25
――仙台市体育館。
IHバレーボール競技男子宮城県予選。
A・B区画及び決勝戦試合会場。
「もう白鳥沢ひとり勝ちだろ」
「!」
「いや、今年は青葉城西がヤバイらしいよ。及川が三年になってから頭ひとつ抜けてるって。あと一年の伸びがスゲーんだってさ、青城は」
そうは言っても伊達工のブロックには勝てないだろという予測やこのブロックに当たってしまったことへの不満を溢している面々がいて、それを常波高校の一人が通りすがりに聞いていた。
「えーっと、あとAブロックは……トリ、トリノ?」
「烏野じゃね?」
読めなかった高校名に答えた男子に知っているかどうか訊ねると彼は首を捻り、前まで強かった学校じゃなかったかと溢し、前まではねと二度言った。
「今はなんかねーダサい異名ついてんだよ」
「えっ、どんな?」
「確か――」
“堕ちた強豪、飛べない烏”
暢気にそんな会話をしていた男子二人組の背後には、何時の間にか烏野高校男子バレー部の面々が立っていた。
それに気付いた片方が焦って隣の男子に声をかけたがひと足遅く、田中がぬっと顔を出して、飛べない何ですってと威嚇をする。澤村が直ぐに田中を回収した為に大事にはならなかったが、先程まで噂話をしていた片方が烏野の面々に混じっていたとある人物に目が留まると顔色を変えた。
「あ、あれは……!」
「!?」
烏野のアズマネ……!
それを聞いた東峰は体をビクリと震わせ、事情を知らない一年はどうかしたのかと首を傾げる。鶫も何があったのかと不思議そうにしていたが、その理由は直ぐに明らかになった。
「え、何。誰?」
「北高の奴を手下使ってボコらしていたとか――」
実際は喧嘩に偶然遭遇し警察を呼ぼうと焦っていた。
「路上でなんかヤバいモン売りつけてたとか――」
実際はハンカチを落とした女性に厚意で声をかけただけ。
「五年留年してるんだって……」
「ええ!? 成人じゃん?」
「……」
どうやら見た目の怖さで本人の性格とは真逆の噂が立っているようで、他校の生徒にはそういった目で見られているようだった。
鶫の耳でなくとも東峰の噂話がしっかり聞こえていた一年の面々は微妙な表情をして東峰を見つめ、その東峰は複雑な表情をして唇を噛み締めている。それに何時ものことだと朗らかに笑う菅原と見た目がそんなだからだろと呆れる澤村だが、東峰にとっては重要なことらしく首を横に振る。
「俺はっ、何かこう……外見からでもワイルドな感じになりたいと思ってっ」
「ホラもー、そういうこと言うところがワイルドじゃないもん」
「――っ!」
「良いじゃないスかどう見られるかなんて! 自分でカッコイイと思ってれば!」
「こういうのをワイルドという」
「……」
菅原と澤村にツッコミを入れられ何も言えなくなった東峰に西谷が脇から顔を出して何時もの調子で言ったことがトドメとなったが、西谷はそれに気付かず目の前で硬直している東峰を見て首を傾げるばかりだった。
「……なあ、あの小さい奴って」
千鳥山の西谷だよな?
「中総体でベストリベロ賞獲ってた……」
「え、そうなの?」
「それだけじゃない」
「おい、アレってアレだろ……」
天才セッターって噂の――
「北川第一の、“コート上の王様”……!?」
その声が聞こえた影山が声のした方を反射的に睨んだので鶫が彼の間から顔を出して影山を落ち着かせると、今まで長身の影山の傍にいて他の面々に紛れていた鶫の姿を見た周囲の男子が目を丸くした。
「なあ、あの子って月バリに載ってた――」
「馬鹿! 月バリに載る前から有名だろ!」
コートを統べる静かな策略者。
静淑無比の軍師。
「北川第一の、舞雛鶫!」
「え、そうなの?」
「元々は女子バレーの選手だけど北一に進んでちょっとしてからマネージャーに転身したんだよ。選手時代から頭はキレるし運動神経もセンスもあるしで、直ぐに有名プレイヤー! それに可愛くてスタイル良いだろ」
「確かに可愛い」
「だろ? やっぱ本人見ると違うよな」
「お前、声かけてこいよ」
「ええ? ――ひいっ!」
「……」
鶫の話も聞き逃さなかった影山が再び彼らを睨みつければ鶫は睨まないのと窘めて彼の腕を引き、睨んでしまった相手に小さく頭を下げる。それに男子が彼女に再び目を惹き付けられていたが、それに気付かない鶫はそのまま影山を引っ張っていく。そんな姿に澤村と菅原は顔を見合わせて、そういうトコがなあと零していたが本人が知る由はなかった。
「じゃあさ! あいつは!?」
「?」
「あっちの小さい奴も何か凄い奴? 身長的にやっぱリベロかな?」
「いや、アレはちょっと……知らない」
「人がいっぱいだ……! 体育館でけぇっ……!」
体育館に乗り込んだ日向は目を輝かせてそう言うと鼻をひくつかせて、エアーサロンパスの匂いと感慨深そうに呟く。それを聞いた影山が何言ってんだと眉を寄せれば日向はこの匂いが大会と言う感じがすると目を輝かせ、それに西谷も同意を示した。
「うわっ、こっちからも来た!」
「ゲッ! デカ!」
「!」
その時、烏野の脇から白と緑のジャージが踊り、長身揃いの伊達工業高校が姿を見せた。
「……伊達工業」
やっぱり背が高い。でもそれ以上に、個々の気迫が圧倒的に違う。
影山の隣に立っていた鶫がそう考えていると青根が不意に東峰を人差し指で指し示す。瞬間、その場の空気が凍りついた。
分かりやすすぎるほどの戦意と煽りに西谷が前に出て行こうとしたが東峰は彼を静かに押し留め、相手を真っ直ぐに見つめ返す。その東峰の行動に澤村と菅原と西谷が驚いたような表情をしていると奥からバタバタと足音が聞こえてきて、一人の男子部員――伊達工の主将の茂庭が顔を出した。
「やめなさいっ! すみませんすみません!」
「いえ……」
慌てて茂庭が割って入り謝罪をしながら青根を回収しようとしたが予想以上に其処から動こうとしない彼に眉を寄せ、青根の扱いに長ける二口に助けを求める。二口は緩くはーいと返事をしながら青根の背中を押して回収作業を手伝い、すみませーんと言いながら東峰の方へと振り返った。
「すみませーん。コイツ、エースと分かるとロックオンする癖があって……」
「……」
「だから――」
“今回も”覚悟しといてくださいね。
意味深な笑みと言葉を残した二口がようやく歩き出した青根の背中から手を離した時、影山の隣にいた鶫に気が付き、鶫もまた彼と目が合ったことに気が付いた。二口はにっこり笑って鶫に向かってひらひらと手を振りそのまま背中を向けてその場を立ち去ったが、鶫はこの空気の中で何時も通りに対応することはできないので曖昧に微笑んで手を挙げるだけに留めておいた。
「いやーちょっとビックリしたな。旭、よく目え逸らさなかっ――」
青根の威圧感と闘志にすっかり中てられていた面々だがそれを正面から受けていた東峰を菅原が褒めようとしたが、伊達工業の面々が見えなくなった瞬間に東峰はドバッという音が出そうな勢いで冷や汗をかいた。
「きっ、緊張したっ……」
「なんでコートの外だとそんなに弱いんですか」
「ノヤっさんオブラート!!」
冷や汗をかく東峰にズバリと本音をぶつけた西谷だが、慌ててそれを田中が止めに入る。先程までの冷え切った空気が嘘のように騒がしくなったが、鶫が和らいだ空気にほっと胸を撫で下ろしたのもつかの間、騒々しい面々から少し後ろに立っていた月島が何時も通りの口調であることを指摘した。
「というか、舞雛はなんであっちの人と知り合いなわけ?」
「……」
それ今聞いてくるんだ、月島くん……。
騒がしさに紛れて見逃してもらえたかと思っていた鶫だがその考えは甘かったようで、鶫の隣に立っている影山もどうなんだと問いかけるような視線を向けられた。
「え、ええと……実はあっちの見学に行くときに偶然知り合って」
「はあ?」
「黙っていてごめんなさい!」
一応烏養さんには報告したんだけどと鶫が両手を合わせて申し訳なさそうな顔をしたが、影山は何で黙ってたんだと眉を寄せて一気に不機嫌そうな表情になる。それを見た鶫がもう一度ごめんなさいと体を小さくして謝るとそれを見かねた菅原が二人の間に入り、まあまあと影山の背中を叩いて眉を下げて微笑んだ。
「別に悪いことしたわけじゃないんだからさ! そんなに怒るなって」
「まあ、それはそうですけど……」
「着替えもしないといけないんだから行くべ行くべ!」
影山の背中を押してその場からさり気なく移動させた菅原は後方でこちらを見ていた鶫にニッと笑いかけ、それを見た鶫はすみませんと言うように両手を合わせて彼の機転に感謝をした。