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「お疲れした!」
「シターッ!」

 何時も通りの練習が終わり各々が続けて自主練習に励む頃、指導を終えた烏養が体育館外で一服する為に出て行こうとした時ドアの前で鶫と鉢合わせた。時間も遅くなるので直帰して良いと事前に言ってあったが律儀に戻ってきたらしい。

「舞雛。お前わざわざ戻ってきたのか?」
「はい。まだ自主練習には間に合うかと思って」
「鶫?」

 驚いた様子の烏養に鶫がそう返すと彼女の声を聞き取った影山がドアの方へ顔を向け、ボールを持ったままこちらに駆け寄ってきた。その影山に気付いて他の面々も鶫が来たことに気付きちらほらと歩み寄っていく。

「ただいま、飛雄くん」
「おう、お帰り。外寒いから中入れ」
「うん、ありがとう。烏養さん、一服を終えてからで構いませんのでお話出来る時間はありますか?」
「ああ、大丈夫だ。此処は寒いから中入ってろ」
「はい」

 ドアで烏養とすれ違うように中に入った鶫は荷物を抱え直して歩み寄ってきた面々にお疲れ様ですと声をかけ、影山が鶫の荷物を攫い手近な場所に置きに行くとそれを見計らって菅原が彼女に歩み寄ってきた。

「!」
「お疲れ。工業系の学校って男子多いらしいけど大丈夫だった?」
「はい大丈夫です。親切な方もいましたし、ちゃんと練習も見てきました」
「そっか。疲れたりしてない? 何時も通り自主練でほとんど残るから、舞雛は休んでな」
「ありがとうございます。……あれ、菅原先輩」
「ん?」

 菅原の気遣い甘えて素直に頷いた時、ふと彼の右腕に目が留まった。菅原もそちらに目を向ければ、右腕の肘より下の部分、下から上に向けて薄く擦過傷がついていた。よく見れば右手の小指側の側面にも似たような傷がついている。

「怪我してます。痛くないですか?」
「!」

 怪我に触れないように菅原の腕に鶫がそっと触れれば、菅原は思わずビクリと体を震わせた。その震えに当然鶫は気付いたが菅原は何でもないと曖昧に微笑んで誤魔化す。

「一応冷やしたから」
「何時擦ったんですか?」
「二時間前くらいかな」
「そんなに放っておいたんですか? 潔子先輩がいたんですから、手当てしてもらわないと駄目ですよ!」
「あ、ちょっと!」

 擦過傷とはいえ甘く見てはいけないと救急箱を何時も置いている場所へ菅原を引っ張っていく鶫。その小柄で頼もしい背中に引き摺られている菅原は最初は呆然としていたものの、困りながらも嬉しそうに表情を緩めた。

 その小柄な背中は彼女の荷物を置いて戻ってきた影山も目にすることになり、偶然その場を目にした澤村は不機嫌そうな影山の姿を見て思わずぎょっと目を見開いた。

「……」
「影山……何となく気持ちは分かるが落ち着け」
「別に何とも思ってないっスけど」

 明らかに不機嫌そうな顔で言われても説得力がないぞと澤村は苦笑いをしたが、本人がそう言い張るのであればこれ以上自分が何かを言っても仕方ないだろうと静かに息を吐く。

「……うん、まあお前がそう言うなら良いけど」
「うス」
「……」

 これは何と言うか。

「色々と厄介なことになりそうだなあ」
「?」
「いや、俺の独り言だから気にしなくて良い」



「じゃあ俺たちこっちなんで、ここで失礼します」
「おう、気を付けてな」
「あざす。お疲れした!」
「お疲れ様でした」

 影山と鶫は部活の帰り道で何時もの場所で部員たちと別れ、何時もよりもやや歩調が速い影山に鶫は少しだけ戸惑いながらも彼の不機嫌さを何となく感じ取っていた。

「ねえ、飛雄くん」
「んだよ」
「音駒との練習試合から機嫌が悪いのはどうして?」
「!」
「ずーっと機嫌が悪いのにその理由が分からない。何があったの?」
「それは……」

 俺にも分からねえことを教えろって言われても無理だ。

「え?」
「分かんねえんだよ!」
「……分からないのに機嫌が悪いの?」
「……」

 音駒の主将とセッターがお前の幼なじみで、主将がお前にちょっかい出して、スガさんはお前を甘やかす。それを見るだけで胸の辺りがモヤモヤして、妙にイライラする。

「……」
「飛雄くん?」

 自分でも分からないこのモヤモヤとイライラを説明しろって言われても、できる気がしねえ。

「と、とにかく分かんねえんだよ! 分かれ!」
「……」
「……な、なんだよ」
「……ふ、ふふ」
「!」

 しばらくきょとんとしていた鶫だが影山の戸惑った様子を見てふっと表情を緩めて笑い出し、笑われた影山は恥ずかしそうに眉を寄せた。

「わ、笑うな!」
「ごめんなさい……面白かったからつい」
「ぐっ……」

 くすくすと笑い続ける鶫にますます居たたまれなくなった影山が視線を逸らした時、鶫は笑いながらごめんねと言って彼の右手を両手で握る。影山は自分の右手が鶫の両手でようやく包み込める程度に小さいことにふと気が付き、一瞬だけ息が止まった。

「もう……不機嫌な理由が分からないのに不機嫌だったなんて笑っちゃう」
「鶫」
「よく分からないけど、でももうどうでも良くなっちゃった」
「お、おう」
「でも早めに機嫌は直してね」

 皆心配してるからと手を握ってきた鶫に心臓が一度だけ大きく跳ねた影山は息を飲み、じっと見上げてくる彼女の視線に耐え切れずひとつ頷いた。それを見た鶫は嬉しそうに笑うとスルリと手を離し、ふっと目尻を下げるように微笑んだ。

「遅くならないうちに帰らないと」
「お、おい」
「なに?」
「……な、何でもねえ」
「じゃあ行こ、飛雄くん」
「おう」

 ――小せえ手。でも数え切れねえくらいにボールを扱ってきた手。俺の好きな手だ。

 昔からずっと鶫の背中追いかけてきて何時の間にか背も体格も抜かしたってのに、まだこいつには敵わなくてその背中を追いかけてる。コートに立てなくなったって、何時だってお前はその足で高く跳ぼうとしてる。

「飛雄くん?」
「何でもねえよ。行くぞ」
「? うん、分かった」

 ……何か、変な感じだ。

「……悪かった」
「ううん、もう良いの」
「今度は、その……不機嫌になったら気をつける」
「うん」
「あんま心配させねえようにする」
「うん。ありがとう、飛雄くん」

 コイツとの夢を叶えるためにコートに立てなくなったコイツの分までプレーするって決めて、それ以外に何か考えることなんてなかったはずなのに。

 バレーの技術とか才能とか尊敬するトコは変わらねえのに、何時の間にか小さくなった鶫を守ってやりてえとか思うようになって。可愛いなんて今まで少しも思ったことなかった癖に――。

「……」
「飛雄くん?」
「あ、いや……」

 ――思ってなかった時なんてあったか?

「飛雄くん、どうしたの?」

 小学校からずっと一緒にいた。何があっても鶫は傍にいるのが当たり前だった。何時の間にかコイツのことが妙に心配になって、ちょこちょこ動くコイツから目が離せなくなって。

「……」

 どっかで、可愛いなんて思ったりした。

「……俺、どうかしてんのか」
「え?」

 ホント、どうしたんだよ。


  

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