57
「バレーってパスとか難しいけど、なんつーか単純っすね」
どこがだ。
俺は201センチ、コイツは160センチだぞ。
――なんで、コイツは俺の“上”にいる!?
「また10番の速攻! 何本目だ!?」
「ちょいちょいミスはあるけどな」
「うおお! 絶好調か! 絶好調なのか影山くん!!」
「ソイヤッ! ソイヤッ!」
「お前らうるさいっ」
速攻が決まるようになればいつもの烏野だと武田は拳を握ったが、鶫はその言葉に違いますよと首を横に振って静かに微笑んだ。
「それは“少し前までの烏野”です」
15−14で烏野のペースに持ち込んだ第1セットも凡そ中盤。お互いに点を取り合いカウントが16‐15になったところで日向にサーブが回って来た。百沢は後衛に行くと端ギリギリに待機していることが多く、日向も菅原からサーブで狙わせない為だと教わったがそもそも自分には狙う技術がないと割り切りいつも通りのサーブを打ち込んだ。
9番を守るように展開された角川側のコートはリベロがボールを拾い上げ、バックアタックで百沢のスパイクが飛んできた。後衛にいるから百沢からの攻撃はないと安心する余裕はなく、日向が体当たりするように拾ったボールは角川側へ山なりに返っていく。
「あの9番は守備とか打ち分けより“高く上がったボールは全部打つ”ってことを徹底して練習したんだろうな」
とはいえ9番が後衛に下がっている間のネット際の空中戦はこっちが有利だと烏養が言うと同時に、角川のスパイクを月島がブロックで冷静に叩き落し得点は17‐15に変わる。それからほぼ一進一退というに近しい攻防戦が続き24‐21で烏野のマッチポイントまで試合が動いた。
中学バレー部の顧問をしている美加子がその試合を見ながらどうして烏野の10番はあの体格差で得点を決められるのかと頭を捻ると、傍で話を聞いていた烏養元監督がそれはブロックの上から打っているからだと説明を入れた。
「でもどんなにジャンプ力があっても“高さ”では敵わないんじゃ……?」
「先生! 翔ちゃんのあの速攻も1stテンポなんですかっ!?」
「ファースト? テンポ?」
どういう意味だと美加子が更に不思議そうな顔をすると、烏養元監督はチビ太郎がデカイ奴とどう戦っているのか知りたいなら分かっていた方が良いと烏野の試合を指し示す。その脇で一緒に見ていた子どもが手すりを掴みながらコートを覗き込む。
「たかーく上げたトスに合わせて余裕をもって助走を始めるスパイクが――」
サード・テンポ
「トスが上がるのと大体同時に助走を始めてトスに合わせて打つのが」
セカンド・テンポ
「スパイカーが先に助走に入って来てそこに“トスを合わせる”のが」
ファースト・テンポ
「みんなが“速攻”って呼ぶやつ!」
「西谷ナイス!」
子どもが試合の流れと共に説明をする脇で谷地はメモを取り美加子も興味深そうにその説明を聞く中、烏養元監督は彼らの試合を見つめながらゆっくりと口を開いた。
「“ブロックに勝つ”ということは、“ブロックよりも高い打点から打つ”ということ」
チビ太郎対2メートル。より先に“てっぺん”に到達した者が勝者。
「チビ太郎の速攻は厳密にはファースト・テンポではない」
セッターがトスを上げる時点で、スパイカーの助走及び踏み切りが既に完了している状態。
3rd、2nd、1st――0
“マイナス・テンポ”
25‐22で第1セットは烏野が先取。
「だがチビ太郎の普段の練習から考えるとあのマイナス・テンポはまだ未完成というか、本領が発揮されていないんじゃねえかな」
でもアイツらのはマネすんなよと烏養元監督が子どもたちに釘を差すと彼らはどうしてと眉を寄せる。あれだけ凄い速攻を見せられれば子供心としては真似をしたくて仕方ない気持ちは分からなくもないが、それが不可能であることも烏養元監督はよく分かっていた。
「あいつらのマイナス・テンポはあのセッターの“トンデモ技”があっての攻撃っぽいからな」
それにしても日向のマイナス・テンポは単品では確かに凄いものの使い方が勿体ないなと烏養元監督は笑い、彼らのベンチでサポートと指示に回る鶫へ視線を向ける。
「まあ、それもあの“軍師”が既に考えて手を回してそうだけどな」
「?」
「なあ、試合前お前が“本気でビビッてんのか?”って言ったのは興速攻が上手くいくってわかってたからか?」
「? いや? まあいつもより調子が良いなとは思ってたけど」
「じゃあなんでだよ?」
「だってお前、東京で梟谷の主将とかロシアの奴とかとみっちり練習したんだろ?」
速攻以外のこと
「!」
「まあ最初のフェイント止められてたけどな」
「うっせーな!!」
ホイッスルと共に第2セットが始まり、ほぼ点取り合戦のように試合は流れていく。凡そのコースが読めているとはいえ必ず真正面に打ってくる訳ではなく百沢が“大砲”であることに変わりはない現状で、烏野は獲られたら獲り返すスタンスを崩さない。
「大きな相手と戦って単体で勝てないなら、数を増やす」
第1セットの終わりで鶫が戦略のひとつとして提案したのは1stテンポの同時多発位置攻撃。スパイカー四人が同時に助走に入り相手ブロックに的を絞らせない。日向だけでも厄介な状況で手数を増やされれば角川にとっては痛い事態になるが、そんな状況下でも彼らが折れることはなかった。
「……やっぱり角川の9番、元々運動部ですね」
「舞雛もそう思うか」
「はい。スパイク本数はチーム内で多いですしブロックはMBがいるはずのセンター位置で跳んでいます。体格に見合うだけの体力……恐らくエース兼ブロックの要ですね」
――相当体力を消耗しているはずなのに、迫力は増す一方。
点取り合戦は19‐24で烏野がマッチポイントまで持ち込んだが、あと一点というところで気を抜いたらあっという間に背中を持っていかれそうな迫力に澤村を含め烏野の面々は息を飲む。この緊張する場面で烏野のローテーションはブロックが低い澤村と日向と田中が前衛に上がってきている。
「いいかお前ら、止められないなら――“受ける”ぞ」
「影山ナイッサー!」
影山のサーブは角川の4番が乱しながらもレシーブを上げセッターがカバーに入る。中央から飛び出してきたのはやはり百沢で、その気迫に持っていかれそうになりながらも澤村が少し溜めろと指示を飛ばす。
――“壁”が無理なら、“皿”だ!!
「!?」
「ワンタッチ!」
シャットアウトするだけの高さが足りないのなら、ボールの勢いを殺すソフトブロック。勢いが殺されたボールはやや斜め方向に流れたが東峰が上手く拾い上げて田中がカバーに入り、センターに飛んだボールの真下には日向の姿があった。
「日向ラスト!」
「ハイ!」
「東京でみっちり練習したんだろ。速攻以外のこと」
「床に叩きつけるだけがスパイクじゃない」
目の前には百沢の高い壁と大きな手。日向がそれに怯むことなくしっかりと相手の手に狙いを定めたのを鶫は見逃さなかった。
ボールは百沢の手の平のやや上を狙って叩きつけられ、弾かれたボールは角川のコート後方へと飛んでいく。強烈なスパイクよりもやや勢いは落ちたがブロックアウトを狙うには十分な勢いが乗り、日向のスパイクは百沢の手を介して相手コートに転がり落ちた。
セットカウント19‐25。勝者・烏野高校。
「……稲垣さん」
「?」
「バレーが“単純”って言ったこと――取り消しますね」
春の高校バレー。宮城県代表決定戦、一次予選突破。
代表決定戦進出。