14




「……東峰?」

 その名前に覚えがあった鶫は正面の男子生徒の姿を見つめた。こちらから顔を見ることはできないがその体格はしっかりしていて、月島より劣るが身長は高い。進路指導室にいるであろう教師に頭を下げた瞬間にその男子生徒の横顔を見ることができたが、少しだけ気弱そうな色のある目に一見すると厳つそうな顔つきをしている。

「……善は急げ」

 偶然とはいえ日向と影山が会いに行った烏野のエースと思われる人物が目の前にいる。恐らく澤村と菅原も彼に戻ってくるように話はしていると思われるが、彼が戻ってくる様子はない。日向と影山が会いに行ったエースが今なにを思いなにを考えているのか直接見たかった鶫は一度呼吸を整えると少し先を歩く彼の背中を小走りで追いかけ、目の前に回り込んだ。

「!」
「……あの! 東峰旭先輩ですか?」
「え? あ、うん。俺だけど……」

 厳つそうな横顔の相手を見上げながら相手に声をかけてみれば彼は予想に反して優しい声色をしていて、鶫は少々拍子抜けしてしまった。しかし今はそれを考えている場合ではないと気持ちを切り替え、改めて目の前の東峰を見上げて背筋を正す。

「お忙しいところをお引止めして申し訳ありません。私、男子バレー部のマネージャーで一年の舞雛鶫と申します」
「! ……スガが言ってた優秀なマネージャーって君のことだったのか」
「え?」
「君のこと、知ってるよ。中学の君の試合、見たことあるんだ」
「……そうですか」
「ああ、それで俺に何か用?」

 中学の話を出された鶫は少しだけ表情を落としたものの東峰にそう訊ねられたことではっと我に返り、静かに息を整えてから自分よりもひと回りも大きい相手を真っ直ぐに見上げた。

「東峰先輩が何を思ってバレーから離れているのか、私には分かりません。でもバレーが嫌いになったわけでないのなら、帰ってきてほしいと思います」
「……いや、俺は――」
「苦しくて悔しいと思った時、自分がその場所に戻れないことが一番辛い」
「?」
「私は皆にそうなってほしくありません」

 だからほんの少しでも戻りたいと思う気持ちがあるなら、戻ってきてほしい。バレーのことが嫌いになったわけじゃないなら、もう一度コートに立ってほしい。

「それってどういう……」
「いえ、何でもありません。あの空に届く足と気持ちがあるなら、少しだけ部活を見に来てくださると嬉しいです。きっと前とは違う景色がそこにあるはずです」

 お引止めしてすみませんでしたと頭を下げて第二体育館の方へ向かっていく鶫の小柄な背中を東峰はぼんやり見送り、彼女が口にしていた言葉を頭の中で反芻させた。



「お疲れした」
「シターッ!」

 部活後の挨拶を終えて自主練が始まると、日向はドリンクのボトルを手にしながらぼんやりと体育館の天井を見つめた。その視線の先にはこの場にはいない東峰の姿と彼の申し訳なさそうな笑顔がぼんやりと揺れていた。

「……“アサヒさん”が戻ってくれば菅原さんも西谷さんも何か色々上手くいくのかな」
「知らね」
「アサヒさんは人一倍責任を感じる人だからって言ってたけど、菅原さんもそんな感じだ」
「どっちも自分に責任感じてんだろ。けど――」

 一人で勝てるわけないのにな。

「!?」
「何だよ」
「お前がソレ言うー!?」
「はあ?」

 日向と影山の他愛ない話を偶々耳にした鶫が彼らの傍で足を止めれば、日向はお前の名言覚えてるぞと口元を引き攣らせながら自分の髪を両手で押さえつけ影山の真似を始める。

「“試合で、今のコイツと協力するくらいなら、レシーブもトスもスパイクも、全部俺一人か鶫とやれれば良いのにって思います”」
「!! 煩せえええ!」
「“やれれば良いのにって思います”」
「てめえええええ!」

 過去の発言を蒸し返された影山は眉を釣り上げて日向の胸倉を掴んで放り投げ、日向は一回転しながら上手に床に着地する。いつものじゃれ合いと言えばそれまでだが、傍から見れば仲が良いのか悪いのか分からない彼らのやり取りに鶫は少しだけ笑って目尻を下げた。

「……ネットの“こっちっ側”はもれなく味方のハズなのに」
「あ?」
「“こっちっ側”がぎすぎすしてんの、やだな」
「……」
「どうすれば戻ってくんのかな、“アサヒさん”」

 おれにできることって何だろうと首を傾げながら頭を悩ませていた日向だが答えは出ず、鶫は時計を見上げて時間を確認するとそろそろ体育館閉めますと慌てて声をかけた。

 

PREV   TOP   NEXT