23
宮城には県予選がないので県大会からのスタート。
全国大会に進めるのは県内約六十チームの内、たった一チームだけ。
一回負けた時点で道は途切れてしまう。
「……音駒高校と戦うには、宮城で一番にならないと駄目」
東京は学校が多いから選出されるチームは二つ。当然戦うなら向こうにも勝ってもらう必要はあるけれど、鉄朗くんたちならきっと大丈夫。
「ブロックフォローちゃんと入れ! 見てんじゃねーぞ!」
「あス!」
「“これが最後の一球”! 常にそう思って喰らいつけ! そうじゃなきゃ今疎かにした一球が試合で泣く一球になるぞ!」
音駒との練習試合を経てから練習メニューにも変化があり、烏養と鶫が協力して作ったそれは部員たちを確実にレベルアップさせていた。
練習に熱を上げている部員たちの様子を見ながらデータを取りマネージャーとしての仕事をこなす彼女の仕事量はけして少なくないが、本人は慣れているからと疲れる様子を見せない。そんな鶫を心配して武田がこっそり清水に小まめに様子を見て欲しいと頼んでいるが、当然彼女本人には知らされていない。
「鶫。どう、仕事の方は?」
「潔子先輩」
何時ものように折を見て声をかけた清水は鶫の隣に立つと、彼女が書いていたデータブックを覗き込む。それには日付や各部員たちのことが事細かく書かれていて、これを何時も部活後に纏めていると思うと舌を巻かずにはいられなかった。
「何時も大変そうね。今日は何か変化はあった?」
「いえ、そんなことは。今日というか――」
「?」
「……何だか音駒との練習試合をしてから、飛雄くんの機嫌が悪い気がして」
「ああ……なるほど」
コートの外でも影山の機嫌の悪さは滲み出て分かりやすい。それは鶫だからという訳ではなく清水含め周囲の部員たちもそれは感じ取っているようで、不用意に神経を逆撫でするようなことが起きないようにしているものの――その原因が分かっていない鶫は首を傾げることしか出来なかった。
「今日も調子は良いのに、何処か機嫌が悪くて……」
「それは仕方ないかもね」
「どうしてですか?」
「内緒」
「ええ!?」
それだと解決法を探せないと困った表情を浮かべた鶫に清水は貴女が気付かないとねと少しだけ笑う。その様子をコートから見ていた田中と西谷は感動したと言わんばかりに顔を見合わせる。
「うおおおお! 潔子さんが笑ってる……!」
「鶫ちゃんも困った顔可愛いよな! 潔子さんと鶫ちゃんが一緒にいると一気に空気が華やかになる!」
「だな!」
「……あの人たち、頭大丈夫ですか」
「いや、うんまあ……どちらかといえば駄目かも」
興奮した様子で話に花を咲かせている田中と西谷を見て、冷ややかな表情でそう言った月島。それを否定出来なかった菅原は困ったように笑ってそう返すと、チラリと鶫へ視線を送って彼女の姿を視界に捉えた。
「……うん、俺も結構駄目かも」
「え?」
「え……あ、いや! こっちの話!」
思わず呟いてしまった本音。それが偶々耳に入らなかった月島が聞き返せば菅原は慌てて首を横に振ってそう答えると曖昧に笑い、それに月島は訝しげに眉を寄せた。
「うお」
「ホントだスゲー! 写真でけー!」
体育館の隅で何かを囲んで話をしている田中たち。その会話を聞いた日向と影山がひょっこり顔を覗かせて、何かあったのかと訊ねる。ちょうど体育館外から戻ってきた鶫もその集まりに気付いていたが、まだデータブックの纏めが終わっていないので近くに腰を下ろして筆箱を開けた。
「ホレ」
「高校注目選手ピックアップ……?」
田中が差し出したのは月刊バリボーという所謂バレー雑誌。その存在は当然鶫も知っていて、そういえば今月号にはまだ目を通していなかったと思いながら作業を続けた。
「今年の注目選手の中でも特に注目! ってなってる全国の三人の中に白鳥沢のウシワカが入ってんだよ」
「!」
――ウシワカ。
「……」
「白鳥沢って鶫ちゃんが受かってたけど、影山が落ちた高校!」
「うるせえ!」
あちらの会話で出た名前に思い当たることがあるのか鶫は一時ペンを止めていたが、日向と影山の騒がしさで我に返すと再びペンを動かし始める。
「……で、“ウシワカ”って?」
「なんだ知らねーのか」
「日向は“小さな巨人”ばっかだもんな」
「ウシワカっつーのは県内では間違いなく今ナンバーワンエースの――」
牛島若利だ。
「うーん、これぞまさにエース! って感じだよなァ……」
「おい何でこっち見てる!」
「影山、こんな奴いるトコ行こうとしてたんだなあ」
「そんでアレだろ。超高校級エースに向かって――もっと速く動け下手くそ! とか言っちゃうんだろ?」
菅原に続いて田中がそう揶揄すると影山は言いませんよと速攻で否定したが、それも日向や此処の面々がいなければどうなっていたかと鶫は思わず苦笑いを溢す。そんな会話の中でこれを倒さないと音駒とは戦えないと溢した日向の声を聞いていた烏養が、白鳥沢だけが強豪じゃねーぞと会話に加わった。
「他は……去年のベスト4とか?」
「それも勿論だが、今年は他にも強敵がいる。そうだな、まずは――」
守りと連携に優れた“和久南”。
高さはそれほどでもないが、レベルの高いレシーブでとにかく拾って繋ぐチーム。
「去年から主力だった中島猛が三年になってチームの完成度が一段と増してる。あとは――今言った和久南とは別のタイプで守りの堅いチーム」
鉄壁のひと言に尽きる――伊達工業。
「!」
「何処よりも高いブロックを誇るチームだ。……伊達工には確か今年三月の県民大で2-0で負けてるな」
「……」
「伊達工は本来ならベスト4レベルのチームだが、去年は三回戦で優勝校の白鳥沢と当たってベスト16で終わってる。だから今年はシードじゃない。つまり――」
組み合わせによっては一回戦で当たることある。
「この伊達工が入るブロックは強豪が二校入ることになる。間違いなく其処は激戦区だな」
「……」
「そんで次……ああ、こことは一回やってるか。セッターながら攻撃力でもチーム1。勿論セッターとしても優秀、恐らく総合力では県内トッププレイヤーの――」
及川徹率いる、青葉城西。
「此処は去年のベスト4だな」
「……」
「あとは言わずもがな」
超高校級エース、牛島若利擁する――王者、白鳥沢。
まあこんな感じかと手元の紙を畳む烏養に澤村と菅原はちゃんと相手校のことを調べていると感動していたが、それを何となく察した彼は、お前ら今何か失礼なこと考えてねえかとツッコんだ。その後、青葉城西と練習試合をした話に移ったので鶫は再びペンを走らせ、今日のデータを落としこんで行く。
「――と、まあこの辺が俺的今年の四強だ。と言ってみたものの上ばっか見てると足掬われることになる」
「!」
「大会に出て来る以上、負けに来るチームなんか居ねえ。全員勝ちに来るんだ。俺たちが必死こいて練習してる間は、当然他の連中も必死こいて練習してる」
弱小だろうが強豪だろうが、勝つつもりの奴等はな。
「それ忘れんなよ」
「オス」
「そんでそいつらの誰にも、もう飛べない烏なんて呼ばせんな」
「あス!」
「よーし、頑張るぞ!」
「気張り過ぎて吐くんじゃねえぞ」
「う、煩い!」
気合いを入れ直して返事をした面々は各々にまた会話を始め、日向はうきうきした様子で田中から見せてもらっている雑誌をペラペラ捲る。影山もそれを覗き込んでそう溢すと日向は恥ずかしそうに声を上げた。そんな二人の様子に田中と菅原がまたやってるのかと彼らの方に歩み寄れば、パラリと捲ったあるページで日向は目を丸くした。
「え……あっ!?」
「あ? 何だようるせえな」
「ここここここれ!」
「んだよ――あっ!?」
日向に続いて影山の大声に少し離れた場所にいた数人も何か面白い記事でもあったのかと興味を引かれてそちらに顔を向け、近くに寄ってきていた菅原と田中も日向が指し示したページを見て目を丸くする。しばらく雑誌のページを凝視していた日向は雑誌を持つ手を震わせて勢いよく顔を上げた。
「鶫ちゃんが載ってる!」
「え?」
日向の声に鶫はデータ整理が終わったノートから顔を上げ、影山に腕を引かれる形で雑誌を囲む輪に加わる。田中が持つ雑誌を指し示す日向の指先に目を向ければ、そこは高校注目選手ピックアップの特集の脇にある“注目サポーターズ”の記事だった。
「嘘、本当に載ってる……」
「これ、青城との練習試合の時か?」
背景は少々ぼやけているが、背景には青葉城西の青と白そして烏野の黒が映り込んでいる。鶫自身にピントが合わせられたその写真は烏野の部員たちに指示をしている時の物で、ちょうど烏養がまだ此処に来ていなかった頃――鶫が代理のコーチをしていた時だった。
「何々――」
「空を泳ぐ魚のように滑らかなプレーをし、海を飛ぶ鳥のように高く跳ぶ。常に全てを静観し、コートを統べる静かな策略者」
――その名は、“静淑無比の軍師”。
「せいしゅくむひ、の、ぐんし?」
「静淑っていうのは、物静かで淑やかなこと。無比は類まれなこととか比べるものがないこととか。……噛み砕くと“とても物静かな策略家”ってとこかな」
言葉の意味が分からなかった日向に菅原が丁寧に説明を入れれば日向はなるほどと頷いたものの、そんな大層な異名が鶫にあるとは知らなかったと目を丸くする。
「続きは?」
「えーと……」
静かに相手を追い詰める策略を練り、滑らかで強かなプレーに長ける舞雛鶫が、烏野高校のマネージャーを勤めていることが近日の取材で明らかとなった。
小学から攻撃と司令塔の要として圧倒的な才能を開花させ、飛躍的な成長をしてきた舞雛選手。しかし中学の一時を境に選手としての活躍は聞かず、男子バレー部のマネージャーとして指導や情報収集などと頭角を現している。烏野男子バレー部にその才能は生かされるのか、期待する所である。
「うわあ……こんなに書かれてる! 鶫ちゃん凄いね!」
「ううん、そんなことない」
「ええ!? でも異名カッコイイ! 羨ましい!」
良いなと声を弾ませる日向に対して鶫の表情は少しだけ曇っている。その表情の意味を唯一知っている影山が彼女を心配して声をかけようとしたが、その会話の輪に他の面々も加わってしまったのでタイミングを失ってしまった。
「前々から知ってはいたけど、こうやって雑誌に載るなんて凄いな。確かにこっちとしては凄く助かってるし……」
「凄げえな!」
「あれ、そういや鶫ちゃんってどうして――」
「皆、まだ居るー!?」
澤村に続いて西谷が目を輝かせた脇で何かに気付いたらしい田中が鶫に何かを聞こうとしたが、体育館のドアが勢いよく開いて武田が顔を見せたことでその会話は遮られた。
「遅くなってゴメン! 会議が長引いちゃって……それで出ました! IH予選の組み合わせ!」
「!」
武田が左手に掲げたIH予選の表を皆で囲み、対戦相手を確認する。一回戦の相手は常波高校、そして――。
「一回戦勝てば、二回戦伊達工も勝ち上がってくれば当たりますね」
隣の区画には伊達工業の文字が躍っていた。それに目敏く気付いた西谷がそう溢したが月島がそれだけじゃないですよねと話に加わり、不機嫌そうに眉を寄せる。
「うちのブロックのシードにいるの、青葉城西ですよ」
「ゲッ、マジかー……」
“鉄壁”のひと言に尽きる伊達工業。
及川徹率いる青葉城西。
その二校の存在を認識した日向と影山は少しの間を空けてザワリとその闘志を震わせたが、烏養はそんな二人を始めとした面々に目を向け、さっき言ったことを忘れていないだろうなと念を押す。それに澤村は静かに頷いて、真っ直ぐに烏養を見つめ返した。
「――分かってます」
目の前の一戦、絶対に獲ります。