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 ――IH予選、二週間前。

「ええと……」

 放課後になって直ぐ教室を出た鶫は学校近くのバス停で一番早く来るバスに乗り込んで烏野から離れ、自宅とは方向が違うバス停で降りた。

「此処が伊達工業高校……」

 工業高校って男子が多いって聞いたことはあるけど、実際に来てみるのは初めて。確かに言われてみれば女の子は少ないかもしれない。違う学校の制服で乗り込むのはちょっと勇気がいるけど……。

「皆が頑張っているんだから、私も頑張らないと」

 そう意気込んだ鶫が足を踏み出そうとした時、ポケットに入れていた携帯が振動して電話の着信を告げた。烏養からの連絡かと思って携帯を手に取ったが、表示されていた名前は影山だった。

「はい、もしもし」
『おう。もう向こう着いたか?』
「うん、今着いた所。しっかり練習を見てくるね」
『頼んだ。変な奴に声かけられやすいから気を付けろよ。男に声かけられてもシカトしろ』
「そんなことないから大丈夫」
『そんなことあるんだよ。何かあったらすぐに連絡しろ。俺――は練習があるから出られねえけど、烏養さんとか携帯持ってるはずだ』
「うん、ありがとう」
『気を付けて行ってこい』

 そう言って電話は切れ、鶫は何だかんだと心配してくれる幼なじみに感謝しつつ携帯をポケットにしまうと伊達工業高校の校門を潜った。



「……影山、ソワソワしてるな」
「今日は舞雛が外に出てるからそれでだろ」

 菅原と澤村の視線の先には明らかにソワソワしている影山の姿があった。今はまだ部活前の自主練習なので問題はないが、今の内にソワソワしていないと練習に支障をきたすのを本能的に察しているようにも見受けられる。

「ホント心配性だな、影山は。舞雛だってそんなに子どもじゃないっていうのに」
「……まあでも、気持ちは分からなくもないかな」
「スガ?」
「あ、いや何でもない!」

 菅原から飛び出した言葉に澤村が目を丸くすると彼は慌てて誤魔化すように笑って見せ、俺たちも自主練しようと駆け出して行く。その後ろ姿を見て澤村はしばらくきょとんとしていたが、三年間一緒だったチームメイトの心の変化を察するとふっと口元を緩めた。

「……スガも分かりやすいなー」

 今はいないマネージャーの一人を思い浮かべながら分かりやすくソワソワしている影山と内心では心配している菅原を見比べた澤村は笑みを溢し、自主練するぞと遠くで声をかけてきた菅原に応えてそちらへと足を向けた。

 そんなやり取りがされているとは知らない鶫は、無事に体育館らしい建物を見つけてほっと息をついていた。何処から入れば目立たないかとそれとなく周囲を見回していたが、背後に人の気配があることに気付いて身構えた時肩を叩かれた。

「……」
「……?」

 肩を叩いてきたのは寡黙な長身の男子生徒。何か用があるのかと相手が話し出すのを鶫は待っていたが相手が話さないことに首を傾げた時、男子生徒は静かに体育館を指し示した。

「あ……はい、体育館に行こうと思っていて」
「……」

 相手の言いたいことを何となく察した鶫がそう返せば男子生徒はひとつ頷いて手招きをして、鶫の先を歩き始める。案内をしてくれるらしい相手の厚意に甘え鶫が彼の後をついていくと、やはり鶫が目星をつけていた場所は体育館だった。体育館の中では男子バレー部と思われる男子生徒たちが数人集まっていたが、まだ練習時間前なのか人は疎らでそれほど多くない。

 此処まで案内をしてくれた男子生徒は中を指し示して体育館の中に入るかと問いかけて来ていたが、流石に正面から堂々と入るわけにはいかないと鶫が首を横に振ろうとした時、男子生徒の姿に気付いた別の男子生徒が後方から声をかけてきた。

「青根が女子と一緒にいるなんて珍しー」
「!」

 ――青根って、もしかして。

 声をかけてきた男子生徒は明るい髪を揺らしながら青根と呼んだ男子生徒の背中を軽く叩き、左胸に“伊達工業”の文字が躍っている白と緑のジャージに身を包んでいた。どう見てもバレー部の部員であることが明らかなその男子生徒に気付いた鶫は少しだけ身を引いたが、その男子生徒は青根の隣にいた鶫に顔を向けると少しだけ驚いた様子で目を丸くした。

「あれ、もしかして君って舞雛鶫?」
「!」
「……?」
「え、青根知らない? この前の月バリに載ってたじゃん」
「!」
「思い出した? あれあれ」

 敵陣で早々に身元がバレてしまった鶫はどうしたら良いものかと複雑な表情を浮かべていたが、明るい髪の男子生徒は鞄から月バリを取り出し鶫が載っているページを開きその写真と目の前にいる鶫を見比べる。

「へー、写真でも中々可愛いとは思ってたけど」
「あ、あの……」
「せっかくだし、アドレス交換してよ」
「え? あの――」
「はいはい、携帯出して。俺のアドレスこれね」

 あれよあれよという間に鶫の携帯に男子生徒のアドレスが入れられ、鶫は内心で影山に謝りながらそのアドレスに書かれた名前に目を向けた。

「二口、堅冶」
「二年の二口堅冶。宜しく」
「!」

 伊達工のチーム表にその名前があったことを思い出した鶫は目の前にいる彼がその人物だということを知ると、この二人が伊達工で主力の鉄壁かと静かに息を飲んだ。

「コイツは二年の青根高伸、同じバレー部」
「……」
「宜しくお願いします、青根先輩」

 丁寧に頭を下げてきた青根に鶫も頭を下げると、コイツを怖がらないなんて相当肝据わってんねと二口は笑う。その笑みに少しだけこちらを試すような視線が向けられていたが鶫は怖気づくことなく彼を見据え、そんな彼女の様子に二口はやっぱり肝据わってると溢し唇で弧を描く。

「舞雛の目に俺たちはどう映るんだろうな」
「お邪魔します」
「どーぞ。あ、別に挨拶とか要らないから大丈夫。青根も着替えてこいよー」
「……」

 ちょっとした宣戦布告を受けた鶫は伊達工業の体育館に足を踏み入れた。


 

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