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「おつかれした!」
「シター!」

 何時もの練習が終わりそれぞれが自主練をする為にコートへ駆けて行く中で烏養が大きな欠伸をすれば、それを偶然見ていた武田が彼の体調を心配して駆け寄ってきた。

「烏養くん、お疲れですね……。最近は部活のスタート時間から来てもらってますけど、お仕事の方は大丈夫ですか?」
「ああ。俺今まで店専門だったけど最近は早朝に畑もやってるから、その分店は夕方までで良いって言ってくれてんだ」

 まあ実家だからって我が儘ばっか言ってられないけどと言いながらノートに視線を落とした烏養に武田は頭を下げ、お礼と共にお酒を持参すると言えば烏養は目を輝かせる。それで幾分か元気になった烏養に武田はほっとするとホワイトボードへ目を向け、其処に書かれている攻撃パターンを眺める。

「それにしても攻撃パターンって沢山あるんですねえー。これ全部使うんですか?」
「……場合による」

 ――上ばっか見てると足掬われることになる。

「選手たちには目の前の一戦に集中してもらわなくちゃ困る。でも俺たちまで目の前の試合で一杯になる訳にはいかないからな」
「そう、ですよね」
「その点に関しては舞雛もよく分かってる。先まで見据えつつ目の前の一戦に対応した対策を練りに練ってるからな」

 先程開いたノートをパラリと捲りながら烏養がコートへ目を向けると西谷に何か話をしている鶫の姿があり、西谷もそれを真剣な表情で聞いている。凛とした表情で指導をする鶫の姿には烏養も舌を巻いていた。

「“静淑無比の軍師”に見劣りしない技術力と才能、それに加えてかなりの努力家だ」

 ふっと表情を緩めた烏養がコートへ目を向けると其処では菅原と日向が速攻の練習をしていて、以前よりもタイミングや呼吸が合っていることがよく分かった。

「ナイス日向! 凄い凄い!」
「今のトスの感じすっごい良かったです!」
「おおー、日向と菅原の速攻もサマになってきたな」

「東峰さん今のトスどうですか高くないですか低くないですかどうですか」
「あっ、えーっと、うん、大丈夫――」
「何かあればどんな些細なことでも全部言ってください直しますから!」
「そ、あー……じゃあもう少し高い方が良いかな。あとネットからも少し離れてると――」
「分かりました!!」

その脇では同じく速攻の練習をしている影山と東峰がいて、影山の押しにたじたじになりながらもトスのリクエストをしている東峰の姿が見えた。一先ず形になってきた彼らに烏養が息をつくと澤村が居残りを終わらせるように声をかけて部員たちはようやく後片付けを始める。そんな中で菅原が外を歩く清水の姿を見つけ、体育館のドアへ駆けて行った。

「清水ー。大地が肉まん奢ってくれるって言うんだけど……」
「ごめん。私、やることあるから……」
「ふーん。お疲れ」
「お疲れ」



 そしてIH前日。

 烏養の話が良く休むようにという言葉で締められ澤村が解散を言おうとしたのを武田が慌てて遮り、周囲の目が彼の方へと向いた。

「あっ、ちょっと待って! もうひとつ良いかな?」
「?」
「清水さんと舞雛さんから!」

 その名前が出た途端、田中と西谷は目を輝かせ周囲の面々は不思議そうに目を丸くしている。それに鶫が清水をチラリと見上げると彼女は少しだけ頷いて、部員たちに激励とか得意じゃなくてと言葉を溢すと、鶫が脇に置いていた紙袋からある物を取り出した。

「先生、お願いします」
「任せて!」
「?」

 鶫が取り出した物を担いで梯子を上がる武田を追うように鶫と清水も梯子を昇って二階に上がり、黒い布状の何かを広げていく。何が始まるのかと不思議そうにしている部員たちを下に見ながら配置についた三人はアイコンタクトを交わして頷いた。

「せーの!」

 武田の合図で勢い良く広がった一面の黒。その中央には白字で――。

 ――飛べ

「!」

 右下には烏野高校男子バレーボール部OB会と書かれていて、部員たちはこんな物があったのかと目を輝かせた。それに清水が掃除をしていたら見つけて鶫と手分けをして綺麗にしたと話しをした。

「うおおおお! 燃えてきたああ!」
「良い仕事するっス!」
「よっしゃあああああ! じゃあ気合い入れて――」
「……まだだ」

 気合い十分の田中と西谷に澤村が小さな声でそう言うのを鶫は聞き逃さなかった。当然清水と武田には聞こえない声量だったが、まだ終わってないと続けて言って顔を上げた澤村に田中と西谷は不思議そうに首を傾げる。

「……が」
「?」
「がんばれ」

 照れくさそうに清水が言ったそのひと言。それだけを言うと彼女は梯子を下りてしまい、その場に取り残された鶫は下が静まり返ったことに気付き下に視線を向けた瞬間、三年と二年の面々がぶわっと涙を溢れさせ鶫を含めた一年の部員たちを驚かせた。

「清水……っ!」
「こんなのハジメテッ……」
「……っ! ……!」

 澤村までもが感極まって嬉し涙を流し、田中と西谷に至っては声すら出ていない。そして感極まって出ていた涙は何時の間にか号泣に変わって行き、月島が収集つかないんだけどど叫ぶ。そんな様子を二階で見ていた鶫は呆然としていたが武田と目が合い、ふっと表情を緩めた。

「一回戦、絶対勝つぞ!」
「うおおおおおス!」

 声を張って気合いを入れている面々を見て、清水のサプライズを手伝えたことやそれを部員たちに喜んでもらえたことに嬉しくなった鶫はふっと表情を緩めると自分もやれることをやらなければとそっとその場から離れる。

 それに偶然気付いたのは菅原で、気合いを入れている彼らをチラリと見て更に飛び上がった衝撃で日向に追突された影山が彼に怒っている中、一人その輪からそっと外れて小さな背中を追いかけた。

「……部室棟?」

 鶫の背中を追いかけて菅原が辿り着いたのはバレー部の部室もある部室棟。此処に何の用だろうと首を傾げながら階段を上がりバレー部の部室まで行くと、ドアの向こうに人の気配を確認してからドアノブを捻ってドアを開けた。

「わっ!」
「!」
「す、菅原先輩……!」

 バレー部の部室の中には鶫がいたが、彼女は驚いて声を上げると同時に何かを隠すように体の位置を変えた。まさかそんなに驚かれるとは思っていなかった菅原が鶫の顔から下へ視線を落とすと、その小さな手に握られている物に目が止まった。

「それ……」
「……誰も来ないと思ってこっそり準備してたんですけど」

 鶫の小さな手に握られていた何かは中身までは分からないが、彼女の片手くらいの大きさをしている。よく見れば部室の端にあったパイプ椅子をいくつか立ててその上に同じ包みがいくつか積まれていて、それは部活前にはなかった物だった。

「舞雛が体育館から出て行くのが見えて追いかけたんだけど……何かごめん」
「い、いえ! でもまだ皆さんには内緒にしておいてくださいね」
「それは良いけど……なに用意してたか聞いても良い?」
「はい。ええと、これです」

 鶫が菅原に見せた包みには数枚のクッキーが包まれていた。綺麗な焼き目がついているクッキーは食欲をそそられる色をしていて、包みには名前が書かれたタグがつけられている。

「これ皆に用意したの?」
「はい。潔子先輩があの横断幕を見つけた時に私も何か出来たらと思って。あまりお腹の足しにはならないんですけど、疲労回復に良いレモンとはちみつを使ってみたんです」

 皆さんが帰って来た時に驚かせようと思ったんですけどと苦笑いをする鶫は自分が持っていた包みを椅子の上に積み、そうだと言葉を溢すと自分のポケットから何かを取り出した。

「菅原先輩」
「?」
「これ、良かったらどうぞ」
「え?」

 まるで悪戯をしているところを見つかった子どもみたいな顔をした舞雛。
 少しだけ緩みかけた顔を慌てて締め直して舞雛の小さな手から差し出されたのは、ひとつの飴だった。

「飴?」
「皆には内緒です」
「!」

 ――皆には内緒です。

 あの時はホットミルク。前よりもちょっとだけ砕けた口調で言いながら渡された飴。
 どちらも特別な物じゃない、ありふれた物。

 それでも皆には秘密、俺だけが独り占め出来てる秘密。それがどれだけの効果があるなんて舞雛は絶対に分かってない。分かってないでやってるから俺の心を擽る。

「……舞雛」
「はい」
「明日からのインターハイ、俺はスタメンで出られない」
「……はい」

 三年でスタメンに出られない。それは舞雛も関わってるから空気が少しだけ重くなった。確かに悔しいし自分の力で勝てたらとも思ってる――だけど。

「俺は一緒に戦うつもりでいるし勝つつもりでいる。最後だからこそ最善の方法でひとつでも勝ちを多く獲って行きたい」
「菅原先輩……」
「だから俺はこれで良いんだ。舞雛も一緒に頑張ろうな」
「っはい!」
「それで良し!」

 ぐっと息を飲んで返事をした鶫に菅原は笑うと彼女の頭をくしゃくしゃと撫でて、それに恥ずかしそうに笑うその顔を見てその手が止まった。

「……絶対、勝つから」
「菅原先輩?」
「舞雛と一緒に全国に行く」

 ――たとえ才能がある後輩だとしても、譲れない。

「?」
「あっ! そろそろ皆戻ってくると思うし、舞雛はバレる前に出てかないとだよな。俺も後から戻るから!」
「ありがとうございます」

 先に戻ってますねと部室から出て行った舞雛の背中を見送った俺はさっきまで舞雛の頭を撫でてた手をそっと握って、男臭い部室にほんの少しだけ残った甘い匂いで少し目眩がした。

「……絶対勝つから、鶫」

 あの子の幼なじみと同じようにそっと名前を呼び捨ててみたけど、何か気恥ずかしくて自分で言っておいて苦笑いをした。全国に行けたら、名前を呼び捨てても良いか聞いてみようかな……うん、そうしよう。

 俺だって同じコートにいるんだから、戦わないでどうするんだ。

「――よし、元気出てきた」

 その後片づけを終えた部員たちは鶫からのサプライズを受けて喜び、帰り道で有り余るほどのお礼を言われた鶫は喜んでもらえて良かったとはにかんだ笑みを浮かべた。

 そして何時もの分かれ道で部員たちと別れた鶫と影山は肩を並べて夜道を歩く。少しだけ静かな帰り道だったが不思議と嫌な感じはしなかった。

「明日も迎え行くからな」
「ありがとう」

 何時も通りの帰り道、何時ものやり取り。でも少しだけ心地いい緊張感が肌を撫でていた。

「頑張ってね、飛雄くん」
「おう。お前をデケエ体育館に絶対連れて行く」
「楽しみにしてるね」
「お前も一緒に頑張るんだからな」
「うん」

 コートには立てないけど、一緒に戦う。

「一緒に戦うぞ、鶫」
「勿論」

 私と一緒に、広いコートで戦って。

「ああ」
「ありがとう」



 ――翌、六月二日。

「鶫!」
「おはよう、飛雄くん」

 全国高等学校総合体育大会――通称インターハイ。

「それ持つ。忘れ物はねえな?」
「ありがとう。昨日と今日の朝に確認したから荷物は大丈夫。相手チームの分析もしっかりしてきたから任せて」
「おう。じゃあ行くぞ」

 バレーボール競技、宮城予選。

「お前を信用してる」
「私も飛雄くんを信じてる」

 一日目。


 

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