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 もしも相手が絶対かなわない様な相手でも
 勝とうとしなきゃ――勝てない


「ぐっ……」
「惜しい! ドンマイ池尻!」
「ナイスファイトです!」
「ナイスだ日向影山!」

「烏野は……使いませんね」

 例の“トスを見ない速攻”。

「その代わりか、荒削りだが“普通の速攻”が使えるようになってる。下手くそな“コースの打ち分け”までしよる……。この短期間に余程有意義な練習試合でもしたかな?」

 2セット目、17-08。烏野の1セット先取で優勢に進んでいる中で青葉城西のコーチと監督はそのような会話をしていた。鶫は試合に集中していたので会話までは聞いていないものの、彼らがこちらを見ていることには気付いていた。

「自分たちの武器を知り増やし、その試合ごとにベストな攻撃で攻める」
「……」
「色んなことが力任せだった危ういチームに、もうひとつ“知恵”がついたか」

 厄介だねえと青葉城西の監督は笑っていたがコーチは微妙な顔をしていて、客席では伊達工業の部員数人が烏野に目をつけて情報収集を始めた。それに鶫は目敏く気が付いたが、常波高校の二度目のタイムアウトを告げるホイッスルに気付いてベンチから腰を上げる。この時点で得点は21-12で、烏野の優勢。

 タイムアウトで戻ってきた面々に武田がタオルとドリンクを配ろうとしていたので鶫が慌てて代ろうとしたが、彼は大丈夫ですよとにっこりと笑った。

「舞雛さんは舞雛さんにできることをしてください」
「!」
「貴女にしかできないことがあるはずですよ」
「はい!」

 武田の言葉に背中を押されて各々短い休息を取る彼らにノートと共に駆け寄り、適宜軽いメンタルフォローや指示に入る。何人かに声をかけ澤村にレシーブの指示を終えた時、折を見た影山が顔を覗かせた。

「鶫」
「飛雄くん」
「俺は」
「特に気になったところはないから大丈夫」

 この調子でプレーしてねと鶫が微笑めば影山はふっと笑みを浮かべ、汗を拭いていたタオルをぐっと握った。その笑みと目には先程よりも高ぶった闘争心が滲んでいたが、それ以上に自信を持てるプレーができていて嬉しいという気持ちがあるのを鶫は見て取っていた。

「分かった」
「頑張ってね、飛雄くん」
「おう。お前も頑張れよ」

 ちょうどタイムアウト終了のホイッスルが鳴り、影山はタオルを鶫に預けるとチームメイトたちと共にコートへと戻っていく。再び戦場へと戻っていく彼らの背中から集中力と闘志が欠けていないことを再確認した鶫はひとつ頷き、再びノートを広げて試合へと目を向けた。



「うおおっしゃあああ!」

 25‐12で烏野が1セット目を取り迎えた2セット目。たった今常波側のスパイクが決まり、得点は24-14。烏野は余裕のマッチポイントだが、何時試合がどう転ぶか誰にも分からない以上気は抜いていられない。

「くっそがあああ! 次はぜってえ拾う!」
「一本、取り返すぞ!」

 ――あ。

「……こいつら、本気だ」

 多分この会場で誰も注目も警戒もしていない俺たちに、烏野だけが本気だ。

 池尻が烏野の面々を見ながらぼんやりとそう考えた瞬間、目の前に澤村がスパイクに飛んで、そのボールは常波のコートへと沈む。ボールがコートに入ったことを確認したと同時に試合終了のホイッスルが鳴り、烏野の勝利が決まった。

「ありがとうございましたー!」
「シターッ!」

「第一試合、終わった……」

 セットカウントは2‐0。25‐12と25‐14。
 ギリギリの試合ではなかったけど、初戦だから少しだけヒヤヒヤしてた。当然誰にもそう思ってるなんて言わなかったけど――でも、本当に良かった。

「何より良かったって思うのは――」

 互いのコーチと監督が相手校の部員たちに講評をしている間に撤収準備に取りかかっていた鶫は静かに日向へと目を向け、彼が講評を聞きながらも目の前の“勝利の味”をぼんやりと感じていることを見て取り静かに笑みを浮かべる。その笑みを偶然武田が目撃していたが、その笑みの意味までは分からなかった。

 数分の講評が終われば烏野の部員たちも自分の荷物を持って足早に移動を始め、影山はその中で呆然としている日向に気付いて顔を上げた。

「おい、ボゲッとしてんなボゲ! さっさと――」
「勝った」
「……おう」
「……次、次も試合ある?」

 その言葉の意味は“あの試合”の当事者である影山と鶫、そして”あの試合”を見ていた澤村たちしか知らない。
 日向が呆然としながらもようやく口にしたその言葉に、大きな意味があることを。

「……おう。勝ったからな」
「――“勝った”。“勝った”……」
「……」
「次もまた、試合ができる……!」

 コートに立っていられる。

「次も」
「――……」

 勝利に飢えた小さいケモノが初めて勝利の味を知る。

 その味をしめた意味の大きさと味をしめたことの重要さを脳裏に描いていた鶫は彼の中に湧き出た新しい可能性に笑みを浮かべて機嫌が良さそうな笑みを浮かべ、それを偶然見ていた菅原は彼女の愛らしい微笑みに目を奪われたものの何時もとは違うような気がして少しだけ首を傾げたが確信までには至らない。

 一見すると純粋な微笑み。一見すると大人しそうで小柄な少女。

「――次もある、か」
「鶫?」
「飛雄くん」
「お前、また“考えごと”か?」
「あ、ごめんね。顔に出てた?」
「ちょっとだけな。俺しか分かんねーよ」

 しかしその見目に反して、相手を攻略しコートを統べるために静かに策略を巡らせ手を回す。鶫のバレーに対する静かな熱意と闘志を知る者以外、彼女がふと浮かべる軍師としての一面に気付く者はほとんどいない。

「で、“考えごと”っつーのは?」
「まだ途中。飛雄くんにも内緒」

 そして肩を並べる影山の“コート上の王様”の異名がコートを統べる天才セッターという所以から名付けられていると勘違いされていることに似て、鶫の異名にも“本来の意味”がある。

「お前、この手のことに内緒が多いな」
「だって、この先どう転ぶか分からないから」
「……そう言う割に、お前には分かってんだろ」

 空を泳ぐ魚のように滑らかなプレーをし、海を飛ぶ鳥のように高く跳ぶ。
 常に全てを静観し、コートを統べる静かな策略者。

 それは彼女の本質を知らない者が勘違いをして生んだ、仮想の意味。

「何を?」
「この先、“全部”」
「まさか」
「何が“まさか”だよ。どこまで分かってんだ」
「うーん…それも内緒」

 だって試合も人生も同じこと。先が見えていたって本当にどう転ぶか分からない。

 今立っている場所にも先の道にも分かれ道にも、沢山の情報と可能性が辺り一面に落ちていて、それぞれに手に有り余る以上の意味を持っている。それを拾い上げるのも捨てるのもその人次第。それを生かすも殺すも、情報と可能性を見つけた私次第。

「――だって、私が生かしても殺しても、それを殺したり生かしたりするのはその人次第だから」
「……お前ホント怖いな」
「酷い!」
「褒めてるんだよ」
「褒めてるように聞こえない……」

 コートを統べるために数多の手段の凶器を隠し、策略家としての皮を被る可憐な少女の正体。常に“物事の全て”を静観し、策略と手段の全てを自分と他人の手の上で生かして殺す、静かで計画的な殺人鬼。



「おい、それ持つ」
「大丈夫。飛雄くんは自分の荷物を――」
「こらこら、舞雛を困らせんなって」
「澤村!」
「!?」

 次の場所へ移動する途中だった烏野の面々に向かって声をかけてきたのは、先程対戦した常波高校の池尻だった。呼び止められた澤村以外の面々もその場で足を止め、後方から駆け寄ってきた池尻は澤村の前で足を止めると少しだけ上気した息を整えないまま真っ直ぐに言葉をぶつけてきた。

「勝てよ! たくさん勝てよ!」

 ――ああ、言いたくない。こんなこと。

「……」

 なんかダサいし使い古された“台詞”みたいだし。
 引かれるかもな。――でも、それでも言っておかなくちゃ。

「勝てよ……俺たちの分も!」
「――ああ。受け取った」

 池尻の思いと言葉を受け取った澤村は池尻の両手を握ってしっかりとひとつ頷き、池尻は泣きそうになるのを堪えた笑顔で烏野の面々の背中を見送る。

「……」

 多分、こんな風にあっけなく“部活”を終わる奴が、全国に何万人といるんだろう。

 何試合もある予選を全部勝ち抜いて全国へ行って。これがフィクションだとしたら全国に行く奴らが主役で、俺たちは脇役みたいな感じだろうか――それでも。

 俺たちもやったよ、バレーボール。やってたよ。



 烏野の面々は会場に大きく貼り出されている対戦表を見上げ、自分たちのブロックに引かれている赤線を辿る。その先の二回戦には伊達工業の文字が躍っていた。

「――この中の約半分……55チーム中の23チームは一回戦で終わる」
「……」
「次も勝つ!」
「あス!」


  

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