21
――攻略されていく、追い詰められていく
少しずつ、息の根を止められていく
「おい! いちいち凹んでらんねーぞ! 次の一本取り返す!」
「絶対止められないスパイクなんかないんだ。迷うなよ」
「次は決めたれ、日向!」
「……はい!」
第2セット、開始。
第2セットに入った試合だが、日向と影山の速攻に犬岡が完全についてきていた。何度も何度も止められたことで第1セット終了のブロックがマグレではないことを確信した烏養は厳しい表情を浮かべ、同じくベンチに座る鶫は静かにコートの中に立つ彼ら一人一人の表情と様子を観察する。
「……」
確実に追い詰められていく日向と影山、その様子を切れ長の目で捉えている孤爪。影山は悔しげに歯噛みをしていて、精神的に追い詰められていることがよく分かる。しかし不思議と彼の傍にいる日向の背中からは、悔しさは感じ取れなかった。
「……」
中学の最初で最後の試合で完全にシャットアウトされて、高校でも月島の高さに全然勝てなくて――やっと手に入れた、自分よりデカい相手と戦う方法。日向にとって唯一で最強の攻撃、それが――。
「たった一人のブロッカーに止められた」
菅原が溢した言葉に鶫は何か解決策はないかと模索したものの、どれも今の日向には難し過ぎることばかり。しかしただひとつだけ現時点で出来る解決策が浮かんでいたが、今の日向と影山の精神状態でやれるかどうか判断しかねるものだった。
「日向、大丈夫か……」
「……影山」
「……」
「――もう一回」
第2セット、試合は03-01と音駒の優勢からのスタート。日向は相変わらず犬岡のブロックに押されていて上手くスパイクが決まらず、その他の面々も得点には繋がらない。そんな状況下でコートを見つめていた鶫はふと横からの視線に気付いて僅かにそちらへ目を向けた。
「……」
「何で日向を交代させないのかって言いてえのか?」
「! ……別に」
「これが公式戦なら替えてるかもな。でも今なら解決法を探すチャンス……。でも日向が戦意を喪失してしまうようなら、一回下げた方が良いかもな」
「……」
此処は割り切って東峰先輩か田中先輩にボールを集める方が一般的な戦法。日向くんはもう少し何か武器があれば違うと思うけど、今の状況からそれを探すには戦意喪失とどちらが早いか……。
それに向こうの7番は日向君より少し遅れて反応したとしても追いつける身体能力と、何より身長がある。……一筋縄では向こうにボールが届かない。
「! くそっ」
「ダメか……」
気力を挫く“人の壁”。打てば打っただけ心は折れて――
犬岡のブロックに阻まれスパイクを弾かれた日向が顔を上げた時、その顔には笑顔が浮かんでいた。
「!」
「――日向くん、笑ってる」
その笑顔には背筋が凍るほどの闘争心と好奇心、そして何よりも勝る向上心が浮かんでいた。
今までも日向が時折見せていた不思議な雰囲気は傍にいた影山だけでなく、体育館にいた全ての人物の心に何かしらの恐怖心と寒気を覚えさせるほどの力があった。
「……おい」
「何か……違うんだ」
「あ?」
コートで息を切らせながら日向が呟いた言葉に影山が思わず聞き返すと、日向は笑顔を浮かべたまま真っ直ぐに前を見つめる。
「ブロックで向こう側が全然見えなくて、どうすれば良いのか全然分かんなかったあの頃の感じとは――」
なんか違う。
「向こうもギリギリでついて来てるの分かる。……今までブロックは怖くて嫌なだけだったのに」
あいつが目の前に来ると、わくわくするんだ。
「お前のトスとあと何か……何かの工夫で打ち抜けるんじゃないかって思うんだ」
「……」
「だからもう一回、俺にトス上げてくれ」
「当たり前だ」
試合は動いて07-05と音駒の優勢。影山は先程の返答のまま日向にトスを上げ、犬岡は一瞬遅れてそれに反応して跳び――。
「!」
「日向くん……!」
日向は今まで閉じていた瞼を開けてボールを見た。それに驚いたのは烏野の面々で、影山のトスは日向の目の前を通過してコートに落下する。何がしたいのかと目を丸くしている音駒と町内会の面々だが、鶫はベンチから浮かしていた腰を完全に上げた。
「日向くんがトスを見た……」
「え、でもそれって当然のことだよね?」
「普通はそうだけど! 日向の場合、今までボールは影山に任せてひたすらフルスイングだったのに!」
鶫の言葉に反応した山口の尤もな意見に菅原がやや興奮気味に言葉を重ねると、脇にいた烏養は慌ててタイムアウトを取った。
「……」
「あっ、おっお前のトス信用してないとかじゃなくてだな……! なんだろ……」
「何焦ってんだ、お前」
「影山! 日向に何時もより少しだけ柔めのトス出してやれ。何時ものダイレクトデリバリーじゃなく……」
「インダイレクトデリバリー」
影山と烏養の会話に出て来た単語に日向が首を傾げると、近くにいた鶫が片腕でバインダーを抱え、空いたもう片方の手の人差し指で下から上に通る放物線を宙に描く。
「何時もの速攻をする時に使う真っ直ぐな軌道のトスが、ダイレクトデリバリー。それよりも山なりにスピードと威力を落としたトスが、インダイレクトデリバリー」
「へえ……」
「いきなり変えろって言われても難しいかもしんねえけど……」
「やります」
チラリと日向を見てから真っ直ぐな声色で返答をした影山のそれと同時にタイムアウト終了を告げるホイッスルが鳴って、プレイヤーはコートへ戻って行く。その背中を見ながらベンチに腰を下ろした鶫は少しだけ眉を寄せた。
「これで日向くんに余裕が出来れば良いんだけど……」
「余裕?」
鶫の呟きを拾った武田がそう聞き返すと烏養が自分の指示したことを的確に理解している彼女に目を丸くしたが、直ぐにふっと息を抜くようにして口元に弧を描く。
「お前分かってたのか。流石だな」
「いえ、大したことじゃないです」
「あの、それでどういうことなんですか?」
「さっき日向は、空中でブロックを避けようとした」
1セット目の影山のストレート打ち。
「あれを――ブロックを避ける技を見様見真似でやろうとしたんじゃないか」
全然できてはなかったけどなと苦笑いをする烏養の言葉にフォローする言葉が見つからなかった鶫もまた苦笑いを浮かべたが、コートに立つ日向と影山の背中が先程よりも頼もしく見えたので一先ずは彼らの試行錯誤を見守ることにした。
今まで全然考えないで打ってたから、いざ自分で合わそうとすると分かんねえ……!
試合の中で影山のトスに合わせて跳びスパイクを打つことを試みる日向だが、四苦八苦している様子を見て烏養は二度目のタイムアウトを取る。点差は10‐05と音駒の優勢だが、焦らずに落ち着いていけと日向は烏養から指示を受けた。
「す、すみません……。おれ、ミス沢山……」
「何を言うか! 俺はいっつもお前のお陰でフリーで打ててるからな! 偶には俺の方がカッコイイ試合があっても良いんだよ!」
「旭さんの方が決めてるけどな!」
「うるせえ! とにかく良いんだ! ねっ、旭さん!」
「あ! そうそう。うん、そうそう。点は俺たちが取り返す」
「!」
田中と東峰のフォローに日向の顔色がぱっと明るくなったが、傍でその会話を聞いていた月島があんまりやらかすと替えられちゃうかもだけどねと意地悪げに笑う。しかしそれを聞いていた澤村が月島の肩をぐっと握り笑顔を浮かべるまで時間はかからなかった。
「大丈夫大丈夫。何か掴めそうならトコトンやりな。跳んでるときは独りでも、後ろにはちゃんと俺たちが居るし」
レシーブの得意な澤村と西谷が笑みを浮かべ日向のフォローをすると、澤村は流れるように東峰の背中に重い拳を一発入れる。
「点はエースが取り返してくれるらしいしな! 頼もしいなあ、オイ!」
「!?」
「大地! 旭にプレッシャーかけんなよ! 傷付いちゃったらどうするんだよ!」
「……」
「そうですよ! ガラスのハートなんだから!」
「……」
「もう止めてあげて!」
悪乗りをして菅原と西谷がそれに続き東峰弄りをすると当本人は背中を丸めてしまい、流石に可哀想だと思った田中がツッコミを入れる。そんな騒がしいやり取りの脇では鶫が影山にトスの指導をしていた。
「まだ日向くんはあのトスに慣れていないし今までトスを見て考えることをしていなかったから、勢いはもっと殺した方が良いと思う。できるギリギリのラインで調整していければベストかも」
「フワッって感じか?」
「うーん……それよりももっと弱く」
「分かった」
影山独特の擬音語によるやり取りだったが鶫は擬音語自体には悩むことなく指示を出していて、その会話を聞いていた周囲の面々はどうしてアレが理解できるのだろうかと顔を見合わせていた。
「また返すので精一杯……どうすれば上手く行くんでしょうねえ」
「けどよくあの目茶苦茶な体勢から返すモンだ。バランスが良いんだな」
「日向くんは身体能力が高いのであれくらいならできると思います」
「まあ、どちらにしろ初めてのプレーを直ぐできないのなんて当然だ」
でもどんなことだって、“やってみる”から始まるんだ。
「ちびで下手くそで単細胞。でもなんか、うちのじーさんが言ってたことを思い出す」
烏養が指す“じーさん”とは烏養前監督のこと。烏養が小さな巨人の話を持ち出せば、武田が日向の憧れのエースことだと目を輝かせた。
「名前のまんまだけど身長は170センチそこそこで、最初はブロックに止められてばっかだった
それが二年の後半には空中戦で右に出る奴はいなくなった。
「ブロックの高さに敵わないならその隙間を狙って打つ、わざとブロックの指先に当てて弾き飛ばす……そうやって小柄な自分の戦える道を作って行ったんだ」
「……」
「……うちのじいさんがそいつについて言ってたことを、すげーよく覚えてる」
――“翼”がないから、人は飛び方を探すのだ。
そんな時、スパイクの為に飛んだ日向にボールが運ばれ、その手がボールに触れたと同時に右手首を捻って打つ方向を変える。それに周囲の面々は目を丸くしたが、ボールが沈んだのは僅かにラインの外。
「あーっ、アウトかーっ!」
「すげえ……すげえな、ショーヨー!」
「……もう一回」