05



 土曜日の早朝。部員たちよりも早く体育館に入った鶫と清水は試合の準備を進めながら、続々と集合してくる部員たちを出迎えた。

 鶫がこれから準備するドリンクボトルの数を数え直していると、その横から菅原が顔色を窺うように顔を覗かせた。

「足、あれから大丈夫?」
「はい、大丈夫です。あの時はありがとうございました」
「大したことしてないよ。でももう平気なら安心した」

 そのやり取りが偶然聞こえたらしい澤村が何かあったのかと不思議そうに問いかけると菅原は大したことじゃないよと笑って話を流し、それよりもと澤村に今日の試合について話題を振る。適当に話を流してくれた菅原に鶫は内心でほっとするとドリンクケースを持って体育館の外に出た。

 水道でボトルを洗ってからドリンクの粉末が入ってる箱に手を伸ばした時、横からひょいと誰かの手が伸びてその箱を攫っていく。その手を追って視線を上げた先には、長袖の体操服の袖を捲った姿の月島が立っていた。

「一人だと大変じゃない?」
「月島くん」
「驚いた?」
「ちょっとだけ。アップ取らなくて良いの?」
「まだ余裕あるでしょ。それに舞雛に聞きたいことあったし」
「聞きたいこと?」

 箱の中に小分けされていた粉末の封を切りながら月島はそう言うと封を切ったそれを鶫に差し出し、鶫は不思議そうにしながらもそれを受け取りボトルケースの中へ放り込んで水を注いだ。

「聞きたいのは影山のことなんだけど」
「飛雄くんのこと?」
「アイツとは中学から一緒なんだよね?」
「正確には小学校の時から一緒だけど、それがどうかした?」

 粉末と水を入れて蓋をしたボトルを振りながら鶫は月島の質問に答え、月島は頃合いを見て封を切った粉末の袋を彼女に手渡す。それを繰り返してボトルの半分ほどが片付いたところで、何かを考えるように口を閉じていた月島は再び口を開いた。

「よくアイツと一緒に居られるよね。疲れない?」
「え?」
「あんなに自己中で横暴な奴と一緒で疲れないの」

 最後のボトルにを混ぜ終えた鶫はそれをケースにしまおうとしていた手を一度止めて月島を見上げたが、彼は今の言葉を取り下げるつもりはないらしい。

「中学の試合見れば誰だって分かるでしょ。独りよがりで傲慢で、チームで戦うことを知らない」
「……」
「だから“あんなこと”になったんだろうし」
「……それは」
「でも舞雛はそうじゃないでしょ」

 ――繋ぐための、目と耳がある。

 月島が口にした言葉に鶫が知っていたのかと言いたげに目を丸くすれば、彼は鶫の手からボトルを攫ってそれをケースへ放り込むと彼女の顔を覗き込むように背を屈めた。

「あんな奴と一緒にいるだけ無駄じゃないの」
「……そんなことない」
「そう?」
「飛雄くんを悪く言わないで」
「……何で庇うの」

 嘘は言っていないつもりだけどと続けた月島の言葉通り、あの時の影山は自分が原因で試合に勝つことができなかった。

「……確かにあのとき」

――トスが上がった先は。

「……でも飛雄くんは自分が間違っているって気付いてくれた。今はその答えが見つかっていないだけ」
「横暴で自己中心的な酷いプレーをするアイツが変われるって言いたいんだ」
「変わろうとしているの」
「……」
「だから悪く言わないで、月島くん」

 影山なら大丈夫だと言い切った鶫はドリンクケースを持ち上げると月島を見上げ、自信ありげな笑みを浮かべた。

「そのうち良い結果が出る。絶対に」
「!」
「私は先に行くけど、早めにアップ取って準備しておいてね」

 今日はちょっと気怠そうに見えるから。

 意味ありげにそう言った鶫が体育館の中へ姿を消すと、彼女の背中を呆然と見送っていた月島はふっと笑って目を細めた。

「……流石。そっちは現役ってわけか」



 

「よーし、じゃあ始めるぞ!」
「うス!」
「月島たちの方には俺が入るから――」
「ええっ、キャプテンが!?」
「ははは、大丈夫だよ! 攻撃力は田中の方が上だから。でも手は抜かないからなー」
「……」

 何時もの温和な口調でそう言った澤村。その言葉の意味に部員たちと鶫は直ぐに気が付き、話題に出された田中自身はどこか煮え切らない表情をしていた。

「あー、オホンッ」
「?」
「小さいのと田中さん、どっちを先に潰し――抑えましょうかあ。あっ、そうそう。王様が負けるところも見たいですよねえ」
「ちょっ、ツッキー聞こえてるんじゃ……ヤバいよ」
「聞こえるように言ってんだろうが。冷静さを欠いてくれるとありがたいなあ」
「月島、良い性格の悪さしてるねー」
「――特に、家来たちに見放されて一人ぼっちになっちゃった王様が見物ですよね」
「……」

 月島が次々と口にする挑発の言葉に影山が居心地が悪そうに息を飲んだが、その空気を壊すように脇から口を挟んだのは妙にテンションを上げた田中だった。

「ねえねえっ」
「?」
「今の聞いたあ? あーんなこと言っちゃって。月島クンってばもう、ホント――擂り潰す!」
「!?」

 キャピキャピとした女子高生の会話をトレースしたような田中の言い方、しかしその言葉は影山の背中を押し鼓舞するには十分だった。

「……流石先輩」

 一年の経験差は伊達じゃない。

 試合前から白熱する彼らの様子を眺めていた鶫の耳に、試合開始前の号令をかけるホイッスルの音が届いてきた。

 

×××    TOP   NEXT