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「ま、待て影山! 気持ちは分かるが抑えるんだ!」
「――……まだ、何も言ってませんけど」
「!?」

 第1セットを落とし日向のサーブは影山の後頭部に直撃。今まで溜めに溜めてきた影山の苛立ちが爆発してもおかしくないとヒヤヒヤしながら澤村がフォローを入れたが、影山は恐ろしいくらい落ち着いた声でひと言だけ返す。その様子をベンチで見ていた菅原が何時でも影山を抑えられるようにスタンバイする同時に、月島と田中が笑い声を上げた。

「ぶはーっ! オイ、後頭部大丈夫か!?」
「ナイス後頭部!」
「煽るのも駄目だっつーの!」
「止めろ、お前らっ!」

 菅原と澤村が止めに入ったものの月島を田中は大爆笑を続け、烏野側のコート内は一気に騒がしくなった。その状況をベンチで見ていた鶫はふっと眉を下げ、ひたひたと静かな足音と共に日向の元へ歩み寄る影山を目で追った。

「……お前さ」
「……ハイ」
「一体、何にビビってそんなに緊張してんの? 相手がデカいこと? 初めての練習試合だから……?」
「……」
「俺の後頭部にサーブをブチ込む以上に怖いことって――」

 なに?

 その言葉と共に影山が顔を上げるとその表情は静かだったが、その目には確かな威圧や苛立ちが浮かび日向を見据えていた。

「――……とくにおもいあたりません」
「じゃあもう緊張する理由はないよなあ! もうやっちまったもんなあ! 一番怖いこと!」
「……」
「それじゃあ――」
「!?」

 自分の後頭部をスパァンッという音を立てて何度も叩きながらそう言った影山にすっかり委縮した日向が息を飲んだ瞬間、後頭部を叩いていた影山の手は人差し指を立ててコートに向けられた。

「とっとと通常運転に戻れ、バカヤローッ!」
「……アレ?」

 腹から出したその一声で全てを吐き出した影山はすっかり何時もの調子に戻り、それを察した日向はきょとんとしてから恐る恐る影山の顔色を窺う。

「今の“ヘマ”はセーフ!?」
「は? 何の話だ」
「!?」
「ああ、なるほど……」

 もしかして日向くん、誰かに何かを言われて更に緊張しちゃっていたのかな。

 日向の様子を見て何となく状況を察した鶫が苦笑いを溢した時、田中が大声で日向の名前を呼びながら大股で彼に歩み寄っていく姿が見えた。それを近くで見ていた菅原が今度はこっちかと冷や汗をかくなかで日向は反射的に正座をして縮こまった。

「……お前」
「……ハイ」
「他の奴みたいに上手にやんなきゃとか思ってんのか、イッチョ前に」
「ちゃ、ちゃんとやらないと交代……させられるから。おれ、最後まで……試合、出たいから……」
「……オイ。ナメるなよ! お前が下手くそなことなんか、分かりきってることだろうが!」
「えっ……」
「分かってて入れてんだろ、大地さんは!」

 田中の言葉は一見相手を罵倒しているように見えるが、実を言えばそうではない。彼の性格や口調からそれを察した菅原はほっと胸を撫で下ろし、鶫もまたふっと表情を緩めて彼らの様子を見守ることにした。

「交代させられた時のことはなあ――」
「!」
「あー……交代させられた時に考えろ!」
「えっ……」
「良いから余計な心配すんじゃねえ! 頭の容量少ないくせに! 良いか、バレーボールっつうのはなあ!」
「?」
「ネットの“こっちっ側”に居る全員! もれなく味方なんだよ!」
「!」

 田中が大きく広げた腕の向こうには日向を見ている仲間たちが確かにそこにいた。視線を横に向ければベンチにはセッターの菅原とマネージャーの鶫と清水、顧問の武田の姿がある。その単純かつ当たり前のことに気付いた日向ははっと顔を上げ、今まで曇っていた顔色が明るくなった。

「下手くそ上等! 迷惑をかけろ、足を引っ張れ! それを補ってやる為の――チームであり、先輩だ!」
「!!」
「ホレ、田中先輩と呼べ!」
「田中先輩!」
「わはは! もう一回!」
「田中先輩!」

「先輩って呼ばれたいだけだな、アレ」
「うん……でも田中が居てくれて助かった。ああいうことは裏表なさそうな奴が言うから効果があるんだよな……」
「そうですね。日向君の顔色も何時も通りになって良かったです」

 日向の顔色が戻り迎えた第2セット。縁下のサーブで始まった試合は青葉城西が安定したレシーブでボールを拾い、国見のスパイクでボールを返してくる。そのスパイクの直線上にいた月島がレシーブでボールを上げたものの、まだレシーブが安定していないようでボールをやや上に打ち上げた。同時にライト側に澤村、レフト側に田中が駆け出しながら自分にボールを持って来いと声をかける。その二人の間を割くようにセンターから日向が助走の勢いを殺さないまま飛び出してきた。

 1セット目になかった速攻の可能性もあるが、普通であればレフトかライトからのオープンと考えるのが妥当。ただの囮かもしれないと金田一が眉根を寄せた時には、ネット際でジャンプをした日向の手に影山のトスが運ばれていた。

「何あれトス!?」
「そっから速攻!?」

 驚く観衆の中ボールは日向の元に運ばれたがそれは僅かに上に逸れ、烏野側のコートへとボールが落ちる。僅かに高かった影山のトスに気付いていた鶫は驚きも焦りも見せていなかったが、不思議そうにこちらを見ている金田一と国見の様子はしっかりとその目で捉えていた。

「日向!」
「!」
「悪い、今のトス少し高かった」
「!?」

 “あの”影山が自分のミスを素直に認めてチームメイトに謝罪をする。他のプレイヤーであれば当然のことをしている影山に、金田一と国見は驚きが隠せず目を丸くしている。確かに中学の時の影山を考えれば驚くのも無理はない。たった二週間、されど二週間。その変化は確かに影山をプレイヤーとしても人間としても大きく成長させていた。

「……本当に、日向くんは凄い」

 ずっと私が頭を悩ませていたことを、当たり前のようにしてしまうんだから。



 青葉城西側の花巻のサーブは縁下がボールを上げ、そのレシーブは綺麗にセッター位置へ返っていく。先程と同じようにライト側には澤村、レフト側には田中が走り出し、センターには日向が飛び込んでくる。綺麗なフォームで落下してくるボールを受けた影山は視界の端で日向の動きを捉え、鋭く繊細なトスを出した。

 ――今、“ココ”だろ!

 影山が上げたトスを打った日向のスパイクは一瞬にして相手コートに沈み、普通の速攻とは比べ物にならないスピードのそれに呆気に取られた青葉城西の面々は目を丸くしている。

「……え?」
「っしゃ!」
「出たよ……変人トスとスパイク」

 一瞬何が起きたのか分からなかった青葉城西側のプレイヤーと観客だったがその速攻に観客は一気に沸き立ち、澤村はコートにいる面々を集めてグータッチをする。そのグータッチに日向は感極まった様子で目を輝かせ、声を震わせた。

「! チ、チームっぽい……!」
「“ぽい”じゃなくて、チームだろうが」
「!」
「日向が動き出したところで――反撃、いきましょう」

 

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