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 午前八時前。家から来た清水も合流する頃には部員たちはTシャツにハーフパンツ姿で体育館脇の木陰で円を作り、ロードワーク前の準備運動をしていた。澤村の号令に合わせた部員たちのかけ声が五月の晴れ渡った空に吸い込まれていくなか、日向は隣で準備運動をしている影山を睨み付ける。

「絶対、おれが勝つからな!」
「馬鹿言え!」
「馬鹿じゃないの。ロードワークに勝ち負けとかないし」

 闘争心を燃やす日向と影山を見下ろした月島が付き合っていられないとため息をつき、その様子を少し離れた場所で見ていた鶫は少しだけ苦笑いをした。

「よし、準備良いか。ロードワーク行くぞ!」
「オース!」
「よーい……ドンッ!」
「!?」

 勝手に号令をかけて飛び出した日向。何が起こったのかと鶫と部員たちは一瞬呆然としていたが、影山が直ぐにその後を追い、澤村が慌てて追いかけるぞと声をかけ二つの背中を部員たちが追っていく。彼らを追いかけることができない鶫が気を付けてくださいねと彼らの背に向かって声を張れば、その声に数人の部員たちが少しだけ彼女の方へ振り返りながら手を振ってくれた。

 そんな彼らを見送った鶫は一度合宿所に戻り食費が入った袋と買い物袋を清水から預かると、明日使う食材の買い出しに向かった。買い出しには学校から借りた自転車を使えるとのことなのでその言葉に甘えて自転車置き場から自転車を借り、左足にサポーターを巻いてから烏野商店街の方へとペダルを踏み出した。

「……日向くん大丈夫かな」

 ロードワークで先に飛び出していっちゃったけど、ちゃんと皆と合流できたかな。飛雄くんが直ぐに追いかけてたから心配はいらないとは思うけど……。

 無事に帰ってくると良いんだけどと苦笑いをしながら烏野商店街の一角にある嶋田マートに自転車を停めた鶫はメモの通りに買い物を済ませ、食材でいっぱいになった買い物袋を自転車に乗せる。自転車カゴ目一杯になった食材が一日で消えてしまうのだから男子高校生の食欲は侮れない。

 行きと同様の道を進み合宿所へ戻る途中、鶫は曲がり角の先に見かけないジャージを着た男の子の姿があることに気が付いた。何かを探すように周辺を見回している彼の脇を素通りすることができなかった鶫は途中で自転車を降り、それを押しながら彼の方へ歩み寄った。

「あの、何かお困りですか?」
「えっ」

 鶫の声で振り返った彼は鶫よりも少しだけ背が低いが体格はしっかりしていて、短く切った茶髪を揺らしながら鶫を視界に捉えると、少しだけ驚いたように目を丸くした。

「え、あ……えーと」
「ずっと周りを見回していたから、何か困っているのかと思って」
「え、ああ! 大したことじゃ――ないわけじゃないんだけど」

 弱ったなと頭を掻いた彼は少しだけ何かを考えるように宙を見上げていたが、しばらくすると片手の平を鶫の背と同じくらいの高さまで持ち上げた。

「君くらいの身長で金髪をプリン頭にした奴、この辺りで見かけなかった? さっきまで一緒だったんだけど、どっかで逸れたみたいでさ」
「此処まで来る間には見かけなかったですけど……。他に特徴はありますか?」
「そうだなー、ちょっと猫背で俺と同じ赤いジャージ着てるくらいかな。もしかしたらスマホとかゲーム機弄ってるかもしれないけど、あんまりアテにはならないか」
「うーん……」

 改めて思い返してみても赤いジャージを着ている人は見かけなかったと鶫が眉を寄せれば、彼はそんなに気にしないで良いよと笑って手をヒラヒラ振る。

「俺だけじゃなくて他の奴らも探してるんだ。だから大丈夫」
「お力になれなくてすみません……」
「良いって良いって! 声かけてくれてありがとな!」

 明るい笑顔を浮かべて笑う彼に鶫が表情を緩めた時、彼が持っていた携帯が震えてメッセージの着信を告げる。慣れた様子でスマホを操作してメッセージを確認した彼はあっと声を漏らし、画面を落とすと眉を下げて微笑んだ。

「探してた奴、見つけたってさ」
「本当ですか! 良かった……」
「ホント良かった。迷子も程々にしてもらわないと困るよなー」
「ふふ」
「じゃあ俺も戻るか。あ、そうそう。自己紹介まだしてなかったよな。俺、夜久衛輔」
「舞雛鶫です」
「舞雛っていうんだな。色々ありがとう、助かった」
「いえ、私は何も」
「声かけてくれただろ? ありがとな、嬉しかった」

 土地勘ないところで人探しっていうのはやっぱり慣れないなと苦笑いした夜久が続けて何かを言おうとした時、その言葉をメッセージの着信が遮った。メッセージを確認した夜久はため息をひとつつくと携帯をポケットに押し込み、それじゃあ世話になったなと鶫に笑顔を向ける。

「じゃあ行くから。ありがとな」
「お気をつけて!」

 その場に背中を向けて駆けて行く夜久を見送った鶫は合宿所へ戻り、食材を冷蔵庫に詰めて第二体育館へと向かう。するとそこにはロードワークを終えて帰ってきた部員たちの姿があり、入口奥には胸倉を掴まれている日向と眉を寄せながら胸倉を掴んでいる影山の姿があった。

「……何が“絶対勝つ”だ! お前もうずっと後ろ走ってろ!」
「えー!」
「煩い! 前に出るな!」
「ヤダね!」
「お前また迷うだろ! 迷惑かけんな!」
「ま、まあまあ! それくらいにしとけって!」

 菅原が二人の間に入り言い合いを丸く収めたところで烏養が体育館に姿を見せ、二日目の午前練習が始まった。



「昼ーっ!」
「オース!」

 澤村の声で午前中の練習を終えた部員たちがぞろぞろとコートから出て行く様子を眺めていた烏養だったが、その表情は迷いを含んでいるように見えた。それに気付いた鶫は声をかけようかどうか迷ったが、見て見ぬふりもできなかったので彼にそっと歩み寄ると傍に置いてあったホワイトボードを見た。

「試合のメンバーですか?」
「!」
「悩みごと、です」
「……セッターに迷う」

 実力で言えば影山、現時点で東峰との連携が上手いのは菅原。

「菅原の強みは一年の時から築いてきた連携。だとしてもな――」
「飛雄くんにはそれすら飛び越えてしまう才能がある――でしょうか」
「鋭いな」
「見ていれば分かります。一ヶ月で日向くんという扱いにくい武器を使いこなしつつ他のスパイカーも活かす技術は、“努力”という言葉だけで表すには足りません」
「才能に胡坐かいて調子こいてくれりゃあ付け入る隙もあるだろうが、容赦なくストイックだ」
「……そうでしょうね」

 今度の練習試合で飛雄くんがスタメンで出たとして、東峰先輩とも問題なく連携が取れるようであればこの先の公式戦もセッターは飛雄くんで行くのが正しい判断だと思う。

「けど菅原も今までやってきてるわけで、他の連中からの信頼もあるだろうし――」
「烏養さんが迷っている理由って」

 菅原先輩が“三年生”だからですか?

「!」
「今年が最後、特別な機会。そう思っているということですか?」
「……その通りだ。俺は高校三年間でスタメンだったのは、正セッターの怪我で出られなかった時の一回きりだった。あの頃は試合に出してもらえないことがとにかく悔しかった」
「……」
「けど、仮にもコーチを引き受けた以上、選手側の気持ちでいるわけにはいかねえよな」

 

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