが俺達には関係のない話だとタオルで顔を拭く。それを聞いた百沢は少し何かを考えるような表情をしたが、次に口にした言葉は鶫の癇に少しだけ障った。

「……バレーってパスとか難しいけど、なんつーか」

 単純っスね。


「……」
「……い」
「……」
「おい、鶫」
「!」

 顔の前でヒラヒラと手を振られてはっとした鶫が視線を上げるとそこには影山の姿があり、何してんだよと人差し指で指し示された先では影山のタオルがギリギリと音を立てるように強く握りしめられていた。

「! やだ私ったら……!」
「いや別に良いけどよ」
「ごめんね、飛雄くん」

 苦笑いをしてタオルを差し出してきた鶫を影山はじっと見つめ、タオルで顔の汗を拭きながらどうかしたのかと声をかけた。ぼんやりしていればそう聞かれてもおかしくないが流石に相手チームのベンチで聴いてしまった会話が少し癇に障ったとは言えなかったので、ちょっと考えごとをしていたのと適当に誤魔化してしまった。

「ふーん。まあ何かあったら言えよ」
「うん、分かった」
「……あのよ」
「うん?」
「今日なんかいい感じなんだよな」
「やっぱり」
「あ?」

 そんな気がしてたと鶫が笑うと影山はやっぱり知られてたかと特に気にした様子もなく、むしろそれなら話が早いと言うように日向の調子は悪くないかと聞けば彼女は迷うことなく頷いた。

「それなら“アレ”やれるな」
「澤村先輩に話を通してあるから、タイミングを見て声かければ大丈夫」
「分かった」

 鶫と影山が話す傍では日向の戦略が改めて練り直され、タイムアウトが明けた面々はコートへと戻っていく。事前に試合内容を烏養に渡していた鶫のメモと西谷と澤村の見立て通り、角川の9番はコースの打ち分けができないので身体の向きそのままのコースで打ち込んでくることとバレー初心者であることが最初に共有された。

 その上で立てられた戦略のひとつは“ストレートを捨てる”こと。

「烏野のスパイクレシーブのフォーメーション、レシーバーをクロス側に寄せてきた!」
「ダッシャアアアアア!!」
「ナイス!!」

 西谷が上げたレシーブは綺麗にセッター位置へ返り、日向は相手を翻弄するようにセンターから斜めに跳び上がる。百沢は一瞬あっけに取られたが慌てて斜め方向にブロックで跳び、大きな手がネットと日向の前に立ちはだかる。一瞬驚いた日向だが咄嗟にフェイントに切り替え、ボールを相手コートに落とすことには成功した。

立っているだけでネットから手が出る相手に辛うじて二点目を決め、今度は烏野がどうやって攻撃を決めるのかというところで影山が先程鶫と話した件について口にした。

「――今日はなんかイイ」
「は!?」
「澤村さん、今日なんかイイ感じなんで新しい速攻やっていいスか」
「!!」
「ああ、舞雛に聞いてる。良いんじゃないか」
「ウス」

 新しい速攻の許可が下りた瞬間日向はソワソワと待ちきれない様子で目を輝かせ始め、相手チームの部員の一人がうちの犬が腹ペコの時にエサを見せるとああいう顔をするとやや引き気味で話しているのが鶫の耳に届く。あながち間違ってもいない表現だったので困ったように微笑むだけに留めたが、その会話が当本人の日向に聞こえていなくて良かったと少しだけ胸を撫で下ろした。

「南田!」
「オーライ!」

 田中のサーブを角川のリベロが拾いセッターから百沢へトスが上がる。圧倒的な高さから撃ち込まれたクロススパイクは西谷が根性で拾い上げ、その瞬間にブロックに跳んでいた日向が後方へ助走を取るために下がっていく。百沢は日向を一瞬目で追ったが、セッターの古牧に言われた“10番が変な動きをしてもブロックの時はボールだけを追えばいい”という言葉を思い出して視線をボールへと戻す。


「――遅い」

 相手セッターの考えとどういう指示を出しているのか、ある程度試合を見ていた鶫には予測できていた。確かに通常であればしっかりとボールを追えば、百沢の身長をもってすればブロックはある程度熟せる。しかし影山と日向の速攻の前ではそれは無意味。

 追っていたボールは、気付けば自陣のコートに沈んでいる。

「お……うおおおお! 出た! IH予選でやってた“超速攻”!!」
「……恐らくこの予選ダントツの最高身長であろう201センチ」

 そいつを最も翻弄するのは、162センチかもな。


 

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