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烏野高校の夏休みが終わってから数日後。
いつも通りの練習を終え、自主練に入った体育館。
その中でビブスの片付けをした谷地が体育館の外に出ると、其処には帽子とサングラスにパーカー姿の"見慣れた"人物が立っていた。
「ひいっ!?」
「!!」
「かっ、影山くんどうしたの!?」
「俺って分かるのか!」
「……まあ」
毎日見ているし分からないことないんじゃないかなと苦笑いした谷地に影山はショックを受けると、帽子とサングラスを外して悔しげな表情をする。その影山の反応を見て、もしかして変装のつもりだったのかと谷地が聞けば彼はその通りだと渋い表情を浮かべた。
「あ……えーっと」
「代表決定戦で当たるかもしれない相手で、どうしても見ておきたいチームがあって――」
「なるほど!」
ビデオに収めたいってことだねと谷地がビデオを撮る仕草をしたが、影山はそういうのは基本的に公式戦だけっていうのが暗黙のルールだと首を横に振る。
「だから見たところでどうなる訳でもないけど、夏休み終わって代表決定戦まで二月切ったしどうしても見ておかなきゃいけない気がして」
「なるほど」
「昨日鶫にも話したら、“特に変装しなくても良いんじゃない”って言われたんだよ」
「……その通りなのでは?」
鶫ちゃんの言葉の意図が正しく伝わっていないことを察した谷地はがそう言うと、どういうことだと影山が眉を寄せた。
「どの学校でも放課後に一番目立たないためには、フツーの運動部っぽい恰好が良いのでは……?」
「……そういうことか」
「多分、鶫ちゃんが言いたかったこともそういうことかと……」
「……」
呆気に取られた影山だったがその場でパーカーを脱いで帽子とサングラスも合わせてスポーツバッグに突っ込み、谷地に自主練終わりまでには戻ることを鶫に伝えてくれと言い残してそのまま青葉城西へと向かった。
一方、体育館で自主練に励む面々のコートの隅で月島に声をかけた日向は、鬱陶しそうな彼の様子をいつも通り気にすることなく話を振る。
「月島だったらウシワカ止められるか!?」
「……無理デショ」
マグレならまだしも全国トップ3のエース相手にと渋い顔をする月島に、でも誰かがウシワカ止めなきゃ白鳥沢倒せないと日向は言った。
「おれ達MBじゃん!」
「もう県トップのこと考えてんの? 随分ヨユーだね?」
「……どっちみち、全部倒さなきゃいけないんだから同じだ」
「……何か腹立つ」
「なんでだよ!」
怒らせるようなこと言ってないだろと日向は眉を寄せたが、月島で無理ならおれがやってやるとその場から立ち上がる。その日向に刺激されたのか月島はふうと静かに息を吐き、気怠そうにしていた長身をゆっくりと起こす。
「……自分で言うのはともかく」
他人に“無理”って言われると腹立つよね。
「君は特に」
「ギャアアアア! 下痢ツボ押したな月島このヤロオオオオオ!!」
「帰る」
「ハア!?」
「――そろそろ良い時間になるけど」
――飛雄くんは及川先輩の様子を見てこられたかな?
時計を見上げて鶫がぼんやりと影山のことを考えた時、体育館のドアが開いて影山が出先から帰って来た。影山が帰って来たことに目敏く気付いた日向がどうだったかと駆け寄ると、影山の口から飛び出したのは意外な言葉だった。
「俺は一生、及川さんに勝てないのかもしれない」
「!?」
何を見たんだと日向が詰め寄ると影山は青葉城西で及川が初対面の大学生チームの中に及川が入り、ほんの数回のプレーで完全にそのチームに溶け込み生き生きとしたスパイカーの様子を話して聞かせた。
誰からもどんな奴からも“100%”を引き出すなんて、たとえ時間をかけたってできるとは限らない。
「でも及川さんは例え、あの人を嫌ってる奴とかすげえクセのある選手とかでさえ――」
きっと自在に使いこなす。
「――そのスゲー大王様に改めてビビったったのかよ、影山クンは」
「……ああ」
スゲービビった。
そう言った影山の顔には恐怖はなく、純粋な“闘争心”が宿っていた。
「その及川さんの三年間全部を詰め込んでんのが今の青城で、春高はそれと戦える唯一のチャンスだ」
チームとして絶対に勝つ。
「うおおお!! 打倒大王様ーっ!!」
「俺の台詞だバカヤロー!!」
「……ふふ」
いつも通り些細な事で喧嘩をする日向と影山を見た鶫は、この分なら代表決定戦仕様のメンタルトレーニングは必要なさそうねと表情を緩めた。
烏野は代表決定戦に向けて、限りある時間を練習と調整に費やしていた。自分たちにできることを精一杯やる彼らの傍で、鶫もデータ収集と練習の提案及び指導に奔走する忙しい日々になっている。
そんなある日の自主練の折、鶫は月島にねえと声をかけられた。
「どうしたの?」
「……」
「月島くん?」
「――高さでもパワーでも」
自分より圧倒的に“上”の相手のスパイクを止める方法ってある?
同時刻、私立・青葉城西高等学校の第三体育館内。
「久々に来たんならマトモに挨拶くらいしろよ!」
「まあまあまあ」
矢巾落ち着いてと及川がいつも通りの様子で彼らの間に割って入り、矢巾が文句を言っていた相手に久しぶり待ってたよと笑いかけた。
「オカエリ、“狂犬”ちゃん」
誰だと金田一が言葉を溢せば傍にいた矢巾が、彼は二年の京谷賢太郎で“狂犬”というあだ名は及川がつけたことと南三中で割と有名だったろと付け加える。その話で金田一は彼のことを思い出すと同時に、あの代だけ南三中が強かったと頷いた。
「あいつ協調性とか皆無だけど、実力は俺達の中でズバ抜けててさ。入部早々練習試合に出るチャンスもあったんだけども、いきなり当時の三年と衝突してさあ……」
言うことはともかく言い方が凄かったと当時のことを思い返した矢巾は、その後も当時の三年とは険悪で同学年からは煙たがられてそのうち来なくなったんだと今までの経緯を話した。
「何だよ、まだ三年居んのかよ。IH予選で負けてもう引退したかと思ったのに」
「!?」
「ムッフフ! 相変わらず狂犬ちゃんは面白い!」
「変な呼び方しないでほしいんスけど」
「“ああっ! 及川さんが居る代に同じチームでプレーできて良かった!”」
「?」
――って思えるようにしてあげるね。
8月末、土曜。
十月の代表決定戦までの間で関東へ練習試合に来られるのは今回を含めて二回のみ。貴重なチャンスを有意義に使いましょうと武田の挨拶もそこそこにアップが始まり、アップを取る面々の中にいる月島の様子を鶫はさり気なく見ていた。
「自分より圧倒的に“上”の相手のスパイクを止める方法ってある?」
「……」
「舞雛?」
「あ、ううん。なんでもないの」
ぼうっとしちゃってごめんねと鶫は申し訳なさそうに微笑み、そうねと何かを考えるように宙を見てから月島に視線を戻した。
「ブロックで一番重要なことって何か分かる?」
「……高さ?」
「ううん」
それはね、タイミング。
「極端な話になるけれど、ネットから手の平が出ていれば小学生でも大学生のスパイクを止められる。あくまでもタイミングさえきっちり合っていればの話にはなるけれど」
勿論手の出し方やコースを読む力も重要になる。
「私自身がお手本になれたら良かったんだけれど、男子バレーでそういう訳にもいかないし……。個人的なセンスやブロックの司令塔として優れているのはやっぱり鉄朗くんかしら」
相手が打ち下ろしてくる瞬間にブロックは“てっぺん”に差し掛かる。
コートの外で黒尾のプレーを見ていた月島だったが、いつまで見る専をしているつもりかと黒尾に声をかけられたので彼らの練習の輪に混ざる。黒尾がリエーフにブロックの指示をする内容を聞き逃さず、自分の知識として積み上げていった。
日々の練習であっという間に時間は過ぎ去り九月下旬。
冷たい外気が肌を撫でる頃に日向と影山の速攻の成功率は九割まで上がり、山口のサーブを西谷が拾えないシーンも多く見られるようになった。その中で最後の関東での練習を終えて片づけをしていた日向は不意に鼻を擽られてくしゃみをひとつ。近くでくしゃみを聞いた孤爪が日向の方へ顔を向ければ、彼は特に気にした様子もなく半袖姿で笑みを浮かべる。
「東京でも夜は寒いなーっ」
「汗冷える前に上着ないから……」
「試合もうすぐだなー!」
「……そうだね」
孤爪は急に話題が切り替わったことを気にする様子はなく、むしろ最近思うことがあるとその話題に乗った。
「翔陽は面白いから、翔陽達と練習じゃない試合やってみたいかも、って」
「え!!」
「負けたら――」
即ゲームオーバーの試合。
「……やろう。“もう一回”がない試合」
「俺達にはラストチャンスだ」
“ゴミ捨て場の決戦”
「――東京体育館で会うぞ」
「――おう」