06
無理な体勢から日向の声と動きに咄嗟に反応をして正確なトスを出す技術。それはずば抜けたボールコントロールと判断力が必要で、積み上げた努力だけでは何とかなるものではない。
同じセッターとしてそれを痛いほど理解していた菅原が息を飲む隣では、鶫が何かに気付いたように目を大きく見開いていた。
「……そうよ」
――今は日向くんがいる。飛雄くんの力を生かせるのは、その才能を咲かせられるのは、此処なんだ。
「おいお前ら、速攻使えんのか!?」
「クイック?」
「今みたいな速い攻撃だよ!」
影山と日向のコンビネーションを一番近くで見ていた田中がやや興奮気味にそう訊ねたが、日向は言われた言葉の意味が分からず首を捻った。
「全然? おれ、ポーンって高く山なりに上がるトスしか打ったことないです」
「でも今やったろ! それにお前中学ん時、素人セッターのミスったトス打ったろ! ああいう――」
「えっ? どうやったか覚えてないです」
「……」
でもおれどんなトスでも打ちますよと田中に言った日向は影山にも同じことを言って念押しをする。そんな日向の様子に一瞬怯んだ影山だが何かを考えるように押し黙ると、コート外にいる鶫をチラリと見てから視線を彼らへ戻した。
「……鶫と合わせるなら話しは別だが、お前とは合わせたこともないのに速攻なんてまだ無理だろ」
「!?」
影山が無理だと言ったことが相当驚きだったのか、日向は一瞬だけ口を大きく開いて固まった。
「何だお前変! そんな弱気なの気持ち悪い!」
「……うっせーな」
どういうことだと突っ込んで聞いてくるのが鬱陶しかったのか日向は適当にあしらわれ、それを見ていた月島は口元に手を添えて意地悪気な笑みを浮かべた。
「王様らしくないんじゃなーい?」
「! 今ぶち抜いてやるから待ってろ!」
「まーたそんなムキになっちゃってさあ。何でもがむしゃらにやれば良いってもんじゃないデショ」
「?」
「人には向き不向きがあるんだからさ」
身長差は約二十六センチ。凡そ竹尺一本分の高さから見下ろされた日向は悔しげに月島を見上げ、静かに息を吸い込んだ。
「……確かに、中学ん時も今も。おれ、跳んでも跳んでも、ブロックに止められてばっかだ」
バレーボールは“高さ”が重要な競技。
いくら高く跳べても、圧倒的な身長差は埋まらない。
「だけど」
――まさに、小さな巨人!
「――あんな風になりたいって、思っちゃったんだよ」
「……」
「だから、不利とか不向きとか関係ないんだ」
「この体で戦って、勝って勝って――もっといっぱいコートに居たい!」
「――!」
あの日影山に負けてトーナメントの一回戦で敗退した日向、決勝戦でチームメイトに見限られベンチに下がった影山。悔しい思いを糧に再び立ち上がった彼ら同様に、鶫もまたどこか遠い目でその言葉を呟いていた。
「……もっと長く、コートに」
コートに立つことすら許されなくなった脚。
それは誰のせいでもないけど、どうしても悔しくて悲しかった。もっともっとコートに立って戦っていたかった。そんな我が儘で子どものように泣いた私を慰めてくれたのは――。
「舞雛?」
「!」
「どうかした?」
「……いえ、何でもありません。大丈夫です」
「……そう。それなら良いけど」
「だからその方法がないんデショ。精神論じゃないんだって。“キモチ”で身長差が埋まんの? 守備専門――リベロになるなら話は別だけど」
「……」
おれはどこにだってとぶ。どんな球だって打つ。
だからおれにトス、持ってこい!
「――スパイカーの前の壁を切り開く……」
「?」
「その為のセッターだ」
シューズのスキール音を立てながら日向の隣に立ちそう言った影山に、この場にいる全員が目を丸くした。
「飛雄、くん……?」
勝つことだけに執念を燃やし他人を顧みなかった彼から飛び出した言葉は、大きな一歩を踏み出した証だった。
「……良いか。打ち抜けないなら躱すぞ。お前のありったけの運動能力と反射神経で俺のトスを打て」
「はあ!? それ速攻の説明かよ!」
「? 分かった!」
「嘘つけ、分かってねえだろ!」
「取り敢えずやってみます!」
「何だお前、さっきまでガチへ凹みしてたくせに」
「? 凹んでません!」
「嘘つけ!」
残念ながら田中のツッコミはもう追いつかなかった。
速攻を試してみるらしい彼らのやり取りをコート外から見ていた鶫は心許なそうに指先を動かしてみたものの、それで何かが変わるはずもない。影山が一先ずライト側を指し示して日向にそちら側にトスを上げることを伝えられたのは良いものの、鶫は先の展開が読めたのか少し渋い顔をした。
月島のサーブから試合は再開され、日向はボールの正面に回り込むと上手く勢いを殺してレシーブを上げた。ボールはセッター位置へと飛び、日向はネット際へと駆けて行く。しかし影山の手に渡ったボールはその瞬間にトスが出されたので日向は慌てて跳んだものの、それは僅かに届かずボールはコート外へと飛んで行ってしまった。
「……え、こんな速いの?」
「おい、何してる! もっと速く――!」
「でたー、王様のトス!」
思わず口にしてしまった言葉を拾い上げた月島がからかうと、影山はやってしまったと言うように舌打ちをひとつした。
それから何度か速攻を試してみたもののどうにも呼吸が合わず、そのたびに月島が楽しげにからかってくる。流石にこう何度もタイミングが合わないとなると日向もお手上げ状態で、そんな彼を見た影山は身振り手振りを入れて説明を試みた。
「お前反応速いんだから、もっとこうバッと来いよ! グワッと!」
「“バッ”なのか“グワッ”なのかどっちだ!」
「重要なのそこじゃねえよ!」
「――飛雄くん」
いい加減にしろと言うような田中のツッコミの後、体育館に静かな鶫の声が響く。彼女は足元に転がってきたボールを拾い上げると影山の元へ歩み寄り、自分よりも目線の高い彼を静かに見上げた。
「そのままだと中学校の時と同じ。確かに日向くんは機動力もあるし反射神経もスピードもある。でも、私や今まで関わってきた選手とは違う」
「鶫……」
「影山」
その日向の“すばしっこさ”っていう武器――お前のトスが殺しちゃってるんじゃないの?
鶫の後ろからそう助言したのは影山と同じポジションの菅原。その助言の意味が分からず影山が不思議そうな顔をしていることに気付いた菅原は、だからさと前置きをして彼らに分かりやすいように言葉を選びながら話を続ける。
「日向には技術も経験もない。中学でギリギリ合わせてくれてた優秀な選手とは違う」
でも、素材はピカイチ。
「……お前の腕があったらさ」
「?」
「なんつーか、もっと日向の持ち味っていうか才能っていうか。そういうの、もっとこう、えーっと……。何か上手いこと使ってやれんじゃないの!?」
菅原本人もどうすればそれができるのか答えが出なかったのか曖昧な助言を示し、影山は更に首を捻る。そんな二人に鶫は少し困ったように笑ったが、菅原の顔色が変わったことに気が付くと自然と背筋が伸びた。
「――俺も同じセッターだから、去年の試合……お前見てビビったよ」
「?」
「スバ抜けたセンスとボールコントロール! そんで何より……敵ブロックの動きを見極める目と判断力!」
全部、俺にはないものだ。
「そ、そんなことないッスよ、スガさ――」
「田中」
「!」
「一回聞いとくべ」
熱の入った言葉に続けて、少し悔しげな言葉を紡いだ菅原。そんな彼の横顔を見ていた鶫は何かを察して少し目を細めたが、口を挟むことはしなかった。
「技術があって、やる気もあり過ぎるくらいにあって、何より――周りを見る優れた目を持ってるお前に、仲間のことが見えないはずがない!」
「!」
菅原の言葉に影山は何か感じるところがあったの表情を変えたものの、それは直ぐに解決しない現状に対しての困惑へと変わった。
曖昧な助言、解決しない現状。これを打破しなければ何も変わらない。頭をフル回転させてみたものの、影山自身が自分ができることを見出すには一歩足りなかった。
「――飛雄くん」
「鶫?」
そんな彼の困惑を見て声をかけたのは鶫で、彼女は持っていたボールを影山に差し出しながら穏やかに微笑んだ。その微笑み自体は穏やかだったが、その目に浮かんでいるのは“相手をどう叩くか”知っている策士のそれだった。
その目に気付いた影山は目を丸くし、傍にいた菅原は彼女はこんな目をするのかと別の意味で目を丸くした。
「――思い出して、日向くんの言葉」
「……日向の?」
「居るぞ!」
「でもちゃんとボール来た!」
――ボール“来た”!
「――……」
鶫の出したヒントを頼りに手繰り寄せた答えに辿り着いた影山は鶫からボールを受け取ると日向へ顔を向け、静かに息を吸い込んだ。
「……俺は」
「おうっ!?」
「お前の運動能力が羨ましい!」
「はっ?」
「だから能力持ち腐れのお前が腹立たしい!」
「はああ!?」
「――それなら」
お前の能力、俺が全部使ってみせる!
「!?」
「何だ?」
何が言いたいんだと田中が首を傾げたが、唯一人鶫だけは影山が辿り着いた答えに満足してその口元に笑みを浮かべた。
――おれにトス、“持って来い”!
「――お前の一番のスピード、一番のジャンプで」
とべ。
「ボールは俺が“持って行く”!」