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IH前だってのに、俺はおかしい。
「鶫。さっきのことだけど――」
「はい、何でしょうか?」
ぱたぱたと忙しそうに歩き回ってる鶫。IH前だから何時もより忙しそうにしてるのは分かってるけど、問題はそこじゃねえ。
何時もより鶫に目が行く。ふわふわしてて危なっかしいしバレーに熱心なのは何時ものことだ。何時もと変わらないはずだ。そのはずなのに、変に――目が引かれる。この感じ、何なんだ。
「……あれ、また見てる」
「何がですか、旭さん」
練習の合間にふと手を止めた東峰がそう呟くと、近くに居た西谷がひょっこり顔を覗かせて東峰の視線の先を見た。其処にはマネージャーの仕事ででいくつか話をしている鶫と清水の姿があり、其処から少し離れた場所で影山が手を止めて鶫をじっと見つめていた。影山が鶫を見てるなんて別に何時ものことじゃないですかと西谷が溢したが、東峰は少し首を傾げて眉を寄せる。
「うーん、そうじゃなくて……」
「?」
「見てるのは何時ものことと言えばそうなんだけど……」
意味合いが違うような気がして。
「……いや、何でもない。西谷、サーブ拾ってくれるか?」
「オス!」
東峰はそう言いかけた口を閉じた代わりに西谷にそう言うと自分の反対側のコートに回った西谷を視界の端で追い、まだ鶫を見つめている影山をチラリと見た。
困ったような、でも何処かちょっと嬉しそうな。
何時もの影山の様子とかなり違う気がしたのは俺だけなのかな。
「旭さーん! 何時でも良いですよ!」
「お、おう!」
反対側に回った西谷からそう声をかけられた東峰は慌てて視線を正面に戻し、サーブを待ち構えている西谷に向かってサーブを打った。
「それでね、皆に内緒にしておきたいから後で時間取って綺麗にしておこうと思って」
「分かりました。取り敢えず今日は私が持ち帰ります。やれる所までやっておきますね」
「ありがとう。武田先生には先に話してあるからそっちは大丈夫。前日までに間に合わせたいから、鶫の仕事を増やしちゃうけど……」
「気にしないで下さい。私もお手伝いしたかったので」
「うん、ありがとう。じゃあそれでお願い」
「はい、分かりました」
清水との話を終えた鶫は彼女の背中を見送るとデータブックを抱えていた腕に力を込め、気合いを入れ直すように口元に笑みを浮かべる。そしてボールやシューズの音が響く体育館で部員の練習を見ていた烏養に声をかけた。
「烏養さん。お待たせしました」
「おう、終わったか」
IHに向けて色々と話したいことがあると言われていた鶫は烏養の言葉にひとつ頷くと、烏養と共に体育館の隅で今後の練習内容や指導方法についてデータブックを見たりメモを取ったりしながら話を進めた。いくつかの項目を上げてそれについてどう練習に組み込んで行くかと事細かく決めている内に烏養はノートから顔を上げると、メモを取っている鶫へ視線を向ける。
「お前、俺が来る前は此処でコーチやってたんだよな」
「コーチと言っても指導はほとんど澤村先輩がしていました。私は練習内容を組んだりサポートをするだけで大したことは……」
「うーん……」
「どうかしたんですか?」
「これから攻撃パターンを作って行く脇で個別に指導もして行こうと思ってるんだが、お前にも指導についてもらおうかと考えてる」
それを聞いて鶫が驚いて目を丸くすると烏養は俺は体ひとつしかねえからなと言ってニヤリと笑うが、鶫は若輩者の自分が指導者として立って良いのかと複雑な表情を浮かべた。
「お前ならやれるだろ」
「でも……」
「分析やら練習の微調整やら色々任せてるが、直接指導した方が都合良いこともあるだろ」
「それは、そうですけど」
「決まりだな。早速明日から練習メニューと方法を変える。頼んだぞ」
「は、はい!」
「――という訳で、俺と舞雛の二手に分かれて指導することにした」
「よ、宜しくお願いします!」
「一年でマネージャーでも、指導する時はコーチと同じ立場だからな」
「あス!」
早速翌日から鶫が烏養と手分けをして指導に就くことになったが、鶫は内心で、一年でマネージャーという立場でしかない自分がプレイヤーであり先輩が多いこの環境で臆せずきちんと役目を果たせるだろうかと不安を抱いていた。
決まってしまったことはもうやるしかないと一先ず腹は括ったが、やはり不安と心配は拭えないものがある。
「舞雛」
「菅原先輩」
「ちょっと緊張してる?」
アップ前に菅原に声をかけられた鶫が彼の方へ顔を向ければ何時もより表情が強張っていたのか内心で考えていたことを彼に見抜かれてしまい、しまったと言うように片手を口に当てたがもう遅かった。
「ははは、まあ分かるよ。野郎で年上ばっかだし」
「すみません……」
「良いって。でもまあ、烏養さんがああ言うだけのやりたいことがあるってことは皆分かってるよ」
だから肩の力抜いてやりたいことやりな。
「!」
「その方が俺らも遣り甲斐あるし!」
「そ、そうですか?」
「おう!」
「……分かりました。頑張ります!」
「それで良し!」
じゃあ俺もアップ取ってくるからと手を振った菅原に励まされた鶫はよしと気合いを入れ直し、そのやり取りを遠くで見ていた烏養は菅原のファインプレーにほっと胸を撫で下ろした。
アップ後に烏養側と鶫側で人数を半分に分けて指導が始まると体育館内の空気はガラリと変わり、普段よりも熱の入った声とシューズのスキール音が飛び交い始める。中でもサーブ台に乗りサーブ練を行う鶫は先程までの不安そうな様子から一転し、厳しい声と指示を飛ばしていた。
「反応が遅い! 泣きの一球になりますよ!」
「オス!」
「次!」
相手はほとんど異性の上級生だというのに一歩も引かず、凛とした姿勢とよく通る声は体育館に響き渡る。サーブ台に乗っているとはいえそのサーブの威力は目を見張るものがあり、傍で別の指導に当たっている烏養は良い意味で驚かされたというように目を丸くしていた。
「何つーか……化けたな」
細腕でえげつないサーブを打ちやがると烏養は苦笑いを浮かべ、目の前を横切った東峰を呼び止めた。
「東峰」
「ハイ」
「お前、バックアタックは得意か?」
「?」
IHまで二週間を切った頃、烏養と肩を並べるようにして練習指導に加わった鶫は日々あれこれと練習内容を見つめ直して頭を悩ませていた。
「……」
指導に加わるのが久しぶりすぎて、自分の力が足りていないのをこれでもかというくらいに思い知らされる。まだまだ勉強不足だし体力も選手の頃より随分落ちちゃったから、体も頭も追いつかない部分が多すぎる。
「うーん……」
「一人で何呻ってんの」
「何か悩みごととか?」
珍しく影山の昼食の誘いを断り一人で食事を終えた鶫がノートを前に頭を悩ませていると、購買から戻ってきた月島と山口が声をかけてきた。彼らの声で顔を上げた鶫は困ったように微笑んで、バレーのことでちょっとと返すと月島は僅かに眉を寄せた。
「げ。教室でも部活のこと考えてたわけ?」
「うん。皆にちゃんと――って言うのは少しおかしいけど、効率良く指導できるようにしたくて」
「……舞雛がそうしたいならそうすれば」
「何か手伝えることがあれば言ってね。手伝うから」
「うん、ありがとう」
何かあったら言うねと微笑む鶫に月島は何か言いたげな顔をしたがそのまま自分の席で山口と共に昼食を摂り始め、隣の席でノートと睨めっこをする鶫をそれとなく気にしていた。そんな月島の様子に当然山口が気付いて気になるなら声かければ良いのにと苦笑いを溢せば、月島は渋い顔をして購買のビニール袋に手を突っ込んだ。
「舞雛」
「え?」
「これ」
「!」
月島からひょいと投げられた物を反射的に受け止めた鶫が改めてその物を見ると、それは生クリームと苺ジャムが入っているシュークリームの袋だった。
「シュークリーム?」
「要らないなら返して」
「……ふふ、ありがとう月島君」
「別に。甘い物取った方が効率良いでしょ」
「うん、ありがとう。シュークリーム大好きだから嬉しい」
何時もは他人と一線を引いているような月島くんだけど、ちゃんと周りを見て気遣いもできる人。まだチームメイトにはそんなところが向けられていないけど、少しずつ皆にも向けられていくと良いな。
優しく気遣ってくれた月島くんも含めて、皆のために私ができる精一杯のことをしてみよう。
「……よし、もうひと頑張り!」
「それ食べてからにしなよ」
「うん!」