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「しゃあああああ!!」
「一次予選突破だ!!」

 2メートルを相手に試合を制した烏野高校を見た美加子が、私のチームも大きい相手に勝てるんでしょうかと呟く。それを聞いた烏養元監督は、不利なのは確かだが戦い方は必ずあると言い切った。

「新しいことが全て正しいこととは限らないし、それが正しいかなんてずっと先にならんと分からんかもしらん」

 それでも“考えること”には必ず勝ちがあると思ってるよ。



「潔子さん! 荷物お持ちします!!」
「もう大体持ってもらったから」
「……」
「おーい、行くぞー」

 試合後に嬉々として荷物持ちを申し出た田中と西谷だったが見事に玉砕。鶫は烏野の面々が二階から離れるのを見送り、先程まで座っていたベンチの下や柱の影などに忘れ物がないか入念に見て回る。

 同じ宮城県内とはいえ、忘れ物をした物によっては早めに受け取りをする必要がある。また本人には大切な物でも、ゴミとして処分されてしまうことも珍しくない。
 万が一でも忘れ物がないように鶫が見て回っていると、猫モチーフの包みの弁当箱を見つけた。鶫は昼食の時に日向がこれを持っているのを覚えていたので迷わず弁当箱を回収した。

「良かった。忘れ物はこれだけね」
「あれー?」
「?」

 早く皆の所に戻ろうと鶫が腰を上げた時、金髪をツーブロックにした男子と明るい髪の男子がこちらに歩み寄ってきた。黒のTシャツの胸元には“THE ONAKASUITA.BAND”と印字されていて、運動部らしい体格をしている。

「君めちゃくちゃ可愛いね! どこの学校?」
「え?」

 予想していなかった質問に、鶫は思わず間の抜けた声を溢した。

「声もめちゃくちゃ可愛いじゃーん! 一年生? いや二年生にも見えるなあ」
「ええと……」
「ねえねえ、名前は?」

 矢継ぎ早の質問にどうしたら良いものかと鶫が迷っている間に男子二人は両脇を囲むように位置取り、この手の事に慣れていない鶫は退路を断たれてしまった。

「っていうか……どっかで見たことある顔だなあ。どっかで会ったことある?」
「ぶは! その口説き文句古いって!」
「いやホントだって! なあどっかで会った?」
「いえ、記憶にないです」
「ええー、そうかな? まあ良いや。取り敢えず番号教えてよ!」
「番号?」
「電話番号!」
「?」

 何故見知らぬ人に電話番号を教えなければいけないのか。
 鶫は一瞬首を傾げたが、直ぐにこれがナンパであることに気付いてハッとした表情を浮かべる。

 外出の殆どは部活関係で影山や北一の面々と行くことが多い鶫。同性の友人と遊ぶ時にもナンパに出会った経験がない彼女は、これがドラマや映画で見るナンパの現場なのかと驚きを隠せなかった。

「こ……困ります!」
「おっ、急に強気になった。もしかして彼氏いたりする?」
「いません!」
「じゃあ番号くらい良いじゃん! あ、メッセージアプリとかやってる?」
「え?」

 彼氏がいなければ連絡先を交換しても構わない。
 その考えに至る相手に鶫は理解が追い付かず、どうするべきかと頭を悩ませた末に適当な理由をつけることにした。

「すみません、人を待たせているんです」
「彼氏じゃないんでしょ?」
「そうですけど……」
「じゃあ良いじゃん!」

 良くないから断っているんですと言えればどんなに良かったか。鶫は思わず苦笑いをする。

 他校で問題を起こして部活動に悪影響があっては不味い。鶫は穏便な解決策を思案するものの、現時点で出来うる行動の中で良い考えはあまり浮かんでこなかった。


「――……」

 ……もしこんな時に――。

「ヘア――ッ!!」
「うわあああ!?」
「!?」

 鶫の脳裏に誰かの姿が思い浮かびかけた時、必死の形相をした日向が勢いよく割り込んできた。

 相手が驚いている隙に日向は彼女の背中を押そうとしたが、鶫の“事情”を思い出すと慌てて耳元で触るよと声をかけてから彼女の背中をリュック越しに押す。

「それ、おれの弁当箱! 行こう! 速やかに行こう!!」
「待て待て話の途中じゃん」
「日向くん!」
「スマホ? あ、まだガラケー?」

 しかし日向はあっさりと金髪の男子によって蚊帳の外に追い出され、鶫はどうするべきかと日向を心配して身を乗り出そうとしたが男子二人に阻まれる。電話番号を教えて立ち去ってしまうのもアリかと鶫が渋い表情をしたが、日向が地面を蹴り上げて再び鶫と男子たちの間に躍り出る。

「あのーっ!!」
「!?」

 金髪の男子の目が日向の胸元にある“KARASUNO HIGH SCHOOL”の文字に向けられる。
 ほんの一瞬のことに鶫は目敏く気付いたが、気付いていない日向は鶫を庇うように前に立つと、しどろもどろになりながら口を開く。

「鶫ちゃんは、ウチの大事なマネージャーなのでっ! あのっ、そのっ!」
「へえ」

 お前らが倒したのか、“2メートル”

「えっ。あ、ハイ。まあ……」
「あーあ。俺も2メートルと遊んでみたかったのにな」
「? あそぶ?」
「試合はチョー! 楽しいアソビだろ」

 試合が超楽しい遊びと断言する彼らに日向が一次を突破した人たちかと問うと、彼らは一次予選は出ていないと笑う。

 ――つまり、ベスト8以内の強豪。

 彼らがIH予選でベスト8ということは確定した。
 ベスト4だったかなと聞いた鶫は、彼らがどこの高校の生徒なのか直ぐに分かった。

「ってことはその子は噂の“軍師”ちゃんか」
「!」
「分かりやすくて良いじゃん。益々気に入った」
「ウチの大事なマネージャーですっ!!」
「はいはい、じゃあな。もし代表決定戦で当たることがあったら――」

 楽しく遊ぼうぜ。

「楽しく……遊ぶ」

 鶫ちゃんの電話番号はもう良いのかと胸を撫で下ろしている日向に、まるで嵐のようだったと息を吐いた鶫は興味が別のところに移ったみたいねと呟く。

「ありがとう、日向くん。これ忘れ物」
「ひいえっ」
「?」
「これは夏……妹ので! 決しておれのじゃない!」
「? ふふ、大丈夫。そんな気はしてたから」
「そ、それなら良いけど……」

 階段を降りて外に出た体育館前では烏野の面々が鶫と日向を待っていて、影山は鶫に駆け寄ると遅いんだよと言いながら彼女の手荷物を攫う。いつもの日常に鶫はほっと胸を撫で下ろしたが、次の瞬間それは崩れ去ることとなる。

「何もなかっただろうな」
「特には――」
「鶫ちゃんナンパされてたじゃん!」

 何かあったじゃん! と日向が悪気なく発言したことで、その場の空気は一瞬で凍る。
 まさかの自体に鶫はやや口元を引きつらせて隣の影山を見上げると、彼は予想通り誤魔化そうとしたなと眉を寄せていた。

「おい、ナンパってどういうことだ」
「大したことはなくて――」
「ナンパだったんだな」
「……」

 ――やってしまった。これじゃ、自分で”そうでした”って肯定したのと同じ。

 うっかり墓穴を掘ってしまった鶫はこれ以上誤魔化すことは無理だと諦め、本当に大したことはなかったのと誤魔化そうとした時と同じ答えを口にする。
 申し訳なさそうに肩を少し落とした彼女の答えを聞いた影山は自分の髪をガシガシと掻き、目の前の小さな頭にそっと手を置く。

「……大したことねえんだったら良い」
「ごめんね」
「良い」

 だけど危なくなったら直ぐに逃げるか助け呼べ。そう影山に注意された鶫がひとつ頷いてこの件はまとまり、烏野の面々はバスに乗り込んで会場を後にした。

 烏野に戻り試合の反省と今後の練習方針について再度確認が行われた後、今日は試合があったから自主練はなしと烏養に念を押される形でその場で解散。
 実質的に自主練禁止を言い渡された面々は早々に帰路につき、その輪の中にいた月島はいつも通り些細な事で言い合いをしている日向と影山の隙を見て、のんびりと歩く鶫に声をかけた。

「舞雛」
「どうかした?」
「この前の期末テストの競争、覚えてるでしょ」
「勿論」

 結局月島くんに数点差で負けたの悔しかったなと鶫が少し眉を下げ、勝った方が我が儘を聞いてもらえるって約束だったよねと微笑んだ。

「月島くんの我が儘って何?」
「じっくり考えておくから楽しみにしてて」

 せっかくの機会だから良い時に使いたいと笑う月島に鶫はお手柔らかにと返したが、彼にも我が儘を聞いてほしいという無邪気な一面があることが少しだけ微笑ましかった。



 

「明光、いつまで居られるの?」
「十四日から仕事。だから明後日には仙台戻るよ」

 蛍の試合を見に行かなくて良かったのかと母親に聞かれた明光は、昨日行こうかなって言ったらスゲー嫌な顔されたと苦笑いを溢す。

「あ、そうだ母さん。蛍のメガネのさ――」
「うん?」
「ただいま」

 明光が何かを言いかけたが玄関が開いて月島が帰宅し、リビングでその音が聞こえた明光は腰を上げて月島を出迎えた。

「おかえり。試合どうだった?」
「……まあ、勝ったけど」
「おお! 相手どんな?」
「2メートル」
「はい?」

 どういうことだと明光が聞き返したので月島は一年で201センチがいたと話す。まさかと驚きを隠せない明光に、またバレーを始めたはかりの初心者だったからと月島は付け加えた。

「まじかよ……」
「まあブロックは全然歯が立たなかったけどね」
「……ふーん」
「……何」
「なあ」

 お前、負けて当然て思ってるだろ。

「え。うん……だって2メートルだよ?」
「……」
「?」
「お前さ」

 ウチのチームの練習混ざってみない?



 翌 8月12日・日曜日。
 宮城県代表決定戦・全16チームが出揃う。

 

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