11




「鶫何処に行ったんだ?」
「迷子かな?」
「お前と同じにすんなボゲェ」
「ヒドッ!」

 青葉城西の監督とコーチが武田との挨拶を終えた頃、影山は後片付けに行ったきり戻ってきていない鶫のことを心配していた。彼女に仕事を任せた清水が探しに行こうかと迷ったものの入れ違いになるのを避けるため少しだけ待ってみようということで話がまとまり、部員たちは青葉城西の男子バレー部に見送られて体育館を後にした。

「……武田先生はああ言ってくれたけど」
「?」
「いくら日向と影山のコンビが優秀でも、正直周りを固めるのが俺たちじゃあまだ弱い。……悔しいけどな」
「おおーさすが主将!」
「!」
「ちゃんと分かってるねー」

 澤村と菅原の会話に割り込んだのは校門で待ち構えていた及川で、彼の隣には体育館の時と同じように彼に連れられた鶫の姿があった。鶫と彼女の手を握っている及川に即座に気が付いた影山は不機嫌そうに眉を釣り上げ、ズカズカと大股で及川に向かって歩み寄っていく。

「鶫! 何やってんだ!」
「ごめんなさい! 後片付けが終わった時にちょうど声をかけられて……」
「お前な……!」
「なんだコラ、やんのかコラ」
「な、なんの用だ!」
「そんな邪険にしないでよー。お姫様を届けに来ただけじゃーん」

 及川に良い印象を持っていない田中が威嚇するために加わり、その後ろに日向が続く。しかし及川は鶫を離すつもりがないらしく、見せつけるように繋いだ手をゆらゆらと揺らしている。

「小っちゃい君。最後のワンタッチとブロード凄かったね!」
「えっ!? あっ、えへへ……」
「今日は最後の数点しか戦えなかったけど……」

 次は最初から全開で戦ろうね。

「!」
「あ、そうそう。サーブも磨いておくからね」

 及川はそう言いながら日向と月島に向かって視線を送り、鶫の手を引いたまま影山の元へ歩み寄る。何か揉めたりしないだろうかと鶫がヒヤヒヤしながら及川を見上げれば、彼はその視線に直ぐに気が付いて微笑み返すと再び烏野の面々に視線を戻す。

「君らの攻撃は確かに凄かったけど、すべての始まりのレシーブがグズグズじゃあ、すぐ限界が来るんじゃない?」
「……」
「強烈なサーブ打ってくる奴はなにも俺だけじゃないしね。インハイ予選はもうすぐだ。ちゃんと生き残ってよ?」

 ゆっくりとした足取りは影山の目前で止まり、右手の人差し指を真っ直ぐに影山へ向けた。

「俺はこのクソ可愛い後輩を、公式戦で同じセッターとして正々堂々叩き潰したいんだからさ」
「……」
「――レ、レシーブなら特訓する!」
「おい放せ!」

 及川の宣戦布告に言い返さない影山を見ていた日向は月島の腕を掴みながらそう声を張り上げたが、及川は呆れたと言いたげな表情で日向の方へ視線を向け静かに息を吐く。

「レシーブは一朝一夕で上達するモンじゃないよ。主将くんは分かってると思うけどね」
「……」
「――大会まで時間はない。どうするのか楽しみにしてるね」

 真正面からぶつけられた二度目の宣戦布告。レシーブについて言い返す言葉がなかったのかそれとも他の手立てがあるのか澤村は何も言わず、及川はそんな彼をじっと見てから鶫の手を開放するとその小さな頭にポンと手を乗せた。

「それにせっかくの鶫ちゃんの才能も上手く使ってあげられてないし。ホントどうしようもないよね」
「うぐ……!」

 その言葉に悔しげな声を漏らしたのは影山で、彼自身何かしら思うところがあるのか渋い顔をしている。他の面々はこれ以上に鶫が活躍できる場所があるのかと目を丸くしていたが、複雑そうな顔をしている鶫と影山の反応を見る限りあながち嘘ではないらしい。

「そ、それはこれからどうにでもなります!」
「ホントにそうかなー」
「そうです!」
「ま、飛雄がどうしようと最終的に鶫ちゃんが満足いくかは話が別だけどね」
「うぐ……」
「さてと、ホントは帰したくないけどお姫様の要望だし帰してあげなきゃね」
「及川先輩」
「ん?」

 今までの会話を当然聞いていた鶫は静かに及川の名前を呼ぶと彼の方に向き直り、鞄に入れていた一冊のノートを彼の胸元に押し付ける。そのノートが何なのか及川には直ぐ分かったが、彼女らしくない少々荒っぽい渡し方で彼女の不機嫌を察して苦笑いを浮かべる。

「これ、うちの監督が見たがってたものでしょ?」
「そうです」
「そんなに怒らなくても良いじゃん。君の才能を上手く使えてないのはホントのことだよ」
「例えそうだとしても」

 私は皆さんを信じています。

「何時も誰かが誰かのために、思いとボールを繋いでいく。それが途切れない限り私は手を尽くします」
「……へえ。烏野って鶫ちゃんにそこまで言わせる価値があるんだ」

 それなら尚更叩き潰してあげないとね。

 静かにそう呟いた及川は鶫の頭に置いていた手で彼女の頭をくしゃくしゃと撫でるとノートを受け取って体育館の方へ歩き出し、じゃあねと言い残して後ろ手に手を振ってその場から立ち去っていく。烏野の面々はその様子をしばらく呆然として見ていたが、鶫がふうと大きく息を吐いて脱力したのを見て我に返り、影山が慌てて彼女の元へ駆け寄った。

「鶫!」
「……及川先輩に啖呵切っちゃった」
「ぶっ、お前やるじゃねえか」
「だって言われっぱなしじゃ悔しいし!」
「分かった分かった」

 まさかそんなことをするなんて思ってもいなかったと言うように影山は鶫の頭をぐしゃぐしゃと撫でまわし、彼女の足元に置かれていた鞄を攫う。ようやく和らいだ空気に日向と田中も笑みを浮かべた時、澤村がふっと笑みを浮かべて口を開いた。

「……確かにインターハイ予選まで時間はない」

 けど、そろそろ戻ってくる頃なんだ。

「あっ」
「何がですか?」
「――烏野の守護神」
「しゅ、守護神……?」

 澤村の口から語られた別の部員の存在とその異名に日向が目を輝かせた脇では、傍にいた菅原に他にも部員がいたのかと影山が声をかけていた。菅原は別の部員の存在を肯定したもののその顔色はやや曇っていて、鶫はそんな彼の様子に目を留め少しだけ首を傾げた。

  

PREV   TOP   ×××