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「鶫ちゃん」
「及川先輩」
双方の講評を終え部員たちが後片付けを始めると、鶫もまたマネージャーとしての仕事に取りかかっていた。部活と自分の荷物をまとめて一度水道に立ち寄り用事を済ませた時、及川に声をかけられて足を止めた。
「お疲れ様。いやー、負けた負けた。流石鶫ちゃんだね」
「……」
「どうしたの?」
「お話したいことって、それですか?」
「……そういうトコは鋭いね」
やっぱり分かっちゃうかと及川は肩を竦めると鶫との距離を詰め、真っ直ぐにこちらを見上げてくる丸い目を覗き込んだ。
「本当に鶫ちゃんは烏野で良いの?」
「どういうことですか?」
「マネージャーとか元中の後輩とか抜きで鶫ちゃんのこと気に入ってるんだ」
だからこそ、君の夢をそこに預けて良いのかなって思ってる。
「飛雄と烏野に託して叶えられる?」
「及川先輩」
「俺なら鶫ちゃんを全国に連れて行ってあげられる。岩ちゃんもいるし、実力もあって信頼してる部員がいる」
及川はそう言いながら鶫の頬に片手を滑らせ、少しだけ驚いて丸くなった瞳を静かに見つめた。
彼はこの華奢な少女が何を持っているか知っている。彼女の持つ才能は“コート上の王様”という異名を持つ影山をあっさり超えてしまうものであること、その目と耳は些細な変化も逃さないこと――。
そしてその才能に成長の限界がないことを。
「鶫ちゃんなら今日の練習試合を見て分かったはずだよ。俺たちと烏野にどれだけの実力差があるのか」
「……」
「ねえ、こっちにおいでよ。転入とか色々面倒だと思うけど……俺もできることは助けてあげる」
君が怖いと思っていることから、守ってあげる。
「俺に、青葉城西のバレーボール部に――鶫ちゃんの力を貸して」
「及川先輩」
「君を全国大会に連れて行ってあげる。いや、一緒に全国に行こう」
「……」
真剣な顔をした及川先輩は何度も見たことがある。それは体育館でバレーに集中している時、部室で難しい問題を解いている時。そして大切な話をしてくれている時。
確かに青葉城西と烏野の実力差は歴然で、それは多分烏野の皆も分かっていること。個人のポテンシャルは高いけど、それを生かすだけのパーツがまだまだ足りない。そのパーツが何時までに揃うのかも分からない。
「鶫ちゃん、俺たちと一緒に戦って」
全国大会に行きたい、大きな体育館に行きたい。
でもその夢を叶えるために“大切なもの”を捨ててしまって良いの?
「及川先輩」
「うん」
「私、そのお誘いは受けられません」
及川を見上げて答えを口にした鶫の目に迷いはなく、及川もそれに直ぐに気付いてほんの少しだけ目を細めた。
「理由を聞いても良い?」
「……私、確かに大きな体育館に行ってみたいです」
私の足ではその場所に行けないこともちゃんと分かっています。
「でもその夢を叶えるために、私を此処まで連れて来てくれた人に背中を向けたくない」
「!」
その時及川は、この場にいない黒髪の仏頂面が彼女の目に映っているように見えた。
「とても嬉しいお誘いですけど、ごめんなさい」
「……そっか。そこまで言われたら仕方ないね」
残念そうに肩を竦めてあっさり引いてくれた及川が気を悪くしていないのを見て鶫がほっと胸を撫で下ろしたのもつかの間、彼はぐっと背を屈めて彼女の顔を覗き込むとチョコレート色の目を色っぽく細めて微笑んだ。
「――でも、個人的には諦めるつもりなんてないから」
「え」
「覚悟しておくように!」
一転して何時も通りの笑みを浮かべた及川は鶫の足元に置かれていた鞄を攫うとそのまま鶫の手を引き、校門まで見送ってあげると声を弾ませる。先を歩く彼の雰囲気の落差に鶫は目を丸くして不思議がっていたが、気を悪くしていないなら良いのかもしれないと首を傾げるだけに留まった。