01
「……鶫」
「飛雄くん?」
手早く備品をまとめて一旦コート外に出た北川第一の面々が改めて荷物を纏めているなか、ちょうど荷物を纏め終わりバッグのファスナーを締めたところで影山に声をかけられた鶫は顔を上げる。影山の眉間には皺が寄っていたが、それが不機嫌とはまた違った意味で寄っていることに鶫は直ぐに気がついた。
荷物を纏めて会場を後にする面々の輪に混ざりながら、先程影山が言いたかったことは心得ていると言うように口を開いた。
「……さっきの試合のこと?」
「!」
「試合というよりも、あの1番の人のことでしょ?」
「……ああ。バレーに必要なモンを持ってるくせに、アイツは――」
「お前が!」
「!?」
影山の言葉を突然遮った声に二人は目を丸くして足を止め、声のした方へと振り返る。振り返った先には先程対戦したばかりの雪ヶ丘の1番が立っていて、その目尻には涙が滲んでいた。
「コートに君臨する“王様”なら!」
そいつを倒して、おれが一番長くコートに立ってやる……!
「……」
「……コートに残るのは勝った奴、強い奴だけだ」
「飛雄くん」
「勝ち残りたかったら、強くなってみろよ」
「……」
「行くぞ」
直ぐに彼に背中を向けて歩き出した影山に続いた鶫がもう一度後方へ顔を向けると、1番の彼がチームメイトにありがとうという感謝の言葉と共に頭を下げている様子が見えた。
これ以上は干渉するのは良くないと前に向き直った鶫を影山は見下ろし、少しだけ何かを考える素振りを見せてから口を開く。
「鶫、今日は帰り寄るところあるのか」
「特に何もないけど……」
家が向かいの幼なじみで部活も同じ、余程のことがない限りほとんど一緒に登下校をしている影山と鶫。何の裏表もない何時も通りの影山の問いかけに鶫もまた何時も通りに答えると、彼はそうかとひとつ頷く。
「それなら練習付き合ってくれ」
これから先、時間がある時はできるだけ。
「……うん、分かった。私で良ければ」
「お前が良いんだよ。変な遠慮いらねえしな」
「ふふ、そう言ってもらえると嬉しいな」
「――もっと強くなって、お前をデケエ体育館に連れて行く」
「……うん」
静かに握りしめた手のひらを見つめながらそう呟く影山に鶫は嬉しそうに微笑んだが、その目は少しだけ影が差していた。
「――飛雄くん」
県予選の決勝戦が終わり、表彰式が済んだ会場裏。
未だに残る会場の喧騒と充てられたロッカールームの音に反して静けさに包まれている廊下の隅で佇んでいる影山に鶫が声をかけたが、彼は後ろを向いたまま振り返ろうとはしなかった。
「……飛雄くん」
「……」
北川第一は決勝戦で光仙学園に敗退し、全国大会への切符を逃した。しかしそれ以上に影山のメンタルに影を落としていたのは、鶫が今まで危惧していたことが試合中に起きてしまったことにあった。
「……悪い。お前をデケエ体育館に連れて行くっつったのに」
「ううん、別に良いの。それよりも――」
「良い」
「飛雄くん」
「俺が悪い。それだけだ」
「……馬鹿」
「はは、確かにな」
自分で蒔いた種だ。そう言うように自嘲的に笑う影山に鶫はらしくないと言うように彼の背中を平手で叩き、彼女らしくない行動に虚を突かれた影山は思わずビクリと肩を震わせてようやく彼女の方へ振り返った。
「バレーは、ひとりでは出来ない!」
「!」
何時も誰かが誰かのために、思いとボールを繋いでいく。
「飛雄くんはその気持ちを知ってるはず。……今回のことは次に生かしていけばそれで良い!」
「……」
人の気持ちを直ぐに察して先回りする鶫。誰よりも他人のことを大切にする鶫だから、どんなに馬鹿をやった俺でも見捨てないらしい。
「バレー、嫌いになった?」
「……いや」
そんなこと、あるわけねえ。バレーは楽しい、難しくて面白い。
コイツの笑顔を見るために、俺とお前の夢のために、まだまだ続けていきてえ。どんなに難しくて高い壁も超えて、鶫とどこまでも一緒に行く。
「――鶫」
「?」
「お前、及川さんに青城くるように言われてんだろ」
「えっ」
「この前言われたんだよ。“可愛くて有能なマネージャーが必要だからスカウトしたんだ〜”ってな」
「……ええと」
すっかり何時もの調子を取り戻した影山はどう返答しようかと迷っている鶫にピッと人差し指を向け、真っ直ぐな眼差しで彼女を見つめた。
「絶対お前をデケエ体育館に連れて行く」
「!」
「だから俺が行く高校にお前も来い!」
「何処を受けるつもりなの?」
「白鳥沢! それと烏野も受ける!」
「……」
白鳥沢と聞いてなるほどと思った鶫だが、直ぐに頭に過ったのは受験のこと。バレーをするなら白鳥沢は当たり前だろと意気込んでいる影山だが、今までの成績からして果たして大丈夫なのだろうかと不安にさせられる。
しかし先程まで落ち込んでいたとは思えないほどの意気込みを見せてくる影山の様子を見て、せっかく意気込んでいるのに無駄にしては可哀想かなと鶫は困ったように微笑んだ。
「――受験の申し込み、ギリギリだけど怒られないかな?」
「一緒に頼みに行く!」
「じゃあ白鳥沢も受ける」
「……烏野は受けるつもりだったのか?」
「うん。烏野と青葉城西。二つは申し込み済ませてあるの」
だからあとは白鳥沢だけと続けた鶫に影山は分かったと頷き、明日職員室に行くぞと笑みを浮かべながらジャージのポケットの両手を突っ込んだ。
すっかり何時もの調子に戻った影山に鶫は困ったように微笑み、蛍光灯で照らされた天井を見上げた。
「……これから見る空は、どんな色をしているのかな」