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 体育館前のフロアで着替えをしている面々の傍で烏養と最終的な打ち合わせを済ませた鶫がふと日向の方へ顔を向けると、彼は緊張で体を震わせていた。それに鶫が苦笑いを浮かべると傍にいた影山も日向の異変に気が付いて眉を寄せた。

「おい、また腹が痛いとか言うんじゃないだろうな」
「……む、むひゃ」
「?」
「むひゃうるい、だっ!」
「何だって!?」

 何言ってんだとギョッと目を丸くした影山に菅原が武者震いって言ったんじゃないのと通訳すれば日向は首を何度も縦に振り、田中と西谷が伊達工みてビビったのかとからかう。このままでは青城戦の二の舞だと渋い顔をしている影山の脇で、そういえばと菅原が東峰へ顔を向けた。

「同じ小心者でも旭はあんま緊張しないよなー」
「小心者とか……」
「ホントのことじゃん」
「あー……あのな日向。緊張を紛らわすコツがあるんだよ」
「?」
「今まで最凶に怖かったことを思い出すんだ。それが怖ければ怖いほど、“これから起こることがそれより怖いはずがない平気!” ってなるから」
「今までで最凶に怖かったこと……?」

 教頭の鬘が飛んだこと、数学のテストで四点を取ったこと。勢いのあるジェットコースター、テレビから出て来る某呪いの女性のビデオ。思いつく限りの“怖いこと”を日向は頭で思い浮かべたがどれもイマイチだなと一生懸命頭を捻る。視界に影山が映り込んだ瞬間、青葉城西との練習試合で起きたサーブ事件のことを思い出した。

 ――スパァンッ。

「!!」
「日向?」
「……あっ、もう大丈夫です」
「おいどうした!」

 急に悟りを啓いたような顔をした日向に菅原がツッコんだが、日向は大丈夫ですと穏やかな表情で返答をする。悟りを啓いた表情を浮かべる日向が何を思い浮かべたのか何となく想像がついた鶫は苦笑いをしたが、影山には教えない方が良いだろうと余計なことは言わなかった。

「よし、準備良いか?」
「!」
「第一試合だ。そろそろアップ取るぞ」
「オス!」

 澤村の声で部員たちは腰を上げ各々の荷物を持って体育館へと入って行く。その輪の中で最後の方に入ろうとしていた鶫は澤村が誰かに呼び止められたことに気付いて足を止めた。

「スマン、ちょい先行ってて。池尻、久しぶり!」
「あれは……」
「舞雛知ってる奴?」
「はい。第一試合の対戦校のメンバーなので顔だけは」
「なるほど」

 相手を一方的に知っている鶫はそう答えると菅原と共に体育館の中に入り、先に柔軟を始めている部員たちの様子を見てからカメラの設置や備品の用意などを手早く済ませる。スコアブックとデータブックも手元に準備してこれでよしと頷いた時、烏養から声をかけられた。

「舞雛、アップ取るぞ!」
「はい!」



 ――第一試合開始、二十五分前。

 準備を手伝っていた清水がベンチから客席へと移った頃、影山からボールを手渡された日向の視界に客席を歩く白と水色の集団を見つけ、更にその中でも長身の部類に入る人物に目が行った。

「あっ、らっきょヘッド!」
「え? あ……」

 らっきょヘッドと形容されたのは金田一で、日向の声で彼らの存在に気付いた鶫もそちらに顔を向けた。らっきょヘッドと呼ばれた当本人である金田一は何だと首を傾げていたが、それを脇で聞いていた国見はお前のことだよと笑っている。ついこの間の練習試合で会った二人だが何だか久しぶりに会った気がすると鶫が少しだけ目尻を緩めた時、彼らの後に続いて来た人物へと目が留まった。

「やっほー! トビオちゃん、チビちゃん」
「!」
「元気に変人コンビやってるー?」
「大王様……!」

 大王様というあだ名が日向の中で固定されてしまった及川と、彼のピースサインを叩き落す岩泉の姿が其処にあった。鶫は彼ら二人とは学校が変わったので二年ほど離れていたが、相変わらず壁のないやり取りが交わされているらしいことに少しだけ微笑ましくなり思わず笑みを溢す。

 クスクスと笑った鶫が部員たちの間から姿を見せるとその小柄な姿を捉えた及川がぱっと表情を明るくし、彼女に向かって大きく手を振った。

「あっ! 鶫ちゃんだ!」
「及川先輩」
「久しぶりー! 今日も可愛いね!」
「え、ええと……」

 どうやってお返事したら良いんだろう……。一応アップ中だしあまり大きな声で長くやり取りは――。

「相手にしなくて良いぞ」
「岩ちゃん痛い!」

 どうすれば良いかと困った顔をしていた鶫の様子を見た岩泉が及川の頭をスパンッと叩いてその場を収束させ、気にするなと言うように鶫に向けてヒラヒラと手を振る。一方殴られた方の及川は痛い痛いと文句を言っていたが、烏野側のコートに練習試合では見かけなかったメンバーがいることに気が付いてそちらの方に気が向いた。

「あれっ、リベロがいるねえ。練習試合の時はいなかったのに……」
「なんかデカい奴も増えてんな」

 それと、新しい指導者。

 青葉城西の監督とコーチがそう言葉を溢した時、互いのチームキャプテンが呼ばれて握手を交わす。時刻は公式戦開始十分前――公式ウォームアップが始まった。

「レシーブ!」
「オス!」



 ――試合開始四分前、公式ウォームアップ終了。

 集合という澤村の声で整列の為にコートへ駆けて行く部員たちを見送った鶫は、自分が立てないコートを真っ直ぐに見つめながら静かに息を整えた。

「――いよいよね」

 広いコートの中に整列した黒。沢山の思いと熱が整然と並んだところで主審が時計を確認し、両手を内側に向けるように傾けて挨拶の合図をしながらホイッスルを鳴らした。

「お願いしアーす!」

 ――IH宮城県予選、スタート。

「ゴーゴーレッツゴーレッツゴー伊達工!」
「ゴーゴーレッツゴーレッツゴー伊達工!」
「うひゃあ!?」

 試合開始のホイッスルと共に伊達工業側の観客席から大きな声援が飛び、思わず日向が驚いて妙な声を上げる。バレーの強豪校の応援ということもあり伊達工業側の応援は熱が入っていて、会場いっぱいに声援とメガホンをぶつけ合う音が響き渡っていた。

「良いか! 開幕一戦目、誰だって緊張なり高揚なりで普段通りじゃない。そこからいかに一歩早く抜け出るかだ! まずは一本ドカッと決めて流れを掴め!」
「オス!」
「……これは、お世辞でも親馬鹿でもなくて」

 皆は強いです。烏野は強いです。

「飛べない烏がまた飛ぶところ、会場中に見せてあげましょう!」
「武ちゃん名言キタ!」
「相変わらず今回も言われてるもんなあ」

 堕ちた強豪、飛べない烏。

「そして言ってやるのです!」

 “見よ。古兵、烏野の復活だ!”

「ウス!」
「あっ、ポエミーだった!? 引いた!?」
「大丈夫です! 大丈夫!」

 良い台詞を言った後にはっと表情を変えて恥ずかしそうに聞いてきた武田に澤村が慌ててフォローを入れる脇で、日向が古兵とはどういう意味だと影山に来ていたが影山がそれに答えられるはずもなく傍にいた菅原が補足解説を入れている。

 IH予選とは思えないほど何時も通りな彼らの様子に逆に鶫はほっと胸を撫で下ろし、これならメンタルフォローの面は今のところ大丈夫だと目尻を下げた。

「烏野、ファイッ!」
「オオーッス!」

 スターティングオーダーは日向と影山を主力にした攻撃特化のメンバー。相手の常波高校の面々はコートに小柄な日向の姿があることに戸惑いを見せていて、その様子に目敏く気付いた岩泉はカラカラと笑うが練習試合で日向と戦った金田一はその実力を知っているので静かに彼を見据えた。

「相手戸惑ってんな。まあ当然だよな。高さ勝負のミドルブロッカーにアレだもんなあ」
「……舐めた奴は痛い目見ます」
「わはは! “経験者は語る”!」
「次は捩じ伏せてみせます」

「あの小さい10番スタメンなの?」
「リベロじゃないんだ……」

 常波高校以外の男子生徒からもチラホラと日向の存在に戸惑いを見せる声が聞こえていたが、それに気付いていたのは青葉城西の面々とベンチに座っていた鶫だけ。


「サッこォーイ!」
「ナイッサ―!」

 第一試合、開始。

 常波のサーブから始まった試合はレシーブ練の甲斐もあって安定したレシーブをすることが出来た東峰がセッター位置へボールを綺麗に返す。助走で飛び出したスパイカーはレシーブをした東峰を含めて四人、それぞれの方向から飛び出してきたスパイカーの位置を把握しながらボールの落下地点に移動した影山は脳内で一発目のトスを上げるスパイカーを思案する。

「……」

 一発目、誰使う?
 相手をビビらし、かつこっちの士気を上げる一発目は――やっぱし、“この人”!

「わっせらーっ!」

 大声と共に飛び上がった田中に影山のトスが上がり、その声の大きさに比例した強打が相手チームのブロックを弾き飛ばす。弾かれたボールはコートの後方へと飛び、烏野にまず一点が加点された。

「うおアアアアア!」
「らあアア!」
「ナイスナイス! 田中良い――」
「うおあああああ!」
「良い出だし――」
「ホアアアアア!」
「煩い! 長い!」

 何時までも叫んでいる田中と西谷にいい加減痺れを切らしたコート内の澤村とベンチの菅原がツッコミを入れると審判から注意を促すホイッスルが鳴らされ、それに澤村が申し訳なさそうに頭を下げる。

「烏野もう注意されてる」
「早っ」
「おもしれーな烏野」

「う、うん……良い感じに緊張感がなくて良いんじゃないかな」
「かなり前向き過ぎる感想だよね、それ」

 試合を観戦している周囲から笑われている面々に何とも言えない表情で鶫がフォローの言葉を呟くが、西谷と交代でベンチに控えている月島に即座にツッコまれた。

 観客からも笑われたことに気付いた田中が恥ずかしげに打ち込んだサーブは相手コートに入り、綺麗にレシーブが上げられセッターへと返球される。9番のセッターが澤村と同期である池尻へとトスを上げ澤村と日向がブロックで飛ぶが、そのスパイクは澤村の腕を弾き飛ばしてボールを後方へと飛ばす。

「!」

 床に沈むと思われたボールは後衛で控えていた西谷が素早く反応して正面からそれを受け、それを見た周囲の他校生は西谷のプレーを見て舌を巻く。

「西谷ナイスレシーブ!」
「おおっ! スゲエ拾った! あのリベロ反応早え!」
「くっそ!」
「拾ったのに悔しがってる……」

 ナイスレシーブには違いないが、レシーブが綺麗にセッターへと返らなかったことに西谷は悔しげに眉を寄せる。相変わらず意識を高く持つプレーをする西谷に鶫は口元を緩め、レフト側へと飛んだレシーブを目で追った。

「旭!」
「旭さん!」
「レフト来るぞ! 三枚つけ!」
「頼むぜエース!」

 レフト側に飛んだボールをカバーした澤村が東峰へとオープントスを上げ、チームメイトの期待を背負って床を蹴って跳び上がった東峰は相手の三枚ブロックを前に持ち前のパワーを見せつける重いスパイクを打ち込む。

 ガガンッという音と共にブロックを弾き飛ばした東峰のスパイクは相手コートへと沈み、そのスパイクを見ていた岩泉と金田一は凄い威力だなと舌を巻いた。

「すげっ! さすが成人!」
「烏野に五年留年の人いるんだってよ!」
「マジ!? どれ!?」
「ほらあのヒゲの!」
「うっ……」
「旭! 気をしっかり!」

 他校生のありもしない噂話を再び聞いた東峰は心にドスドスと突き刺さるような傷を受け、それを見かねた菅原が慌ててフォローを入れる。大事な試合中だというのに良い意味で緊張感のない彼らに鶫はクスリと笑い、流石東峰先輩だと彼のスパイクに笑みを浮かべた。

「見たかうちのレフトのパワー! ……でも」

 烏野の武器はそれだけじゃねえぞ。

「田中、も一本!」
「ナイッサ!」

 皆は強いです。烏野は強いです。

「――来る」

 飛べない烏がまた飛ぶところ、会場中に見せてあげましょう。

 西谷のレシーブが上がる頃には十分な助走を取って日向は駆け出していて、大きな烏の両翼を背負った小柄な体は生まれ持った運動能力とバネで宙に飛び、他校生の目を一瞬で奪い去る。

「――飛んだ」

 精密でブレのない天才セッターの影山のトス。天性のバネと身体能力で宙を舞う日向。

 一瞬でコートを駆け抜け繋がったボールは瞬時に攻撃へと変化し、相手コートに牙を剥く。気付いた時にはスパイクがネットを越えてコートに叩きつけられる鮮やかすぎる速攻は、客席の他校生だけでなく周囲で試合をしている他校生の目も奪い、今まで眠そうにしていた及川の好奇心さえも擽った。

「――さあ、これからが正念場」

 ――見よ、古兵。烏野の復活だ。


  

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