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日向と犬岡の攻防が未だに続く中、性格やプレースタイルが似ている田中と山本の戦いも段々熱を上げてきていた。そのふたつの戦いが拮抗している試合の得点は18-15。音駒の優勢が続いている。
「先に20点台に乗られたくないな……」
「そうか……25点ゲームの2セット先取だから、あと7点獲られたら――」
負ける。
ローテーションが変わり、音駒側のネット前に黒尾が上がってきて烏野側の正面には日向が立つ。かなりの身長差と圧倒的な雰囲気に日向が息を飲むと、その視線に気付いた黒尾はニヤリと笑みを浮かべた。
「二十センチ以上の身長差で犬岡と互角以上に戦うなんて、すげーなチビちゃん」
「ぬっ!? チビって言う方がチビなんだぞコラァ!」
それは違うだろとコート外から菅原のツッコミが飛びそれに鶫は思わず苦笑いをしたが、黒尾が前に出てきたことでこれからどう動いてゲームメイクをしていくのかと影山へ視線を送る。影山もまた黒尾のことは気に留めていたのか彼の様子を窺うと近くにいた日向へ顔を向ける。
「……オイ」
「ギャッ!」
影山は日向の襟首を掴んで呼び寄せ、周囲の面々や音駒側に聞こえないように小声で指示を出す。コートの会話が聞こえている鶫の耳に届いたのは、黒尾が前にいる時には普通の速攻ではなく今までの何時もの速攻に切り替えるという作戦だった。
「……それが妥当かも」
「えー……フワッの方だんだん合わせられるようになってきたのに」
「ダメだ。アイツが前衛にいる間はダメだ」
「なんで」
「何となくだ」
「はっ!?」
うん……こういう所は飛雄くんの勘が凄く働くから不思議。直感的ではあるけれど、理に適っている。
鉄朗くんはブロッカーとして凄く良い経験をしてきているみたいだし、普通の速攻には当然慣れているはず。それなら二人しか出来ない速攻で引き剥がした方が得点に繋がりやすい。
影山と鶫の予想通り、日向と影山の変人速攻に反応しきれなかった黒尾はそのスパイクをブロックしきれなかった。音駒側のプレイヤーもその速度に反応出来ずボールを床に沈め、得点は烏野に入る。
「やっぱこの感じキモチー!」
「っし!」
「……良い判断なんじゃねえかな」
「え?」
「今はあの三年ミドルブロッカーには“変人速攻”の方が有効だと思う」
手練れのミドルブロッカーからすれば、当然“普通の速攻”の方が止めやすい。
「やっぱスゲーな。人間離れってああいう奴らのこと言うんだろうな」
「……」
「それじゃあ――取り返すか」
そして日向のサーブで始まったラリー、威力やコースもまだ甘いサーブを夜久は難なく拾い上げるとセッター位置へ綺麗に返していく。レシーブが上がるとほど同時に飛び出したスパイカーは三人、それに武田を始め客席で見ていた嶋田達も息を飲んだ。
「セッターが後衛だから攻撃出来る前衛は三人……!」
「やっぱここは一番攻撃力のありそうな4番――」
「違う」
「舞雛?」
嶋田たちの会話が聞こえていた鶫がコートに目を向けたまま小さくそう呟いた瞬間、孤爪のトスは後方に飛び――バックアタックへと変化する。
「やっぱり経験が違う」
完全に烏野側のブロックは囮に引っかかり、バックアタックのスパイクは烏野側へ叩き込まれる。しかし偶然にもそのスパイクは日向がぶつかるような形でボールを上げ、大きな音を立てたボールは音駒側へと返って行った。
「チャンスボール!」
「また全員来るぞ。今度は誰が――」
入り乱れて飛び出したスパイカーの中で上げられたトスは黒尾がAクイックで叩き落とし、今度は確実に烏野側のコートへボールを沈めた。あっという間のプレーに影山は歯噛みをし、相手を翻弄する戦い方に嶋田たちも目を丸くする。
「……何つーかすげえ安定感のある速攻だな。何時も危なっかしいの見てるからかもしんねえけど……」
「山本、ナイッサー!」
「せいっ!」
音駒側のサーブを取ったのは田中だったが僅かに腕がブレてボールはセッター位置へと返らない。それを見て直ぐに反応した西谷がボールを追い、トスを要求した東峰へオープンでトスを上げる。
重い音を立てて打ち込まれたスパイクはリベロである夜久の真正面に飛び、夜久はボールの勢いを全身で殺しながらセッター位置へボールを返した。
「!」
「リベロ真正面か……」
レシーブとほぼ同時に脇から飛び出してきた黒尾を見てAクイックが来ると予想した烏野側のブロッカーは直ぐにブロックの為に飛んだが、その踏み切りに違和感を覚えた鶫はふと昔のことを思い出して目を見開く。
「……あ」
「そァッ!」
「!?」
土手に立てた棒でネットに見立てた簡易的なコート。そこで孤爪が上げたトスを空ぶった黒尾を見て、トスを上げた孤爪とネットの反対側でブロックに跳ぼうとしていた鶫は何があったのかと目を丸くした。
「……」
「ええと……」
「……クロ、今のなに」
「一人時間差! 昨日テレビの試合でやってんの見た! こうジャンプすると見せかけて一回止まって、ブロックにフェイントかけてから打つ!」
身振り手振りを交えながら説明をする黒尾によく分かんないと溢した孤爪だが、彼らのやり取りに困ったように鶫は笑い、転がったボールを拾い上げる。
「テレビで試合見る度、新しい技やろうとするのやめてよ……」
「何言ってんだ! 今から練習してなァ、他の奴らに出来ないこと、俺たちが一番に出来るようになるんだ!」
「てつくん、あれもこれもだと大変じゃない?」
「そんなことねえよ! 今使えない攻撃技だって、今から沢山練習してれば高校生くらいにはきっと――」
俺たちの立派な必殺技のひとつになってるぜ!
シューズがキュッとスキール音を立てて黒尾の勢いを殺し、ジャンプをしようとしていた足を止める。完全にフェイントをかけられた烏野側のブロッカーが黒尾の行動に目を見張る中、鶫はそのプレーに思わず大きな目を輝かせた。
「一人時間差……!」
速攻で跳ぶと見せかけて相手ブロックとタイミングをずらしてスパイクを打つ。最近ではそれほど一般的な攻撃方法ではなくなってきたが、ブロックを一人で騙す技になるのでそう何度も通用する攻撃方法ではない。
「さっきのAクイックの後に組み込んでくるなんて、人の心理を上手くついてる」
先程の黒尾の得点により音駒は20点台に乗り、烏野はいよいよ追い詰められた。この現状に烏養が苦い顔でタイムアウトは二回使ってしまったと呟くと、それが聞こえていた猫又監督はニヤニヤと笑みを浮かべる。
「! あっクソ! 何かニヤニヤ見られてる!」
「どうしましょう……あの一番くんが前衛に上がってから、何というか……攻撃に熟練感みたいなものがありますね」
「熟練……そうなんだよな」
一年がスタメンを占めてしかもこの前メンバーが揃ったばかりの烏野。チームとしてのレベルとしては限りなく一に近い。
「それに比べて音駒のチームレベルは十も二十も上なんだ」
「音駒は立派な大人猫、烏野は生まれたての雛烏……ですか」
「ああーそれ、そんな感じだ。守備力と攻撃の多彩さでは今はどう足掻いたって勝ち目はない」
今はまだ――な。
「?」
「だったら、我武者羅に食らいつくのみ!」
西谷のレシーブが上がり、それに追いつこうとした影山が踏み出そうとした瞬間、烏養がベンチから勢い良く立ち上がった。
「パワーとスピードでガンガン攻めろ!」
「!?」
烏養の言葉に即座に反応を示したのは田中で、力でねじ伏せろと言うことだなと笑って見せる。それに日向が悪役っぽいと溢すと烏養は良いじゃねーかと笑い飛ばし、田中以上にあくどい笑顔を浮かべ、烏っていうのも悪役っぽいしよと言って言葉を続ける。
「へたくそな速攻もレシーブも、そこを力技で何とかする! 荒削りで不格好な今のお前らの武器だ!」
その烏養の言葉を聞いて猫又監督がこっちの雰囲気に呑まれてくれたと思ったのになと溢した言葉は鶫の耳にしっかりと届いていた。
「今持ってるお前らの武器ありったけで、攻めて攻めて攻めまくれ!」