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「……長年積み重ねた安定感」

 練習試合が始まってから――ううん、今までの部活で何度も見てきたけど、菅原先輩のトスは安定していて見ていて安心出来る。今は経験豊富なスパイカーの人に上手く合わせてもらっているけど、ほとんど危うさを感じさせない。それだけ安定安心、悪く言えば攻めに徹しないトス。

「おい、お前」
「!」

 コート外にいた烏養が練習試合を見ながらメモを取っていた鶫に声をかけると彼女はノートから顔を上げ、何でしょうかと首を傾げた。その小柄で華奢な体とこちらを見上げる目に烏養は静かに目を細め、彼女のノートをチラリと見てから再び視線を合わせる。

「もう選手としては出ないのか」
「えっ」

 思いがけない質問に目を丸くした鶫はもっていたペンを落としそうになったが慌ててそれを握り直し、動揺がこれ以上顔に出ないように気を配りながら烏養を見上げた。

「私のこと知っているんですか?」
「前に店の前でお前の顔を見た時、直ぐに分かった。試合も何度も見たことがある」
「……そう、ですか」
「センスも実力も十分なのにマネージャーなんかしてて良いのか」
「……」
「?」
「あ、いえ。……私はこれで良いんです」
「……そうか」

 烏養は何か言いたげだったが少しだけ鶫の表情が曇ったのを見てそれ以上追求するのは止め、再びコートへ視線を戻す。鶫も彼に遅れてコートの方へ顔を戻したが、先程よりもやや集中が乱れていることに少しだけ眉を寄せて静かに息を吐く。

「……」

 こんなことで気に病んでいる場合じゃないのに。



「スガさんナイストス!」
「おう! つっても町内会チームの人たちが上手いこと合わせてくれてんだけどな。流石ベテランって感じだ」

 俺自身のトスはまだまだだよと苦笑いをする菅原だが自分の力量を悲観することはなく、それが今の課題だと向き合うことで無駄な力を抜いているようにも見えた。

「速攻もどんどん使って強気で剛撃組み立てて行かないと、またエースに頼りきりの試合になっちゃうからな」
「スガさんカッチョ良くなったっスね!」
「えっ、そお!? 西谷に言われるとなんか嬉しいな」
「……」

 ……スガ。ちょっと見ないうちに頼もしくなった。西谷の頼もしさは相変わらずだ。
 なのに俺は、フラフラ戻ってきて成り行きだけでまたコートに立ってる。

 情けないと思う。――けど。

「ナイッサー!」
「ッサアー!」
「……」

 やっぱり、ここが好きだ。



 約一ヶ月前の県大会。

 伊達工業を相手に苦戦を強いられていた烏野だが、相手のフェイントにも負けず西谷がボールを拾いあげていく。リベロのレベルが高いと観客が言葉を溢す一方、全くといって決まらないスパイクに辟易していた。当然コート内でブロックされ続けている東峰は観客のその声が聞こえずとも痛いほどそのことがよく分かっていて、ネットの向こう側をぼんやりと見つめている。

「――……」

 何度もトスを呼んだ。
 “俺に持って来い”、“俺が決めてやる”

「オーライ!」

 だけどそのうち、トスを呼ぶのが怖くなった。

「旭さん!?」
「旭……?」
「!!」

 東峰がその場から動かないことに西谷が声を上げたが、一度宙に浮いたボールは止まらない。菅原の焦りと東峰の異変をいち早く察知した澤村がライト方向から声を飛ばして無事にトスは通ったが、スパイクは相手のブロックに阻まれそのまま試合終了。

 試合を終えて第二体育館に戻り後片付けをする中、西谷が体育館倉庫にあったモップのひとつを八つ当たりぎみに倒すとその音に気付いた面々が西谷の方へ顔を向けた。

「ブロックのフォロー、全然出来なかった……!」
「なんでだ!!」
「!?」
「何で責めない!? 俺のせいで負けたんだろうが! お前がいくら拾ったってスパイクが決まんなきゃ意味ないんだよ!」
「旭!!」

 西谷の悔しげな声に東峰が声を荒げてそう叫ぶ。澤村がそれを見かねて一喝すれば東峰の声は収まったものの、重い空気は取り払えない。しばらくの静寂のあと、西谷がそれを破るようにゆっくりと口を開いた。

「……“意味ない”ってなんですか」
「!」
「じゃあ何で最後、トス呼ばなかったんですか。打てる体勢でしたよね」
「や、やめろよ西谷! 俺が旭にばっかりボール集めたから疲れて――」
「俺に上げたってどうせ決めらんねーよ」
「!?」

 静かに真っ直ぐ東峰を見て紡がれた言葉と西谷の眼光に圧倒された東峰が息を飲む中で菅原が自分のせいだと場を収めようとしたが、東峰がどこか諦めたように菅原の言葉を遮った言葉が西谷の神経を逆撫でた。

「打ってみなきゃ分かんねえだろうが! 次は決まるかもしれないじゃねーか!」
「!」

 ザワリとした空気と共に西谷は自分よりも体格のある東峰に掴みかかり、その勢いで後方に押し出された東峰は西谷が倒したモップの柄を踏むと、モップは勢いと体重に負けて二つに折れる。それを目の当たりにした菅原は止めに入ろうとした足を思わず止め、目を見開いて息を飲んだ。

「俺が繋いだボールをアンタが勝手に諦めんなよ!」
「ノヤ!!」
「俺はリベロだ! 守備の要でチームの要だ! けど!」

 俺に点は、稼げない。

「……」

 興奮している西谷を東峰から引きはがした田中は悔しげに紡がれたその言葉を一番間近で聞くと表情を落とし、ようやく興奮が収まったらしい西谷をそっと開放する。西谷は再び東峰に掴みかかることはせず、真正面にいる彼を真っ直ぐに見据えた。

「俺は“攻撃”ができない。でもどんなにスパイクが決まんなくたって攻めるつもりなんか微塵もねえ」

 だけど、勝手に諦めんのは許さねえよ。

 その言葉の重みに耐えかねた東峰は足早に第二体育館から出て行き、翌日の部活に顔を出すことはなかった。当然それを許さなかった西谷は県大会の翌々日にあたる日の空き時間を使って東峰の元を訪れ、偶然校長室の近くにいた彼の前で足を止めた。

「昨日、なんで部活来なかったんですか」
「……」
「新年度になったら直ぐに高総体なんですよ」
「……決まんないスパイク打ったって何も楽しくないからな」

 何言ってんだ。
 そんなこと少しも思ってない。

「お前だって拾っても点に繋がんないなら虚しいだろ」

 やめろ。
 西谷はそんな風に思う奴じゃない。

「スガも俺が止められるたび責任感じて」
「他の奴がどう思うかなんて関係ねえよ!!」

 東峰の言葉を遮った西谷の一声は廊下に響き渡り、校長室にいた教頭が何事かと顔を覗かせる。

「アンタはまたスパイク決めたいって思わないのかよ!!」
「……」
「旭さん!」
「廊下で騒ぐんじゃない!」
「うるせえっ!」
「ムッ!」
「旭さん!」

 こちらに背を向けて歩いていく東峰を西谷が呼び止めたが彼は振り返ることなくそのまま歩いていき、教頭が煩わしかった西谷が自分の肩を掴む彼の手を振り払えば近くに置いていた花瓶が落ちて派手な音を立てて割れる。余程大切な花瓶だったのか教頭は顔を真っ青にし西谷に向かってクラスと名前を言うように要求していたが、西谷は自分を無視して歩いて行ってしまった東峰のことをずっと見つめていた。




「……」
「ナイス日向!」
「日向、次サーブ!」

 日向と影山の速攻が決まり、サーブ権が烏野高校側へ移る。日向のサーブ前に後方へ下がろうとした西谷が東峰の横を通り抜けようとした時、彼は静かに息を吸い込んだ。

「……思うよ」
「?」
「何回ブロックにぶつかっても」

 ボールの“重み”がこう手にズシッとくるあの感じ。

「もう一回、打ちたいと思うよ」
「……それなら良いです」
「?」
「それが聞ければ十分です」

 東峰が何を言おうとしているのか察した西谷は先程までのどこか浮かない顔から一転して穏やかな笑みを浮かべ、それを見た東峰は虚を突かれて目を丸くする。たったひと言だけ東峰に返した西谷は持ち場につくと深く息を吐いて正面を見つめ、その様子を目にした鶫は少し驚いたように目を丸くした。

「日向ナイッサー!」
「ネットインだ!」
「スマン、カバー頼む!」
「オーライ!」

 ――俺の仕事は、ただひたすら“繋ぐ”こと。

 日向のサーブは白帯に引っかかりながらも相手コートに入り、ややレシーブを乱しながらも嶋田がボールを拾う。後方に飛んだボールは森がカバーして東峰に向かって山なりにボールを上げ、その些細な動作で県大会のことを思い出した菅原の顔色が少しだけ変わった。

「!」
「――……」

 “空”はスパイカーたちの領域で、俺はそこで戦えないけど。
 繋げば、繋いでさえいれば、きっとエースが決めてくれる。

「止めんぞ!」
「命令しないでくんない」
「本気で行くッス旭さん!」

 レフト側に上がったボールに向かって東峰が助走を始めれば影山と月島と田中がブロックの態勢に入り、相手のスパイクをしっかり見つめる。十分な助走を取って床を蹴った東峰はそのまま腕を振り上げて相手のブロックへスパイクを打ち込んだが、ボールのコースが予測できていたこともあり、そのスパイクは三枚ブロックに弾かれてコートへと落下していく。

 ひと月のブランクでこれだけ重いスパイクが打てるのかと影山が息を飲む向こう側にいる東峰の脳裏には、一ヶ月前の事がフラッシュバックしていた。

「っ……!」

 ブロックに落とされたボールは重力に引き寄せられて床に沈むかと思われたが、それを阻んだのは西谷の右手だった。

「うおお!? 上がった!?」
「ナイスフォロー!」
「ノヤっさん……!」

 壁に跳ね返されたボールも俺が繋いでみせるから。だから――。

「だからもう一回、トスを呼んでくれ! エース!」

  

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