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 鶫が東峰と初めて顔を合わせた翌日の放課後。何時も通り早めに練習を始める日向と影山に合わせて、鶫も体育館に早めに来ていた。体育館外の雑用を済ませて第二体育館に向かう途中、音駒戦への意気込みを叫んでいる日向の声が聞こえてきたので思わず眉を下げた。

「ふふ、気合い十分ね」

 楽しみだと声を弾ませる日向の様子が思い浮かんだ鶫が第二体育館へ続く渡り廊下の角を曲がろうとした時澤村と東峰の姿を見つけ、反射的に廊下の壁に背中をつけるようにして隠れた。しかし隠れたはいいものの果たして隠れる必要があったのかと疑問に思ったが、彼らの雰囲気を察するに出て行くには少々場違いな気がしてそのまま彼らの様子を窺うことにした。

「ゴールデンウィーク最終日に練習試合なんだ」
「ゲッ!」
「”ゲッ”って何だ! おい逃げるな!」
「だってお前怒ると怖いんだもん!」
「今別に怒ってないだろ!」
「……」

 渡り廊下の壁を跨いで逃げようとした東峰を澤村が引き止めると、逃げられないと察したのかそれとも観念したのか東峰は逃げるのを止めて渡り廊下の壁を跨ごうとしていた足をゆっくりと下ろした。

「聞いたろ? あの音駒が来るんだ。まあ俺たちからすれば、音駒のことって昔話みたいな感じで聞いてたし。今の代の烏野と音駒に何か因縁があるわけじゃない」
「……」
「でも、よく話に聞いてたあのネコと俺たちが数年ぶりの再戦ってなるとちょっとテンション上がるよな」
「……けど俺は、スガにも西谷にも合わせる顔がない」

 菅原と西谷に何らかの引け目があるらしい東峰はすんなりと部活に戻ってくれそうな様子ではない。そしてそれを澤村は分かっていたようで仕方ないと言うように息を吐くと東峰の肩にポンと手を置き、爽やかな笑顔を浮かべた。

「全くお前は……デカい図体して相変わらずへなちょこだな! 西谷と対極にも程がある!」
「も少しオブラートに包めよ……」
「安心しろ! スガは勿論西谷も問題ない! お前と違って懐が深いからな!」
「お前って“基本優しい”っていうキャラじゃなかったっけ……?」
「お前は対象外だ! へなちょこだからな!」
「……」
「……ひと月もサボったこととか何か色々気まずいとか来辛いとか、そういうの関係ないからな」

 まだバレーが好きかもしれないなら、戻ってくる理由は十分だ。

「!」
「あ、それとな」
「?」
「“エース”に夢抱いてる奴もいるんだからな」

 澤村はそう言うと東峰の左肩に拳をひとつお見舞いし、そのまま大股で第二体育館の方へ歩いていく。そんな澤村の背中を見つめていた東峰は何か思うところがあったのかそのまま校舎の方に歩いてきたので鶫は壁にある柱の影に身を隠して息を潜めてその場を乗り切り、この場から離れた東峰を視線で追ってからふうと胸を撫で下ろした。

「……それにしても」

 澤村先輩はやっぱり凄い。チームだけじゃなく個々も支えようとしている。大変なことも多いはずなのにそれを顔に出したりしないし愚痴を溢すこともない。……私もそんな風に誰かを支えられるようになりたいな。



「お疲れさまー!」

 何時も通り練習をしていた時、体育館のドアが開く音がして鶫はそちらへ顔を向けた。そこには武田の姿があったが何時ものジャージ姿ではなくきっちりとスーツを着ていて、澤村は武田の声を聞いて何時も通り部員たちに集合をかけたが彼の隣に立つ一人の男性を見て目を丸くする。

「紹介します! 今日からコーチをお願いする烏養くんです!」
「コ、コーチ!? 本当ですか!?」
「音駒との試合までだからな」
「は、はあ……」
「えっ、でも坂ノ下の兄ちゃんだよな? 本当にコーチ?」

 田中の言った通り、武田の隣にいたのは烏野の近くにある坂ノ下商店で何時も店番をしている男性。鶫が不思議そうに烏養と呼ばれた彼を見ていると偶然にも目が合い、何時かと同じように少しだけ驚かれたような顔を向けられた。

「彼は君たちの先輩で、あの烏養監督のお孫さんです!」
「!?」
「“坂ノ下”じゃないんですか!?」
「母方の実家の店なんだよ」

 まさかあの烏養監督の孫。誰も予想していなかった事実に部員たちは驚かされたが、武田も彼も嘘をつく必要はない。驚き半分戸惑い半分の部員たちの視線を受けた彼は適当に周囲を見回し、時間がねえんだからさっさとやるぞと声を張った。

「お前らがどんな感じか見てえから、六時半から試合な! 相手はもう呼んである!」
「えっ、相手!?」
「烏野町内会チームだ」
「!!」
「オラ、さっさと練習始めろ! それから今まで技術指導してた奴は誰だ?」

 烏養に急かされた部員たちが練習に戻る中、澤村が傍にいた鶫を呼び寄せて一緒に彼の元に駆け寄ると頭を下げる。澤村のことは何となく主将であろうと予想がついていたのか驚かなかったが、その隣に鶫がいることに烏養は少しだけ眉を寄せて首を傾げた。

「……お前も技術指導してたのか?」
「は、はい! 少しだけ、ですけど」
「……なるほどな。名前は」
「一年の舞雛鶫です」

 やっぱりそうか。

「……?」
「何でもねえ。今までの練習、ざっくりとで良いから教えろ」

 誰に言うでもなく小さく呟いた烏養の言葉に鶫は首を傾げたが、彼に急かされたので直ぐに練習メニューを書いたノートを取り出して澤村と共に軽く説明を始める。烏養はその話に耳を傾けながら、自分の傍で一生懸命に説明をしている鶫の横顔をチラリと見て僅かに目を細めた。

 何時も通りの練習をしていれば時間はあっという間に指定された六時半を迎え、徐々に烏野町内会チームの面々が顔を見せ始めた。烏野町内会のメンバーが集まったところで烏養がそろそろ始めるぞと声をかけ、日向と影山は真っ先にコートへと向かう。その輪から少しだけ外れたところに西谷がいることに気付いた烏養は、不思議そうな顔で彼に声をかけた。

「なんだお前どうした?」
「!」
「あっ、すみません。そいつはちょっと……」
「なんだ? ワケありか? 怪我か?」
「いや、そうじゃないんですけど……」
「なんだよ?」

 西谷の事情を知るはずもない烏養は澤村と西谷の間にある微妙な空気を感じ取りつつも不思議そうな顔をして、よく分かんねえけどと少しだけ眉を寄せて澤村の方へ顔を向けた。

「じゃあ町内会チームには入れるか? こっちのリベロは仕事で来らんないんだよ」
「あ、それなら……」
「あと二人か……。どーすっかな。ベンチ組からか――」
「あっ!」
「?」
「アサヒさんだ!」

 何時の間にか窓枠に張り付いていた日向が嬉しそうにそう叫べば部員たちの注目がそちらに向き、鶫もまた窓から外を覗き込んでみれば其処には確かに烏野男子バレー部のジャージに身を包んだ東峰の姿があった。西谷と同じく彼の事情を知らない烏養は足早に体育館のドアを開けると、外にいた東峰に向かって声を飛ばした。

「なんだ遅刻かナメてんのか! ポジションどこだ!」
「あっ、えっ、ウイングスパイカー……」
「人足んねえんださっさとアップ取ってこっち入れ! すぐ!」
「……」

 烏養に急かされた東峰は少々緊張した面持ちでシューズを手に第二体育館へ足を踏み入れ、そんな彼の姿を西谷は何も言わずに静かに見つめていた。少しだけ強張った空気が東峰と西谷の間に流れるなか、烏養は体育館にいるメンバーを見ながら少し悩んだように眉を寄せる。

「あとはセッターか……。俺やりてえけど外から見てなきゃだしな……お前らの方からセッター一人貸してくれ」
「!」

 烏野のセッターは影山と菅原の二人。どうするべきかと影山が少しだけ視線を彷徨わせた時、菅原が前に一歩踏み出して相手コート側へと進む。その彼の行動に驚いたのは鶫だけではなく周囲の部員たちも目を丸くしていて、ただ一人影山だけが静かに彼の背中を見つめていた。

「……俺に譲るとかじゃないですよね」
「……」
「菅原さんが退いて俺が繰り上げ……みたいなのゴメンですよ」
「……俺は影山が入って来て、正セッター争いしてやるって思う反面、どっかで……ほっとしてた気がする」

 セッターはチームの攻撃の軸だ。一番頑丈でなくちゃいけない。

「でも俺は、トスを上げることにビビってた……」
「……」
「俺のトスでまたスパイカーが何度もブロックに捕まるのが怖くて、圧倒的な実力の影山に隠れて……安心してたんだ……!」

 悔しげに声を震わせながらそう言った菅原の言葉は重く、彼がどれだけの責任感を今まで背負っていたのかがよく分かった。しかし彼はその責任感を捨てることもなく目を逸らすこともせず、静かに息を吸い込むと同時に真っ直ぐに顔を上げた。

「スパイクがブロックに捕まる瞬間考えると、今も怖い」

 けど。

「――もう一回俺にトス上げさせてくれ、旭」
「……」
「だから俺はこっちに入るよ、影山」
「!」
「負けないからな」
「俺もっス」
「西谷、ナイスレシーブ頼むよ!」
「当然っス」

 何時も通りの表情になった菅原が笑みを浮かべれば影山はひとつ頷いてその挑戦を受け、菅原はそのまま町内会チーム側のコートへ入っていく。西谷は東峰の方を見ないままコートへ駆けて行ったが、それを見ていたのは鶫だけだった。

「アサヒさん、来たな! な!」
「ああ。“取り敢えず”な」

 烏野高校側のスターティングメンバ―は澤村を筆頭にした日向と影山の変人速攻コンビとレフトの田中、ブロッカーの月島とライト側の縁下。烏野町内会側にはセッターの菅原とリベロの西谷、レフトの東峰を加えたメンバーとなっている。

「――この試合で何がどう転ぶのか、ちょっと未知数かも」

 鶫はメモ用のノートを抱き締め、彼らの様子を俯瞰するように見つめた。

  

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