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「違うところに渡っていたんですか?」
「ちょっとした手違いでな」

 書類を提出するためにホームルーム後に職員室を訪れた鶫。書類を提出して直ぐに悪いなと苦笑いする担任から受け取ったのは、提出したはずの入部届だった。男子バレー部宛に書いたそれは手違いで別の部活の方に渡ってしまっていたようで、担任の手元に返却されてきたらしい。

「男子バレー部の顧問に渡そうかと思ったら姿が見えないんだ。俺もこれから会議があって渡しに行けないから、直接提出してもらって良いか?」
「はい、分かりました」
「男子バレー部の場所分かるか?」
「大丈夫です。これから行く予定だったので届けてきます」
「悪いな」
「いいえ。それでは失礼します」

 ……入部届が手違いで渡ることなんてあるんだ。飛雄くんは先に行っているし、第二体育館に行けば顧問の先生もきっといるよね。

 手元に戻ってきてしまった入部届を不思議そうに見つめた鶫が第二体育館に繋がる渡り廊下に差し掛かった時、部活中とは違う騒がしさに気が付いた。何かあったのだろうかと耳を澄ませなが小走りで体育館へ向かい、出入り口から様子を窺うように覗き込んだ。

「サーブ」
「?」
「打てよ。全部とってやる。お前のサーブ、去年は一本しかとれなかったからな」
「……あの人」

 おれは、とべる!

 影山と対峙するように立っていたのは、予選で特に印象的だった雪ヶ丘中の1番の少年だった。そして彼らの傍には教頭と、男子バレー部員らしい男子生徒三人の姿。その三人は雪ヶ丘との対戦で見かけた人たちだということ鶫は直ぐに気が付き、烏野の人だったのかと目を丸くした。

「おれだって色んな人たちに手伝ってもらって練習してきたんだ。他の部の奴とか、女バレとかママさんとか。もう去年までのおれとは違う」
「――去年とは違う、か……」

 少年の言葉を繰り返した影山が持っていたボールの指先を動かしたことに嫌な予感がした鶫がそれを止めようと靴を脱ぐより早く、影山は持っていたボールを少年に突き付けて不敵な笑みを浮かべた。

「そうか。俺だって去年とは違うぞ」
「おい、やめとけって!」
「コラコラ君たち、勝手なことはやめなさいね」
「あれは一年生かね?」

 色素の薄い髪の男子と短髪の男子の静止の言葉は効果をなさず、影山はネット向こうのサーブ位置へつく。いよいよ不味いことになりそうだと鶫は慌てて靴を履き替えて体育館に足を踏み入れたが、それと同時に影山の手からボールが宙へと放たれた。

「!」

 スキール音を立てながら助走をして打ち込まれた影山のジャンプサーブ。重い音と共に放たれたサーブに少年は冷や汗をかきながらそれを受けようとしたものの、顔面で受けてしまうことを察してそれを咄嗟に避けた。

 ボールはコートへ落ち少年が尻餅をつく様子を不思議そうに影山は見ていたが、そのサーブを取れる人はあまりいないことを分かっていた鶫は思わず苦笑いを零す。

「――“それ”のどこが去年と違うんだ」
「――もう一本」
「ああもう……!」

 一本だけならまだ可愛かったものの、まだ続けようとする二人に思わず声を漏らした鶫。その声に気づいた色素の薄い髪の男子が鶫の存在に気づいて彼女の方に顔を向けると、驚いたように目を丸くした。

 二本目のサーブもまた一本目と同様の威力で打ち込まれたが、先程と違っていたのは少年の反射速度。ボールの軌道を読んで正面へ先回りした身体能力に鶫を始め他の部員たちも目を丸くしたが、そのボールは威力を殺しきれず弾き飛んだ。しかも運の悪いことにそのボールは教頭の頭に直撃し、頭からふわりと浮き上がった鬘が短髪の男子の頭に着地してしまった。

「だっ、大地!」
「あれ、ヅラだったのか……」
「気付くの遅せえよ。皆入学式で気付いてたぞ」
「ブォップ! お前ら、ぶくくっ……黙れ……っ!」
「田中も黙れ!」
「……澤村くん、ちょっと良いかな」
「……」

 少しの間を空けて澤村と呼ばれた短髪の男子は教頭と共に体育館の外へ出て行き、その流れで入口近くにいた鶫へ周囲の目が向けられる。影山がようやく来たのかと何事もなさそうな顔で言ったので鶫はため息をつきそうになったが、色素の薄い髪の男子が駆け寄ってきたのでそのタイミングを逃してしまった。

「君って北一でマネージャーしてた子だよね!?」
「はい、そうです。少しだけ目が合ったんですけど、覚えていらっしゃったんですね」
「あの時の可愛いマネージャー!」

 坊主頭の男子もその会話に加わり、鶫はまたお会いできて嬉しいですと微笑んだ。偶然とはいえまた会えるなんてなーと色素の薄い髪の男子も笑い返したところで、先程まで影山と勝負をしていた少年が駆け寄ってきた。

「カイロくれた子だ!」
「覚えていたんですね」
「日向も知り合い?」
「試合会場でカイロもらいました!」

 日向と呼ばれた少年にあの時はありがとうと改めてお礼を言われ、鶫は大したことじゃないからと首を横に振る。あの試合を見ていた人たちなので影山と同じ中学ということは知っているようだが、対戦相手である日向と関わりがあるとは思っていなかったようだった。

「そういえば名前聞いてなかった! おれ、日向翔陽!」
「舞雛鶫です。宜しくお願いします、日向くん」
「鶫ちゃんかー! 宜しくね!」

 名前ようやく聞けたと嬉しそうに笑いながら日向が手を差し出してきたので鶫もそれに応えて手を差し出して握手を交わし、太陽のような名前と同じように明るい性格の日向の笑顔に釣られて微笑んだ。

 そんな二人の様子に影山は不服そうだったが、鶫が嬉しそうに笑っているので口を出すことは憚られた。日向と挨拶を済ませた鶫は持っていた入部届の存在を思い出し、すっかり忘れていたと眉を下げる。

「あの、入部手続きってまだ間に合いますか?」
「まだ期限は先だけど……」
「私の入部届、手違いで他の部活に渡っていたみたいで……」
「!」

 直接顧問の先生に手渡すように頼まれたんですと言いながら鶫が取り出した入部届に男子バレー部の文字が書かれていることに気づいた色素の薄い髪の男子は目を丸くし、嬉しい驚きだなと笑顔を見せた。

「俺は三年の菅原孝支。副主将でポジションはセッター」
「俺は田中龍之介。二年で、ポジションはウイングスパイカーだ!」
「菅原先輩に田中先輩、どうぞ宜しくお願いします」

 菅原に続いて坊主頭の田中とも挨拶を交わした鶫。一先ず先輩と挨拶ができて良かったと鶫が胸を撫で下ろしたところで教頭と出て行った短髪の男子が戻ってきて、先程の件はどうなったのかと周囲の目が向けられた。

「――幸いにも特にお咎めなし。謝罪もいらない。が、何も見なかったことにしろ」
「……」
「だがお前ら――」
「お前がちゃんと取らないからだ下手くそ。“何が去年とは違う”だフザケんな。期待して損した。クソが」
「いちいちひと言余計だなっ」
「――なあ。少し聞いてほしいんだけどさ」

 短髪の男子の言葉を遮るように口喧嘩を始める日向と影山。そんな二人に静かにしてと鶫が声をかけるより早く短髪の男子の静かな声が二人の耳に届いたが、彼の雰囲気の違いに気づいた鶫はこれは不味そうだと少しだけ口元を引き攣らせた。

「お前らがどういう動機で烏野に来たかは知らない。けど、当然勝つ気で来てるんだろ」
「ハイ!」
「勿論です」
「……」

 短髪の男子の問いかけに日向と影山が即答する様子を脇で見ていた鶫も直ぐに頷いたが、目の前の彼の様子がどうにも気がかりで少しだけ様子を窺うようにじっと彼を見上げる。
 

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