02
今まで一緒に戦ったチームメイトと別れて一ヶ月後。桜が舞う暖かい日差しと一緒に、宮城県立・烏野高等学校での生活が始まった。
「……俺は3組か。お前4組だったよな」
「うん。進学クラスだから飛雄くんと別れるのは分かっていたけど、隣のクラスで良かった」
「まあな。俺はホームルーム終わったら直ぐ第二体育館行く。一緒に行くなら迎え行く」
「提出しないといけない書類があるから先に行ってて。後から行くから」
「分かった」
じゃあ後でなと4組の前で別れた鶫は彼の背中を見送り、教室に入る前に近くにあったお手洗いに立ち寄った。校内案内図を頼りにしていたがそれほど迷わなくて良かったとひと安心して気が抜けていたこともあり、廊下の曲がり角から現れた人影に気づくのが一瞬だけ遅れた。
「!」
正面からぶつかることは運よく避けられたものの反射的に身を引いたので鶫は壁に手をつき、相手は急に足を止めたために手に持っていた物を足元にバサバサと音を立てながら取り落とした。
「ごめんなさい!」
「……別に良いけど」
鶫が慌てて顔を上げた先に立っていたのは、ヘッドホンを首にかけた背の高い男子生徒だった。少し驚いた様子だったが直ぐに気にも留めないように背を屈めて落とした物を拾い始め、鶫も慌てて膝を折り彼の教科書やノートを拾い上げる。
申し訳ないことをしてしまったと思いながらそれらを拾い集める鶫の目にふと留まったのは、ノートに油性ペンで書かれた名前。思わず拾い集める手を止めてそれをじっと見ていると相手はその間に落とした物を全て拾い終えていたようで、訝し気に鶫を見下ろしていた。
「……ねえ、それ」
「あ。ごめんなさい……。あの、怪我は?」
「平気。ぶつからなかったし」
拾い集めた物を手渡しながら鶫がそう声をかけると彼は素っ気なくそう返事をして、片腕でそれを纏めて持ち直す。鶫はそんな彼をじっと見上げていて、当然その視線に気づいた彼が何かあるのと言うように首を傾げると、鶫ははっと我に返ってからにっこりと微笑んだ。
「素敵な名前だなと思ったの。蛍って書いて“けい”くんって読むんですね」
「え」
「ごめんなさい、思わず引き止めちゃった……。さっきは本当にごめんなさい。失礼しますね」
相手の都合もあるだろうと早々にその場から離れた鶫。その小柄な背中を呆然と見送っていた男子生徒だったが、しばらくすると静かに息を吐いて、先程落とした物を抱え直す。
「……ぶつかりそうになった時、まさかとは思ったけど」
此処で会うとは思わなかった。
黒板に張り出されている座席表。出席番号がランダムに配置されているなかから出席番号を探して自分の席に着いた鶫は、隣の席に誰かが荷物を置いたことに気づいて顔を上げた。
「同じクラスだったんだ」
「……さっきの」
「どうも」
隣の席に着いたのは先程曲がり角でぶつかりそうになった男子生徒だった。鶫は凄い偶然だと目を丸くしているが彼は然程気にした様子もなくそのまま椅子に腰を下ろして、骨ばった指先でバッグのファスナーを開けた。
「――月島蛍。名前は知ってると思うけど」
「舞雛鶫です。宜しくお願いします、月島くん」
「別に敬語じゃなくて良いよ。同級生でしょ」
「……じゃあ改めて。宜しくね、月島くん」
「こちらこそ」
まあまあ長い付き合いになるだろうしねと月島が呟いたが、鶫はイマイチその言葉の意味が分からず首を傾げる。
「それで、さっきのことだけど」
「さっき?」
「ぶつかりそうになった時のこと」
何で僕の名前、読めたわけ?
「名前?」
「そう」
“ほたる”と読まれることはあっても“けい”と読まれることはほとんどない名前。それを当然のように読んだ鶫に、月島は純粋な興味を抱いていた。
月島の問いかけが意図していることは分からなかった鶫はきょとんとしながら、彼の問いかけに素直に答えを出した。
「ほたるとは読まないと思ったの」
「何で?」
「ほたるみたいに、朧気な光には見えなかったから」
「……」
「……何か変なこと言った?」
「ふっ」
「?」
「いや、ちょっと面白いなと思っただけ」
息を抜くように控えめに笑った月島に鶫が更に首を傾げた時、月島元へ一人の男子生徒が駆け寄ってきた。そばかすの顔に満面の笑みを浮かべている彼は鶫に気が付くと、あっと声を上げる。
「ツッキーの友達!?」
「山口、煩い」
「ええと……月島くんのお友達?」
鶫がそう訊ねると彼はぱっと表情を明るくしたが、対して月島は少々気怠そうな表情をしたものの何も言うことはなかった。
「俺、山口忠!」
「舞雛鶫です。宜しくお願いします、山口くん」
「そんなに畏まらないで良いよ。こっちこそ宜しく!」
友達増えたと嬉しそうに笑う山口に釣られて鶫も微笑み返したところで担任と思われる教師が教室に入ってきたので会話は一先ずそこで切り上げ、高校生活初日のホームルームが始められた。