17
「片付けしてたら遅くなっちゃった……」
体育館の備品整理と片付けを終えて合宿所に戻ってきた鶫。慌てて靴を履き替えて自販機の角を曲がった時、烏養のことを呼び止める菅原の声が聞こえて来て思わず足を止めた。角から覗き込んでみればそこにはこちらに背を向けて立っている菅原と缶コーヒーを持っている烏養の姿があり、合宿中なら別段気に留めない光景だが菅原の様子が何時もと違うことに気付いた鶫は物陰からこっそりとその様子を窺った。
「何だ?」
「――俺ら三年には“来年”がないです」
「!」
「だから」
ひとつでも多く勝ちたいです。次へ進む切符が欲しいです。
「それを取ることができるのが俺より影山なら、迷わず影山を選ぶべきだと思います」
「!」
「な、生意気言ってすみません……」
申し訳なさそうな顔をする菅原だが、その目に宿る決心が揺らぐことはない。背中越しに彼の決意を感じていた鶫だが、それを正面から見ている烏養は相当彼の行動と決断力に驚かされているに違いない。
「大地と旭と一年の時から一緒にやってきました。一緒のコートに立ちたいです、1プレーでも多く。影山が疲れた時、何かハプニングがあった時、穴埋めでも代役でも」
“三年生なのに可哀想”って思われても、試合に出られるチャンスが増えるならなんでもいい。
「正セッターじゃなくても出ることは絶対に諦めない。そのためにより沢山のチャンスが欲しい。他の三年にも俺の考えは伝えてあります」
「……菅原」
「?」
「俺はお前を甘く見ていたみたいだ」
「え?」
「正直今、お前にビビっている」
「はい!?」
「俺はまだ指導者として未熟だが、お前らが勝ち進む為に俺にできることは全部やろう」
「お願いします!」
「おう」
「……」
菅原先輩なら心配いらない。私はそう思っていたし、体育館で悩んでいた烏養さんに言おうかとも思っていた。
……でも私が思っていた以上に、菅原先輩は強かだ。
「失礼します」
「おう」
「!」
烏養に頭を下げた菅原は踵を返し、自販機がある方の道に爪先を向ける。そこには鶫が潜んでいたが、この辺りには隠れられそうな場所はない。偶然とはいえ立ち聞きしてしまったのも事実なので複雑な表情で菅原のことを待ち構えていると彼は今の今まで鶫のことに気付いていなかったようで、曲がり角の奥にいた鶫を見て目を丸くした。
「あれ、舞雛?」
「お、お疲れ様です菅原先輩……」
「……もしかして聞いてた?」
「……すみません」
偶然とはいえ立ち聞きしてしまったと鶫が頭を下げれば菅原は気にしないで良いってと両手を振り、少しだけ困ったように眉を下げる。その困ったような笑みの意味に気が付けるのは、恐らく先程の会話を聞いていた者だけだった。
「……言いたいこと言ったんだけどさ、やっぱりちょっとだけ怖い」
「!」
「でも良いんだ。さっき言ったことに嘘はないしそうするべきだと思う。……はは、ちょっとカッコ悪いな」
「そんなことないです!」
「!?」
その場の空気を緩和させるように笑った菅原に鶫が珍しく声を上げた。普段大人しい彼女の声に菅原が目を丸くしているが鶫は勢いを緩めず、真っ直ぐに彼を見上げて言葉を続けた。
「恰好悪くなんてありません」
「舞雛」
「勝ちを取りに行こうとする菅原先輩の強かは、恰好悪くなんてないです」
真っ直ぐに言葉をぶつけてくる鶫の勢いに最初は押されていた菅原だったが、その言葉がじんわりと胸の中にしみ込むと共にじわじわと内側から熱を帯びてくるのが分かった。その熱は嬉しさと擽ったさで満たされていて、次第に菅原の手先や頬に伝染して熱を持たせる。その熱に少しだけ泣きそうになったが流石に後輩の女の子の前では泣けないと深呼吸することでそれを押し込み、代わりに穏やかな笑顔を浮かべた。
「……ありがとう、舞雛」
「菅原先輩、私にできることがあれば精一杯お手伝いします。遠慮なく頼ってくださいね!」
私も皆さんのために頑張りますと言った鶫の笑顔に体内の熱がグラリと音を立てた菅原がぐっと息を飲んだ時、自販機側の通路を武田が偶然通りかかり、鶫と菅原を視界に捉えた。
「菅原くんと舞雛さん?」
「!」
「遅れてすみません! 直ぐにお手伝い行きます!」
「そんなに慌てなくて大丈夫だよ。あとは盛り付けと配膳だけだから宜しくね」
「分かりました!」
夕食の準備に行ってきますと頭を下げた鶫は慌てて食堂の方へ向かって行き、彼女の小柄な背中が見えなくなったところで菅原は力が抜けたように傍の壁に背中をついて息を吐く。
グラリと音を立てた熱は温度を上げて手足を痺れさせ、脳をぼんやりと温める。それを追うようにしてバクバク鳴り始めた心臓もまた普段以上に加速していて、キツい練習後とは別の息苦しさが菅原の体を支配する。
「……俺って、こんなに単純だったっけ」
男は単純な生き物だ。そう言われているのは知っていたし分かっているつもりでいた。ぼんやりとした熱がじわじわと出てきて、不思議と嬉しくて擽ったい。ああもう、これは、駄目かもしれない。
「悪い影山、もうひとつ譲れないものできた」
“悪い”なんて言うくせに、実のところ微塵もそう思ってない。
烏野総合運動公園合宿所。
「――で、二日後にはウワサの烏野高校と決戦なワケだが」
我らが因縁の相手らしい烏野に女子マネージャーは居るか否か!
「俺は居ない方にハーゲンダッツ!」
「えーっ! 俺は居た方が嬉しいから居る方で!」
「僕もです!」
布団が敷き詰められた大部屋で山本の下らない話に付き合っていたのは一年の犬岡と芝山だけで、他の面々は各々の自由時間を過ごしている。そもそも女子マネージャーが居るか否かで盛り上がれるのは彼らの中では山本くらいなので、それに付き合える人間も自然と限られていた。
「バカヤロウ! うちには居ねえのに向こうに居たら悔しいだろうが!」
「えー……」
「万が一居たとしてもゴリラみたいな奴だったら許す!」
「えー……」
「うっかりもしかして美人のマネが居たりしたら俺は絶対に許さないっ!」
怒っていたかと思えば次には涙目になりながらそう言う山本。感情の変化が激しい彼が思わず外に向かって覚悟しろよ烏野と大声をあげると、主将の黒髪の男子がうるせえと目尻を釣り上げた。その一喝に山本は渋い顔をしたものの直ぐに気を取り直し、近くでゲームをしていた金髪の少年に目を向ける。
「おい、研磨はどっちだと思う!?」
「別に……どっちでもいい」
「ケッ! 言うと思った!」
「でも」
ちょっと楽しみだよね、烏野と試合。
「!?」
「やる気なしの研磨が試合を楽しみにしているだと!?」
「山本、そんな元気ならテメーだけ練習増やしてやろうか」
「スッ、スイマセン……」
対音駒高校練習試合まで、あと二日。