07



 それは天性の才能。

 コート上の全てを把握して先を見通し、相手を静かに追い詰める力。


「飛雄くん、それは言い過ぎなんじゃ……」
「言い過ぎじゃねえよ。とにかく、コイツは選手としても凄かったんですけど、サポート力も侮れないから見ておきたいんだと思います」
「先生に詳細を聞いた後でその話聞かせてくれるか?」
「は、はい」

 恐縮しながら鶫がひとつ頷いたことを確認した澤村が武田に練習試合の詳細を訊ねれば、日程は相手が土日が練習試合で予定が埋まっているので急だが来週の火曜日に行われること、時間の都合上一試合だけの練習試合になること、学校のバスで向かうことなどが伝えられた。

 武田は職員会議のため連絡事項を伝え終わると早々に体育館を後にして、その場に残された部員たちは青葉城西が提示した条件の話題へ戻ることとなった。

「それで、どうして向こうが舞雛に試合を見せたがっているかって話だけど――」
「鶫は元々、周囲のことに敏感なんです」
「どういうことだ?」
「周りがよく見えたり音がよく聞こえたり、あとは食べ物の味とか、なんかの匂いとか。あと物を触った感触とか」
「平たく言うと五感が鋭いってことか?」
「はい」

 鶫の代わりに彼女の才能について説明をする影山。昔からの付き合いの二人なのでお互いのこともよく分かっているらしく、鶫は彼に説明を任せて口を挟まなかった。
 
「周囲を視るコツは鶫から教えてもらいました」
「えっ!」
「? そんなに驚くことですか?」
「いやまあ結構……」

 教えられて会得できるものじゃないだろうと渋い顔をした菅原だが、同時に天才には天才にしか分からない領域があるのだろうと少しだけ羨ましくも感じていた。

「だから鶫は”今までのこと全部”分かってますよ」
「それどういうこと?」
「言葉のままです」

 この試合も今までの部活のことも、全部。

「……全部?」
「はい。個人の些細な動きも癖も、会話とかも全部。コイツ、意識しないでもそれができるんで」
「俺たちのことはもう把握されているってことか?」
「そうなりますね」

 普段の練習や試合中、その合間の休憩時間。その間のことを子細に見聞きし分析し、個々とチームを的確に把握する。そしてそれは個々とチームを成長させ、相手を攻略する策へ変わる。

「俺たちが体育館を出禁になってる間、お前練習ずっと見てたんだよな?」
「うん」
「じゃあもう“出来てる”な?」
「……うん、仕上がってるよ」
「出来てるってなにが?」
「データブックです」

 個々の基礎データと能力値、性格やプレースタイル、本人が無意識で行っている小さな癖、それらから導き出した今後の練習メニューやトレーニング方法――項目を挙げれば多岐に渡る情報をまとめたノート。

「……それをこの一週間ちょっとで?」
「鶫にすれば十分すぎるくらいの時間ですよ」
「マジか……」

 なんでもないことのように話してはいるが、それは一般常識では考えられない精度の観察力だった。

 強豪校と比べれば烏野は部員の人数はかなり少ないが、この人数であれば初対面の人間を観察分析するのにたった一週間で事足りるという。しかも鶫はそれをマネージャー業をする合間にこなしているのだから、かかっている時間はそれほど多いものではないだろう。

「……すみません、先にお話しようとは思っていたんですけど」

 話すタイミングがなくてと申し訳なさそうにする小柄な少女。
 そんな彼女は静かに着実に彼らを観察分析し、影山以外の体育館にいた誰一人にも知られることなく情報をまとめ上げていた。

 もし彼女が他校の偵察だったら? もし彼女が誰かに依頼されて分析を任せられていたら?

「……」

 その“もしかしたら”に気が付いたのは敏い澤村や菅原、一年では月島だけだったが、その可能性は影山も痛いほど分かっている。そしてそれは、当然彼女自身も。

「北一の時も鶫のデータは役立ってました。観察と分析では、多分俺が知る限りでは一番だと思います」
「……」
「データも先の予測をいくつも立てて個別のメニュー組んだりしてましたし、コーチと一緒に指導補助したりとかして……。データも小さいことがあれば直ぐに変わったし、試合中なんかしょっちゅう――」
「と、飛雄くんもう良いから……」
「そうか?」

 昔のことは良いからと影山の話を切り上げさせた鶫は未だに呆然としている彼らの方へ顔を向け、少しだけ視線を落としながら口を開いた。

「――あの、このことを話さないまま分析していたことを謝らせてください。皆さんのことは部活中以外ではできる限り関与していませんし、仕上がったデータも誰かに話したり渡したりはしていません」

 だから、気味悪く思わないでくださると嬉しいです。

「……舞雛?」
「……すみません、よく誤解されることがあるので。普段は必要以上に意識しないようにしているんです。それでもやっぱり、分かってもらえないことも多いので……」

 意識せずとも周囲のことを見聞きしているということは、本人が知らない間に本人すら知らないことも知られているということ。人には誰しも他人に知られたくないことや話の一つや二つあるが、それすらも知られてしまっている可能性がある。

 常に周囲を把握し上手く先読みができる優秀な才能は、裏を返せば人間関係を破綻させてしまう危うさも持ち合わせていた。

「だから、あの」
「舞雛」
「は、はい」
「大丈夫、そんなに怖がらなくて良いよ」
「!」

 澤村が鶫にかけたひと言は、彼女が今まで抱えていた杞憂を取り払った。

「そのデータブック、俺たちのために使ってくれるか? うちにはコーチがいないから助かるよ」
「! も、勿論です! 私のデータブックで良ければ!」
「はは、そんな謙遜しなくて良いよ」
「北一で役立ってたなら、俺たちにとっては強い武器になるもんな」
「菅原先輩」
「あとでそれ、見せてもらって良い?」
「――はい!」
「それじゃあ、今日はこのまま片付けして帰るぞ」

 澤村は部員たちにそう声をかけると彼らはそれぞれに片付けに取りかかり始め、体育館はまた騒がしくなる。その騒がしさのなかで澤村は鶫を呼び止め、ちょっと話したいことがあるんだと目尻を下げた。

 

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