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「っうー……」
「あっ、生きてる」
「大丈夫かっ!」
「大丈夫かあああああ! ゴメンなあああああ!」

 顔面レシーブをした日向に周囲の面々が慌てて駆け寄れば日向の意識はしっかりしていて、ボールを受けたと思われる赤くなった額を押さえていた。鶫もコートの外から救急箱を手にして駆け寄ると直ぐに日向の傍に膝をつき、起き上がった彼の顔色を窺った。

「どう考えてもボケッとしてたコイツが悪いデショ」
「きゅっ、救急! きゅうきゅっ!」
「落ち着けよ先生」

 直撃した瞬間は口元を引き攣らせていた月島だったが予想以上にピンピンしている日向に何時も通りの言葉を投げかけ、烏養は東峰以上に動揺している武田を落ち着かせていた。

「あ、大丈夫です。すみません……」
「日向くん、こっち向いて」
「うん?」

 日向がこちらに顔を向けると鶫は持っていたペンの先を彼に向け、それを視線で追うように日向に指示をする。上下左右に振られるペンをしっかりと視線で追うことができる日向に鶫は一先ずは大丈夫そうと胸を撫で下ろし、ペンをポケットへとしまう。

「あと心配なのは打撲だけど……頭以外に痛いところはない?」
「大丈夫!」
「もし痛いなら無理しないで」
「舞雛の言う通りだぞ。念のため休憩を――」
「ほ、ホントに大丈夫です! ちょっと躱しきれなかっただけで大したことは……それに顔面受け慣れてるし!」

 試合を中断させてごめんなさいと眉を下げる日向に菅原は受け慣れるなよと笑っていたが、その後方で静かに怒りを揺らがせている影山に気が付いた日向がその動きをピタリと止めた。

「……何ボケェーっとしてた試合中に」
「あ、う、あー……」

 何時もなら直ぐに手や口が出る影山だが、本気で怒っている時にはそれがない。昔からの付き合いの鶫は当然そのことを知っているが、この短期間でそのことを学んだらしい日向も直ぐにそれを察して冷や汗を流しながらゆっくりと影山から目を逸らす。

「……俺は知ってるぞ」
「!?」
「――“エースは格好良いけど自分の一番の武器が囮なんで格好悪い”、“自分に東峰さんみたいなタッパとかパワーがあればエースになれるのに”」
「えっ」
「そっ、そんなこと思ってない!」
「……」
「……くも、ない……」

 “お、囮……エースとか守護神とか、司令塔とか比べて何かぱっとしないっていうか……”
 “だから皆、アサヒさんをエースって呼ぶんだ”
 “エースすっげえな! ブロック居ても居なくてもブチ抜けるなら関係ないもんな!”


「……エースがいるって分かってから、興味とか憧れとかの他に――」

 嫉妬してたろ。

「!」
「試合中に余計なこと考えてんじゃねーよ」
「……」

 日向の考えていることを言い当てた影山。その二人の空気の感じに覚えがあった鶫がはっと顔を上げた時には、日向は既に悔しげに噛んでいた唇を開いていた。

「羨ましくて何が悪いんだ……」
「……」
「元々でっかいお前になんか絶対分かんないんだよ!」

 日向が吐き出すようにそう言うと影山の周囲の空気がピリッと泡立ち、それを察した鶫が二人の間に割って入ろうとしたがちょうど見回りの教員がそろそろ終了の時間だぞと声をかけてきた。その声に武田が慌てて自分が責任を持って施錠と見回りをするからと言って帰ってもらい、途中になっていた第2セットが再開された。

「お、高校チームは今攻撃力が一番高いローテかな? あのチビッコの速攻には気ぃつけないとな」
「はい」

 試合は14-08で町内会チームの優勢。ローテーションが回って前衛に日向と澤村と田中が上がってきた時、不意に影山が東峰と滝ノ上に声をかけた。

「あの」
「?」
「次、コイツにトス上げるんで全力でブロックして下さい」
「!?」
「飛雄くん……?」

 あからさまな影山の挑発に鶫は思わず目を丸くしてペンを動かす手を止め、ネットの向こう側で影山から煽られた滝ノ上が上等だと言わんばかりに口角を上げた。

「なんだあ!? 挑発かあ?」
「ハイ挑発です! ナメた真似してすみません!」
「何だお前面白えーな! よっしゃ! 挑発ノったるぜ!」
「あざす!」
「?」

 影山は一体なにをしたいのかと不思議そうにしている東峰だが、影山と同じコートにいる日向はやや不安そうに彼の動向を目で追っている。コート外でその会話を聞いていた烏養もまた速攻を繰り出すという手の内を明かした影山の行動に首を傾げていたが、そこで鶫ははたと気が付いた。

「……真っ向勝負になれば、そうかもしれない」

 速攻はあくまで予測不能であるからこそ有効な攻撃手段。日向くんがブロックと真っ向勝負になれば、勝ち目はほとんどない。――でもそれは、あくまで真っ向勝負になったらの話。

「――今のお前は、ただの“ちょっとジャンプ力があって素早いだけの下手くそ”だ」
「?」
「大黒柱のエースになんかなれねえ」
「!」

 影山の言葉は確かに間違いではないが、今言うべき言葉ではない。その話を近くで聞いていた東峰と田中が間に割って入ろうとしたが、鶫はそんな彼の言動に慌てることなく静かに傍観していた。何故なら影山の表情も言葉も至って真剣で、怒りに任せたものではなく意味があるものだと分かっていたから。

「でも、俺がいればお前は最強だ!」
「!?」
「東峰さんのスパイクは威力があって三枚ブロックだって打ち抜ける!」
「えっ! いやでも毎回じゃないし……」
「動揺しすぎっス!」
「じゃあお前はどうだ。俺のトスがお前に上がった時」

 お前はブロックに捕まったことがあるか。

「!」

 同時にホイッスルが鳴り、嶋田のサーブを縁下が綺麗なレシーブでセッター位置へと返す。先程の挑発の通り日向をマークしている三枚のブロック、それを見て一瞬怯んだ日向に向かって影山が声を飛ばした。

「躱せ!」
「!」
「それ以外にできることあんのかボゲエ!」

 影山の言葉に弾かれるようにして日向はレフト側へ駆け出し、それを見た三枚ブロックは日向を追いかける。ネット前で踏み込んだ日向を見た相手の三枚ブロックは彼が跳ぶことを予測して腰を落とし踏み込むと、彼は静かに息を詰めて更に腰をやや後方へ下げるように落とした。

 ――打ち抜けないなら。

「躱す」
「!?」
「ハア!?」

 後方へ落とし込んだ腰と天性のバネで後ろへ飛び退いた日向はレフト側へ移動し、町内会チームのブロックは一瞬の隙をつかれながらも追いかけたが彼のジャンプには間に合わない。

「っ……」

 ブロック止められるの嫌だ……!
 目の前にブロックがいたら、今の俺に勝ち目なんかない。
 エースみたいな戦い方出来ない――でも。

 “俺がいれば、お前は最強だ”

 日向の視界の先には誰もいない。宙にいる時間はほんの一瞬のはずだが不思議とスパイクとする先から向こう側のレシーバーまでがしっかりと視認でき、クリアになった視界の先に打ち込まれたスパイクは嶋田の腕を弾き飛ばした。

「お前はエースじゃないけど!」
「!?」
「そのスピードとバネと俺のトスがあれば!」

 どんなブロックだって勝負出来る!

「!」
「エースが打ち抜いた一点もお前が躱して決めた一点も、同じ一点だ」
「――……」
「“エース”って冠がなくてもお前は誰よりも沢山の得点を叩き出して! だからこそ敵はお前をマークして! 他のスパイカーはお前の囮のお陰で自由になる! エースもだ!」
「……」
「ね!?」
「はっ!? おうっ!」

 一気に言葉を吐きだした影山は近くにいた田中に同意を求めると自分に振られるとは思っていなかった田中は驚いた顔をしたが、そのことについては直ぐに同意するようにひとつ頷いた。

「おうおう、そうだぞ! お前の囮があるのとないのとじゃ、俺たちの決定率が全然違うんだぞ!」
「それでもお前は、今の自分の役割がカッコ悪いと思うのか!」
「――……」


 “また俺にフリーで打たしてくれよ?”

 “月島みたいなデカい奴が何人もお前の動きにアホみたいに引っかかったら気持ち良いだろ”

 ――頂きの景色。


「……思わない」
「あ?」
「思わない!」
「よし!」

 泣きそうな顔ではっきりそう答えた日向。彼の返答に満足した影山はそれで良いと口角を上げ、試合を中断させてしまったことに対して澤村に頭を下げた。

 そんな彼らの様子をコートの外から見ていた鶫は、何時の間にか誰かのために言葉をかけられるようになった影山と自分の存在価値を確かめるに至った日向の二人の成長にほっと息を吐いた。

「……頑張って」
「試合の続き――お願いします!」

  

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