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「音駒戦、スターティングはこれで行く」

 前衛のレフトから澤村・日向・田中。後衛のレフトから東峰・月島と西谷・影山。烏養から告げられたスターティングメンバーはこのオーダーで決定された。鶫はそれを見ながら今の烏野のベストメンバーだとひとつ頷いて記録に取り、このメンバーでどこまでやれるのかと少しだけワクワクしていた。

「顔合わせて間もない面子だし、そう簡単に息が合うとは思ってねえ。俺が来る前にも色々とゴタゴタしてたみたいだしな」
「!」
「スゴ腕のリベロが入ったから、エースが戻ったから――“よし勝てるぞ”ってなるわけじゃない」

 勝つのは繋いだ方。

「この面子でどのくらい戦えるのか、“カラス”と“ネコ”の勝負だ」
「あス!」
「“試合”の“練習”ができるなんてありがたい機会は他にないんだ。取りつけてきた先生にお礼言っとけよ!」
「そ、そんなやめて――」
「あザース!」
「うっ」

 大したことはしていないと謙遜していた武田だったが部員たちに正面からお礼を言われると、少しだけ恥ずかしそうに笑って頭をかく。バレーを知らないなりに力になろうとしている武田の奮闘と努力はきちんと部員たちに伝わっていて、それを改めて目の当たりにした鶫は表情を緩ませた。



「……お前らっ!」
「!?」

 部活が終わって何時も通り食事や風呂を済ませ、まだ寝るには少し早い時間帯。ほんの少し前に影山が合宿所を出て行くのを見かけた鶫が何をしに行ったのだろうと首を傾げながら今日の部活でまとめたデータをまとめていた時、二階の大部屋から澤村の声が聞こえてきたので驚いてビクリと体を震わせた。

 それなりの大声だったので何かあったのかもしれないと一度ノートを閉じて作業をしていた食堂から出ると、部員たちが揃って大部屋から降りてきたところと鉢合わせた。

「あれ、舞雛寝てなかったの?」
「ノートをまとめていたので……。あの、何かあったんですか?」
「あー、ちょっとね」

 鶫の問いかけに菅原が頬を掻くと、その二人の横を通りかかった月島がはっきり言っても良いじゃないですかと少々気怠そうな顔でため息を吐いた。

「影山と日向が買い出し行ったまま戻ってこないって」
「えっ、飛雄くんと日向くんが?」
「そう」

 お腹を空かせた部員たちがジャンケンを始め、それに負けた影山が買い出しに行ったが坂ノ下商店が閉まっていたので一度戻ってきたとのこと。その後影山は嶋田マートに向かったが戻ってこないので、日向に様子を見に行かせたが二人揃って戻ってこない。日向にいたっては前回のロードワークで迷子になった前科があるので結局は皆で探しに行こうという話になったらしい。

「じゃあ私が飛雄くんを見かけた時は二回目に出かけた時かな……。日向くんが出て行ったのは気付かなかったけど」
「取り敢えずそういうこと。今から出てくるから」
「私も行く!」
「暗いから駄目」

 日向と影山が心配だと鶫が一緒に行くと申し出たがそれは早々に月島に断られ、直ぐに帰ってくるから留守番しててと菅原にも言われてしまった鶫は不服ながらも彼らの帰りを待つことになった。

 そして鶫が中途半端にしていたノートをまとめ終わった頃に合宿所の玄関が開く音がして、部員たちを出迎えるために鶫が玄関に行くと彼らは何とも言い難い重々しい表情をしていた。声をかけるのを少々躊躇ってしまう程度の重い空気に鶫がやや圧倒されている間に頭が痛そうな澤村が早々に二階へ上がっていき、お腹の音を盛大に鳴らす田中と西谷がそれに続いていく。

「ど、どうしたんだろう……」
「どうしたもこうしたもないよ」
「月島くん」

 影山と日向は買い出しに向かっていたが途中で何かバレーに関して閃いたことがあり道草を食っていたらしく、その間に買い出しした物の袋がタヌキに荒らされて食べられなくなってしまったらしい。何とも影山と日向らしい話のオチがついたが、それでは部員たちのお腹は満たされない。痺れを切らした澤村が明日の練習で連続百本サーブが終わるまで食事は抜きだと全員を叱りつけ、そのまま帰ってきたらしい。

「……いつの間にか大事に」
「ホントいい迷惑」
「でも、そっか。うーん……」
「舞雛?」
「何とかできる、かも」
「は?」
「十五分だけちょうだい。」

 両手の指を広げて時間を示した鶫はそのまま食堂へと消えていき、何を言っているのか分からなかった月島は彼女がそういうならと訝しげな顔をしながらも二階へ上がり、彼女が言う十五分を待つことにした。

 月島以外は鶫が十五分の時間がほしいということは知らないので、二階の大部屋で買い出し前よりも少々重い空気で暇な時間を過ごしていた。買い出しさえ無事に済んでいれば今頃適度に腹が膨れて眠れていたはずだが、空腹を意識した上で食べる物がないこの状況下では直ぐに寝るというのは難しい。

「あー……」
「なんか寝るって感じじゃねえよなぁ……」

 田中と西谷に至っては完全に力が抜け時間の流れに体を委ね始め、菅原は夏休みの宿題を片手にそんな彼らを苦笑いで見つめている。そんな中で月島が手元の携帯で鶫に指定された十五分にさしかかりそうだとぼんやり考えた時、何かに気付いた日向が勢いよく顔を上げた。

「あっ!?」
「何だよ」
「いいにおい!!」
「!?」

 日向の声に弾かれるようにして田中と西谷が体を起こし鼻をひくつかせてみれば、微かではあるが香ばしい匂いがどこからか漂ってきていた。ここは当然学校の敷地内で、今の時間帯に炊事をしている家庭があるとしても住宅街からは少し離れているためその匂いとは考えにくい。そうすれば考えられる可能性はひとつと日向が腰を上げた時、大部屋のドアをノックする音がした。

「皆さんまだ起きていらっしゃいますか?」
「鶫ちゃん?」
「日向くん。あの、もし大丈夫であれば開けてもらってもいい?」
「わかった!」

 ドアに一番近い場所にいた日向がドアを開ければそこには大きなトレーに布をかけた鶫の姿があり、部員たちは彼女が大部屋を訪れたことで各々がしていた手を一旦止めてそちらに顔を向けた。彼女の一番近くにいた日向がクンクンと鼻をひくつかせ、そのトレーから匂いがしていることに気付くと、もしかしてと目を輝かせる。

「どうした、舞雛?」
「皆さんお腹が空いていらっしゃるとお伺いしたので、もし宜しければ」
「!!」

 鶫がトレーを片手で抱えるようにして持ち直し上にかけていた布を取り払うと、そこには味噌を塗った焼きおにぎりが綺麗に並んでいた。それを見た部員たちは一気に活力を取り戻し、田中と西谷はその場で膝をついてガッツポーズを取る。一番近くにいた日向はやっぱりと言うように目を輝かせ嬉しそうに笑い、影山もソワソワと体を揺らしている。

「うおおおお!!」
「やったな龍!」
「急ごしらえで作ったので、一人ひとつです。ちゃんと手洗いうがいをしてから食べてくださいね」
「オス!!」



「足! 足! 足! 止まってんぞ! 手ェ振り回してんじゃねえ!」

 翌日の昼前、何時も通リ烏養の激が飛びながら第二体育館で練習が行われていた。部員たちのデータを取りながら彼らのサポートをしていた鶫は所用で外に出ていた清水が戻ってきたことに気が付くと彼女が持っていた紙袋を持つのを手伝い、ボール拾いをしていた武田に声をかけた。

「先生」
「おっ? あ、できた!?」
「はい。クリーニングとか直しとか終わりました」

 ユニフォーム。

 紙袋の中に収められていたのは黒のユニフォーム。オレンジが差し色で入れられたそれらは各々にビニールがかけられていて、綺麗にアイロンがかけられている。汚れや解れなどもすっかり直されたそれらを見た鶫は、いよいよそれらしくなってきたと口元を緩ませた。

 クリーニングから戻ってきたユニフォームは午前中の練習を終えた部員たちに早々に配られることになり、烏養が仕上がったユニフォームのひとつを手に取って感慨深そうに声を漏らした。

「おおおっ」
「青葉城西との時はなかったからな」
「テレビで見たやつ! “小さな巨人”が着てたやつ!」
「変わらずコレだけか。もう一種類あれば良いんだけどな……」
「それならデザインをそのままにして、色変えをしてはどうでしょうか」
「良いな。あとでその辺は先生と相談してくれ」
「分かりました」
「じゃあ配りますっ」

 武田が名簿を見ながら一人一人の名前を呼び、ユニフォームの番号を照らし合わせて行く。最初に三年生たちが呼ばれ、次に二年そして一年と続いていく。そして何時の間にか西谷がユニフォームに袖を通していることに気が付いた日向が目を輝かせ、ノヤさんだけオレンジだと声を弾ませた。

「そりゃお前、俺は主役だからな!」
「主役! うおおおおお!」
「リベロは試合中何回もコートを出入りするから、分かりやすいように一人だけ違うんだよ。馬鹿」
「しっ、知ってるし! 全然知ってるし!」

 苦し紛れに言いわけをした日向はふと影山のユニフォームに目が留まった。影山が受け取った背番号は9、そして日向のそれは10。

「かっ、影山が一桁……っ!」
「言うと思った!」
「一年でユニフォーム貰えるだけ有難いと思え!」
「わ、わかってるっ」

 そうは言ったものの悔しげな日向。その一年たちのやり取りを偶然聞いていた澤村と菅原が、ああそうかと声を漏らして彼らに顔を向けた。

「あ、そっか。番号までは覚えてないか」
「テレビで一回見たきりだもんな」
「え?」

 “小さな巨人”が全国出た時の番号、10だったぞ。

「――!」

 そう言われた日向の脳裏に、商店街の電気屋で見た小さな巨人の姿が浮かび上がる。あの時あの瞬間、自分を変えたあの背中に踊っていた背番号がこれなのかと日向は目を輝かせた。

「こっ、コーチの粋な計らいですかっ!?」
「いや、たまたま」
「じゃあ運命だっ!」
「たまたまだろ」
「妬むなよ影山クン」
「なんで俺が妬むんだよ!」
「ちなみに」
「?」

 日向の好きな小さな巨人がいた頃が、過去烏野が一番強かった時期。

「その頃、烏野は一度も音駒に勝っていない。最後にやった時も負けてるはずだ。負けっぱなしで終わってる」

 汚名返上してくれ。

「あス!」

 烏養の声に部員たちは気合いが籠った返答をし、それを見た鶫は静かに口元を緩ませた。

 

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