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「おれより、小さい……!?」
「てめえ今なんつったコラァ!!」
「あっ、ごめんなさ……」
「まあまあ」

 思わず日向が口にした言葉は西谷の地雷だったらしく彼は眉を釣り上げて声を荒げ、日向は思わず肩を竦める。そんな二人の間に田中が割って入り西谷を宥めていると、どうしても何か聞きたいことがあるらしい日向が恐る恐る西谷に声をかけた。

「あのっ」
「あ!?」
「身長……何センチですか……?」
「159センチだ!」
「!!」

 烏野の部員で初の150センチ台。鶫は目測で何となく西谷の身長を察してはいたものの、やはり本人から聞くと改めて実感がわく。

「うおおおおっ……」
「な、なんだよ」
「高校の部活入って、初めて人を見下ろしましたっ」
「大して見下ろしてもねえだろ! 泣いて喜ぶな!」

 感涙している日向に西谷がそうツッコミを入れると仕方ねえなとばかりに息を吐き、改めて日向と影山に視線を向ける。傍にいた鶫にも当然視線を向けていたが、何故か直ぐに目線を外されてしまった。

「お前ら一年か!」
「オス!」
「さっきのサーブの奴! そのデカくて目つきの悪い方!」
「?」
「お前ドコ中だ!」
「……北川第一です」
「マジか! 強豪じゃねーか! どうりであのサーブか! 俺中学ん時当たって2‐1で負けたぞ!」
「え、そうなの!?」
「おう! そん時もサーブ凄え奴いてよォ!」

 大声で一気に話をする西谷に日向と影山は圧倒されていたがこれが通常通りのようで、話を聞いていた田中は北川第一に負けたのかと驚いている。その話を脇で聞いていた鶫は西谷が話していた“サーブが凄い奴”というのが誰なのか思い当たるところがあったようで、なるほどと一人で頷いていた。

「あ、あー……西、に」
「“西谷”」
「ニシノヤさんはどこの中学……」
「千鳥山!」
「! 強豪じゃないですか! なんで烏野に!? やっぱり烏養監督の復帰を聞いて!?」
「いや」
「?」
「俺が烏野に来たのは――」

 女子の制服が好みだったからだ。

「凄く!」
「……」

 西谷が烏野に来た志望動機に日向と影山はそんなことで来たのかと呆然としていて、鶫も思わず苦笑いを溢す。そんな三人の反応に全く気が付いていない西谷だがその志望動機に嘘はないらしく、いたく真面目かつ嬉々とした様子で話を続けた。

「もちろん女子自体も期待を裏切らなかった! それになんつっても!」
「?」
「男子が学ランだからだ! 黒のな!」

 手に持っていた上着を羽織りながら中学がブレザーで黒の学ランに憧れていたことを西谷が語り田中がそれに同意したところで彼は清水が部活にきたことに気が付き、彼女の方へ駆け寄って行く。空しくも西谷は驚いた清水に平手をお見舞いされていたが、それすらも嬉しいらしく表情を緩ませている。

 嵐のように騒がしい西谷だが、そのプレーは驚くほど静か。先程のサーブレシーブを目の当たりにしている鶫が彼の様子を窺っていた時、彼の口からとある人物の名前が飛び出した。

「――で、旭さんは? 戻ってますか?」
「……いや」
「!」

 西谷の問いかけに澤村と菅原の表情が一瞬で陰る。そして澤村が静かに否定の言葉を紡げば、西谷を取り巻いていた空気が逆立ち肌を刺すピリピリとしたものへと変貌した。

「――あの根性なし!」
「こらノヤ! エースをそんな風に言うんじゃねえ!」
「うるせえ! 根性なしは根性なしだ!」
「待てってば、ノヤっさあん!」
「前にも言った通り、旭さんが戻んないなら俺も戻んねえ!」

 田中の静止を無視した西谷はその勢いのまま体育館を出て行き、部員たちはそれを止められないまま体育館のドアは乱暴に閉じられた。不思議そうにしている影山が何があったのかと田中に聞いているのを見ていた鶫は先程西谷が出て行ったドアから日向が出て行くことに気が付き、どうしたのかとその後を追うより早く外から日向の声が聞こえてきた。

「レシーブ教えて下さい!」
「!?」
「ニシヤさん、リベロですよね!? 守備専門の!」
「ニシノヤだ。何で俺がリベロだと思う? 小っちぇえからか?」
「えっ? いや、レシーブが上手いから……」

 だってリベロは、小さいからやるポジションじゃなくてレシーブが上手いからやれるポジションでしょ?

「!」
「あっ、ですよねっ?」

 何時もの調子で喋ったことで敬語を忘れたことに気が付いた日向が慌てて敬語を付け足したが、西谷の興味関心はそこにはなかった。

「お前……よくわかってんじゃねーか」
「? あとキャプテンが“守護神”って言ってたし!」
「!!」

 日向の口から飛び出した異名に西谷は顔色を変え、先程まで苛立っていたとは思えないほど満更でもなさそうな様子でソワソワし始める。そんな西谷の様子を他の面々と一緒にドアの影から見ていた鶫は苦笑いをしたものの、裏表のなさそうな日向だからこそその言葉に意味があるのだと少しだけ表情を緩めた。

「! 守っ……な、そん、何だそれ。そんな大げさな呼び方されたって俺は別にっ」
「?」
「ホントに言ってた?」
「言ってました!」
「チクショウ大地さんめえええええ!」
「おれ、まだレシーブへたくそで……」
「?」

 ――いくら攻撃力が高くても、その攻撃まで繋げなきゃ意味ないんだよ?

「バレーボールで一番大事なとこなのに……だから、レシーブ教えてください! 西――」

 あいつが戻ってきたら先輩って呼んでやれよ、日向。

「西谷先輩!」
「!!」

 澤村に言われたことを思い出した日向は西谷をさん付けではなく先輩と呼び方を変える。すると西谷はその先輩というフレーズに衝撃と感動を受けたらしく一瞬動きを止め、ゆらりと体を揺らしたかと思えば満更でもなさそうな表情を浮かべ自分の胸を叩いた。

「……お前」
「!?」
「練習の後でガリガリ君奢ってやる……」
「えっ!?」
「なんつっても“先輩”だからな!」
「!」
「でも部活に戻るわけじゃないからな! お前に教えてやるだけだからな!」
「アザース!」

 上手く西谷にレシーブの教えを乞うことができたが、お願いしていた日向に裏表がなかったからできたこと。その様子を体育館の影で見てみた部員たちは一先ずほっと胸を撫で下ろし、鶫もまた表情を和らげた。

 日向と西谷にバレないようにこっそり体育館へ戻れば、そうだと何かを思いついたらしい澤村が顔を上げ、近くにいた鶫を呼び寄せていくつか話をする。他の部員たちがいる喧騒の中だったので少し離れていた影山には聞こえていなかったようだが、澤村から提案されたことに鶫は目を丸くした。

「え、私がですか?」
「そう。せっかく西谷も一時的とはいえ戻ってきたし、舞雛が良ければだけど」
「いえ、私で良ければ。それなら潔子先輩にお話しして準備してきます」
「分かった」

 澤村に頭を下げて清水の方へひと言ふた言鶫が話せば清水は快く頷いて、鶫はまた頭を下げて体育館の外へ出て行く。そんな彼女の様子を遠目で見ていた影山が澤村に何があるんですかと訊ねれば、彼は楽しそうに口角を上げた。

「レシーブ強化の特別メニュー」
「……もしかして」
「その“もしかして”だ」

 影山がある可能性に行きついた時ちょうど日向と西谷が外から戻ってきて、西谷が一年たちにレシーブを教える旨を澤村に話した。外でこっそり見ていたので当然知っているもののそのことは口にすることはなく、西谷の話に澤村はひとつ頷いて頼んだと微笑んだ。

 少しすると体育館の外から鶫が戻ってきて、先程までのジャージ姿から一転しTシャツにハーフパンツ姿になっていた。左足にはサポーターをつけ手慣れた様子でシューズを履くと軽くアップを取り始め、その様子に気が付いた部員たちは何が始まるのかと遠巻きに彼女を見ていた。

「大地、舞雛に何頼んだの?」
「レシーブ用のサーブ出し。今後レシーブ練メインでやりたい奴を考えると、サーブ練だけのメンツだとちょっと人数会わないからさ」
「なるほど」
「あとは個人的にちょっと近くで舞雛のサーブ見てみたかったんだ」

 今の彼女がどれだけのものを持っているか気になっているのは俺だけじゃないはずだし。そう言った澤村に菅原はそうだなと頷くが、その脳裏には早朝練習前に見た彼女の姿が鮮明に甦っていた。



「鶫ちゃんのサーブ!?」
「まあまあ日向落ち着け。まあ今話した通り、今後レシーブ練を多めに入れたい奴も出てくるだろうから、舞雛にサーブ出しを頼んだ。マネの仕事と技術指導のこともあってあまり長時間はやれないって話だから、練習したい奴はちゃんと言うように」
「オエース!」

 何時ものサーブ練習とレシーブ練習の前に澤村の説明が入り、鶫は少々緊張した面持ちで宜しくお願いしますと頭を下げる。部員たちはそんな彼女に宜しくなとそれぞれ声をかけ、そしてその何人かはさり気なく彼女のハーフパンツから覗く細い脚を見ていた。

「新入生のマネはそんなことも出来んのか。潔子さんとは違う魅力があるじゃねえか!」
「ノヤっさんならそう言うと思ってた!」
「ねえねえ鶫ちゃん! おれにレシーブ! レシーブさせて!」
「うん、良いよ。どれくらいの強さが良い?」
「全力!」
「……本当に?」
「おうっ!」
「分かった。じゃあそうするね」

 目を輝かせて駆け寄ってきた日向に鶫は快く頷き、まずは日向くんと練習ねと言ってサーブ側のコートへ歩いていく。彼女のサーブを受けられることに日向はワクワクして体を揺らしていたが、そのやり取りを見ていた影山は静かに目を細め、レシーブ位置に行こうとしていた日向に歩み寄った。

「おい」
「なんだよ影山」
「舐めてると痛い目見るぞ」
「へ?」

 言うだけ言った影山はそのままサーブ側のコートへ入り、日向は彼に言われたことに首を傾げながらレシーブ位置についた。コート内では既にサーブ練とレシーブ練が始まっていて、ボールがネットの間を飛び交っている。日向がネット越しに何時でも良いよと声を飛ばせば鶫はひとつ頷いて、ボール籠からボールを手に取った。

「……」

 この感触はずっと傍にあったのに、コート内にいるとちょっとだけ違うような気がする。ちょっとだけ重くて懐かしくて、普段より手に馴染む感じ。何時も触っているボールと何も変わらないのに、ちょっと不思議。

 穏やかに微笑んでいた鶫が静かに息を吐くと肌を撫でるひんやりとした空気が彼女の周囲を取り巻く。相手の肌を撫で首に手をかけられるような感覚に部員たちは背筋をゾクリと泡立て、それを知っていた影山でさえもぐっと息を飲む。

「――行きます」

 静かな声と共にボールを上げ踏み出した助走。キュキュキュッと鳴るシューズのスキール音が体育館に響き鶫が床を蹴り宙に跳ぶと、その体は重力さえ味方につけたように高く跳び上がる。その滑らかさと無駄のない動きに日向が目を奪われた瞬間、男子よりもずっと細い腕がボールを捉えた。

「!」

 ボールを捉えた腕は空気とボールを叩く重い音と共にサーブを打ち込み、的確に日向の正面を捉える。日向ははっと我に返り腕を構えたものの威力があるサーブを受けきれずボールは二階のテラスの方へ飛び、日向は勢いに負けて床に転がった。

「はうあっ!?」
「ご、ごめんね日向くん!」
「だ、大丈夫大丈夫!」
「もうちょっと加減するね……」

 申し訳なさそうに両手を合わせて謝る鶫に日向が気にしなくて良いからと両腕を振る一連の流れを見ていた部員たちは彼女のサーブの威力と高いコントロールに舌を巻き、コート外でそれを見ていた澤村は思わず口元を引き攣らせて冷や汗をかいた。

「いやあ……想像以上だな」

 高いコントロールを維持しながらも威力が落ちることがない完璧なサーブ。もし彼女が女子バレー界に今も選手として活動していたのなら、そのサーブを上げられるレシーバーが何人いるだろうか。

「青城の主将と張り合えそうだなー」
「まあ流石に威力は劣るけど」
「それは仕方ない。あんなに良い腕してるのに、どうして選手を辞めたのか不思議でしょうがない」
「……そうだね」

 それから何本かに日向を相手に練習をして月島と山口ともレシーブ練の相手と技術指導をすると、ストレッチでクールダウンをしてからジャージに着替え直しマネージャーの仕事へ戻る。鶫がコートにいた時以外は何時も通りの練習風景のはずだったが、何となくその空気が違っているように思えた。

 何時もの練習を終え居残り練習が始まると西谷によろレシーブ講習が始まった。メンバーはレシーブを苦手とする日向と月島と山口で、鶫は西谷の周りに集まる彼らの様子を遠巻きに観察しながらできる範囲の後片付けをしている。

「サッと行ってスッとやって、ポンだよ」
「?」
「な?」
「?」

 西谷の説明は擬音と動きのみで、的確な指示やコツなどの話は一切出てこない。そのことを知っていた田中は微妙な面持ちでその様子を眺め、偶々近くにいた影山はドリンクを片手にその講習を聞いていた。

「ダメだ……“本能で動く系”の奴は何言ってんのかサッパリ分からん」
「そうですか? 俺なんとなく分かりましたけど」
「ちなみにお前が何か説明する時も、周りは何言ってるか分かってねえからな!」
「え」
「バッとかグワッとかよ!」

 もうちょっと分かりやすい説明の仕方を覚えろとばかりに言う田中にそう言われるとは思っていなかったらしい影山は驚いた顔をして、傍を通り過ぎた鶫を目で追う。小学校からの付き合いをしている鶫とは何度も同じコートにいて練習も共にしたことがあるが、何時も言いたいことを理解してくれていたはずと不思議そうに彼は首を傾げる。

「鶫は説明しても分かってくれますけど……」
「そりゃお前、鶫ちゃんの察しが良いからだろ」
「?」
「それに付き合い長いんだからそういうトコで察せるトコもあるだろ」
「そういうモンですかね?」

 付き合いの長さは確かにあるが鶫は最初から話が通じる奴だったと影山が首を傾げる中、後片付けを終えた鶫はデータをまとめ直していた。いくつものファイルには部員たちそれぞれの名前が入っていて、紙を入れ替えたり書き込みを加えたりと忙しなく手が動いている。そのファイルに西谷の名前を付け加えた新しいそれが加わった時、ふいに日向があることを思い出して西谷へ顔を向けた。

「あの、西谷さん」
「?」
「“旭さん”って誰ですか?」

 

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