08



「……」

 ……凄く見られてる気がする。

 鶫がノートを抱えて訪れたのは三年の教室がある階。昼休みで賑わう中できょろきょろと周囲を見回しながら目的の教室に辿り着くと、教室のプレートに三年四組と書かれていることを確認した。

「……いるかな」

 周囲の注目を浴びながら鶫が三年四組の教室を覗き込もうとした時、ドアの傍にいた男子生徒が鶫に気が付いて目を丸くする。鶫自身は見慣れない自分がいることに驚いたのかと思ったが、その男子生徒が驚いた本当の理由は、既に男子生徒の間で“噂”になっている鶫がそこにいたからだった。

「……?」
「あ、ええと、君って新入生だよね?」
「は、はい」
「誰に用事?」
「澤村先輩か菅原先輩はいらっしゃいますか?」
「澤村と菅原――っていうとバレー部?」
「はい。お願いできますか?」
「勿論」

 男子バレー部の女子マネージャーのレベルの高さを羨ましく思いながらもその男子生徒は教室内にいた菅原に声をかけ、教室のドアの前で待たせている鶫を親指で指し示した。

「菅原、お前に用があるってさ」
「え? ああ、舞雛か。悪い、ありがとな」
「ちょっと待て」
「?」

 男子生徒が指し示した方にいた舞雛に菅原が何の用だろうかと言うように席から腰を上げるが早いか、その男子生徒は菅原の肩を掴んで一度その場に引き止める。無言で引き止められた菅原は何だと首を傾げると、彼は鶫に聞こえないように声量を抑えて菅原に耳打ちをした。

「あの子一年の舞雛ちゃんだよな?」
「そうだけど……」
「紹介してくれ」
「そういうのウチはやってないから」
「頼むよ菅原!」
「嫌だ。それじゃあな」

 男子生徒の手をすり抜けて足早に鶫の元へむかった菅原。鶫はようやく見知った顔に会えてほっとしたのか表情が幾分か穏やかになり、少しだけ肩の力が抜けたのを自分でも感じていた。

「待たせてごめん。何か用事?」
「できれば澤村先輩も一緒のところでお話がしたいんですけど……」
「それならちょっと待てば帰ってくると思うけど――って噂をすれば。大地!」
「ん? あれ、舞雛?」

 ちょうどどこかから戻ってきたらしい澤村が教室に戻ってきたのを菅原が呼び止めれば直ぐに彼は菅原と鶫に気が付いて二人の方へ歩み寄ってきて、三年の教室にいる鶫を見て珍しいなと笑いかけた。

「どうしたんだ?」
「これ……」
「ノート?」
「これまでにまとめていたデータブックです」
「!」

 まだ日が浅く情報量も少ないのでブレや誤差があるが一先ず見せようと持ってきたらしい。

 澤村がそのノートを受け取り脇から覗き込んできた菅原と共にそのノートを開くと、中には部員各々のデータとチーム全体のデータが書き連ねられていた。澤村や菅原だからこそ分かるチームメイトの癖やプレースタイルもほぼ情報が出揃っていて、一週間と少しでこれだけの情報を揃えたのかと二人は目を丸くした。

「……凄い」
「一週間で作ったとは思えないな……」
「客観的に自分のことも見られるし助かる。ありがとな、舞雛」
「いいえ。私にできることといえばそれくらいなので。そのノート目を通したければお貸しします」
「じゃあその言葉に甘えて借りようかな。部活前には返すよ」
「分かりました」

 写しが欲しいようであればコピーするので言ってくださいと微笑んだ鶫は自分の腕時計に視線を落としてはっとした顔をすると、次が移動教室なので失礼しますと一礼して足早に三年の教室を後にした。

 その小柄な背中を見送った二人は改めてデータブックに視線を向け、改めて鶫のポテンシャルの高さに舌を巻く。たった一週間、されど一週間。それだけでここまで人間観察ができる彼女の才能は天才と言うに値する。

「なんで舞雛は選手辞めたんだろうな」
「マネージャーがやりたかったから……とかじゃなさそうだよな?」
「そうだとは思うけど……」

 何が理由なのか分からないよな。そう言いかけた菅原は不意に秘密の朝練をしていた時に鶫がサーブを打つ瞬間に転んだ時のことを思い出した。

 「少し無理をすると力が入らなくなってしまうんです。でも一過性なので――」

「……もしかして」
「スガ?」
「あ、いや、何でもない」

 秘密の朝練のことを察してはいるだろうがはっきりとは澤村に話していないので菅原は言い淀んだことを適当に誤魔化すが、澤村は不思議な顔をしたものの変な奴だなと言っただけで深く追求することはなかった。

 

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