06
「……“持って行く”ってどういうこと?」
「お前はただ、ブロックの居ないとこにマックスの速さと高さで跳ぶ。そんで全力スイングだ。俺のトスは“見なくて良い”。ボールには“合わせなくて良い”」
「はあ!? ボール見なきゃ空振るじゃん!」
「かもな!」
「うおい!」
「でも……やってみたい」
やらせてくれと言う影山の顔を真っ直ぐに見ていた日向はしばらくすると分かったとひとつ頷き、影山はその返答に頷き返すと鶫に顔を向けた。
「お前、本当に突拍子もないこと考えつくな」
「ふふ、そう?」
「まあな」
「でも、それをやろうとする飛雄くんも飛雄くんだけどね。いってらっしゃい」
「おう」
「まだ何かやるつもりか? 王様の自己チュートスなんて誰も打てないってば」
「だよねーっ」
月島と山口の声は集中し切った影山の耳には届いていなかった。
「ふう……」
見ろ、見ろ――。
敵の位置は、ボールの位置は――日向の位置は?
次にどう動く、何処に跳ぶ――此奴のジャンプのマックスは何処だ?
田中がレシーブしボールを上げると同時に日向はネットに向かって駆け出し、研ぎ澄ました集中力で周囲の状況を見極めた影山はほんの一瞬のタイミングを逃さなかった。
――今。
「――」
この角度で、このタイミング、この位置。
――ドンピシャ!
僅かな誤差もなく影山のトスはスイングする日向の手元へ運ばれ、ボールは相手コートへと沈み込んだ。
「――よしっ!」
瞬く間に沈んだボールに全員唖然としたが、日向はその空気に構うことなく先程感じたボールの感触を思い出しながら目を輝かせた。
「手に当たったあああ!」
「手に当たった? 大げさだな……」
たかがスパイクだろと月島がため息と共にそう言ったが、後方で日向のスパイクを見ていた澤村がフラフラとした足取りで先程の彼の様子を思い返しながら口を開いた。
「おい、今……」
「?」
「日向……目え瞑ってたぞ」
「はあ!?」
それにはコート内にいた全員が目を丸くして声を上げ、月島はあり得ないと言いたげな様子でどういうことですかと澤村に問いかけたが、彼は言葉のままだと眉を寄せる。
「ジャンプする瞬間からスイングするまでの間、日向は目を瞑っていた。つまり、影山がボールを全く見ていない日向の手の平ピンポイントにトスを上げたんだ」
「――スイングの瞬間に合わせて、一ミリの狂いもコンマ一秒の遅れもない完璧なトスを」
「まさか……」
「そのまさか、です」
「……もしかして分かってた?」
「はい」
澤村と同時に同じことを呟いた鶫。しかし鶫が澤村と違っていたのは、“日向が目を瞑ってスイングすること以外”は予期していたところ。つまるところ影山が日向をどう生かすか悩んでいる時点で彼女には日向をどう生かすか答えが出ていて、悩む彼に“日向の言葉を思い出して”とヒントを与え助言をした。しかしそれは普通ではあり得ない手段で、それでもそれが可能であると踏んで与えた助言。
常識の枠に捕らわれることなくしかし確実に相手を苦しめる策を思いつく彼女に、菅原は一瞬だけ寒気を覚えた。
「なあ、何! 今の何! 当たったんだけど! 今、おれの! なあ!」
「うおい、お前えええ! 目え瞑ったって何だ!」
「お前がボール見るなって言ったんだろ? 目え開けてるとどうしてもボールに目がいくから……」
「確かに言ったけど!」
日向の性格を考えれば彼の言い分も分からなくはないがと影山は言葉をうっと詰まらせるものの、それを考慮してもあり得ないだろうと口元を引き攣らせる。
「でも今ので成功だろ! 何が悪い!」
「それはそうだけど! 百パーセント信じるなんて出来るか、普通!」
「だって今、それ以外の方法が分かんねえもん!」
「!」
「能力持ち腐れしているクソ下手くそな奴!」
「お前は三年間、何やってたんだ!?」
「……」
日向のあのバネも機動力も、俺のトスなら生かせる。
今のラリーで確信を持った影山は息を飲み、日向のスパイクが決まればマークが分散して田中も打ちやすくなると気合いを入れ直す。しかしそれだけで日向への株が急上昇するはずもなく、影山はまだ不確定要素だがと言いたげな目で日向を見つめる。
「俺たちには信頼関係なんて微塵もないが――次もボールは俺が持って行く」
信じて跳べ。
「ビャーッ!」
「あ、悪い」
合わせて上げたつもりのトスは日向の顔面に直撃し、ボールはコロコロと床を転がった。
一度目の神業から速攻が成功しておらず、木下は15‐22と進んだスコアボードを見ながらマグレだったのかなと呟いた。しかし菅原はその呟きに、確実にトスの精度は上がってきていると否定をする。彼の隣で静かに試合を見つめている鶫も全く同意見で、この手段が間違っているとは思っていなかった。
「そおッスか?」
「うん。な、舞雛?」
「はい。ぱっと見は分からない程度に調整をしています」
「……くそ、やっぱ簡単じゃねえな」
今度はネットから離し過ぎた。
コート上の“ぜんぶ”を常に把握しとくのもしんどい。今度鶫にコツ聞いておかねえと駄目だな。……でも。
「でも、それ以上に――」
「何ニヤニヤしてんだよ、フザけんな! 顔面二回目だぞ!」
「!」
とても、楽しそう。
「舞雛?」
「……いえ、何でもありません」
「……理解不能。さっきのはマグレだろ。懲りずに何回も――」
「でも多分、日向はまた何回でもボールを見ずに跳ぶんじゃないかな」
「……」
「確かに理解不能だよな。他人を百パーセント信じるなんてそう出来ることじゃないもんな。しかも“因縁の相手”なのにな」
その言葉とは裏腹に穏やかな表情でネットの向こう側を見つめた澤村は、ボールが当たった頬を摩る日向を見つめる。彼は頬を擦っていた右手を見つめ、神業の速攻を繰り出した時の感触を思い出すようにその指先をぐっと握り込んだ。
「……」
さっきの手応え。ボールの芯を捉えた時の、手に伝わる“重さ”。
大好きな感触。
もう一回、もう一回。
もう一回、丁寧に。
「――ふう」
――スパイカーが最大限力を発揮できるトスを。
集中を切らさないよう短く息を吐いた影山は山口のサーブを目で追い、田中がレシーブを上げたことを確認する。ネットの反対側でも田中がボールを捉えたことを確認した月島が目を細め、ブロックに跳べるように腕を構えた。
「どうせまたチビに上げて失敗だろ。田中さんだけマークしとけば――」
その言葉を遮るように勢いよく飛び出してきた日向に月島は寒気を覚え、近くで控えていた山口に二枚で止めるぞと声を飛ばす。日向は自分よりも背の高い二人に怯むことなくネット際まで駆け抜けると、影山の言葉を思い返した。
「良いか、打ち抜けないなら――躱す」
そのひと言を思い返すと同時に日向は右足の爪先に力を込めてレフト側へ跳び、影山の脇を通り抜けてレフト側へ大きくブロードをする。
「えっ、何だ!? 今の何!?」
「……思っていた以上ね」
予想以上の運動能力。これは良い意味で予想外。
これなら、背の高い相手にも十分に戦える。
日向の身体能力に内心で笑みを浮かべた鶫は、コートを割くように走る日向とボールを静かに受ける影山の姿を見て目を細めた。
「せーの」で跳んで長身の選手より高さで劣るなら、“1センチ”を、“1ミリ”を――「1秒」速く頂へ。
――そうすれば、いまこの瞬間だけ、此処が一番高い場所。
「――……」
目の前に立ちはだかる、高い高い壁。
その向こうはどんな眺めだろうか、どんな風に見えるのだろうか。
おれ独りでは決して見ることのできない、これが――頂の景色。
スパイクを打つ瞬間まで目を閉じていた日向が目を開いた先には、横から飛び出す月島の手とレシーブに飛び出そうとしている澤村の姿が映り込む。澤村は腕を伸ばしてボールを拾おうとしたがそれは僅かに届かず、ボールはコート内に沈んだ。