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「烏野のさ、小さい10番ヤバくなかった? 速攻バンバン決めてさ」
「うん。あの身長なのになー!」

 別ブロックの他校生にも日向の話は広まっているようで、ロビーでは日向の話題がちらほらと聞こえてくる。その会話を聞いていた次の対戦校である伊達工業も日向に意識が向けられていた。

「……三月にいなかったってことは一年っスかね、烏野のあの10番」
「多分な。要注意だな……」
「向こうには“軍師”もいるし、どうなるかってトコっスかね」



「凄かったなあ、烏野。特にあの10番にはビビった!」
「あー、だよなあ! 速攻スゲエ決まってたもんな」

 烏野が次の試合に向けて待機している場所の近くでも日向のことは話題に挙がり、耳をすませていた日向は自分が警戒されて目立っていることに表情を緩める。あからさまに嬉しそうな日向の様子に田中と西谷、菅原は微笑ましそうに見ていたが、目の前の影山がこちらを見ていることに気付いた日向はビクリと思わず体を震わせる。

「な、なんだよ! 嬉しくたって良いじゃんか!」
「……」
「おれ、あんな風に言われたことないし!」
「別に何も言ってねえだろ。お前が注目されんのは良いことじゃねえか」
「え」
「そうよ、日向くん」

 日向と影山の会話を傍で聞いていた鶫は目尻を下げて微笑むとメモを取り終えたノートを閉じ、日向の働きがどれほど重要な意味を持つのかを話して聞かせた。

「相手が日向くんに注目して警戒する程、他のスパイカーに目がいかなくなる」

 それが日向くんの最大の武器で、本領が発揮された証拠。

「!」
「おお……!」
「分かったか」
「よく分かんないけど、取り敢えずお前の笑顔怖い」

 鶫の話に影山がそういうことだと話を締めたが日向の素直な感想が不幸を招き、ふっと表情を失った影山にむしっと頭を鷲掴みにされて痛い思いをすることになってしまった。痛い痛いと叫ぶ日向を見かねて鶫が慌てて止めに入ろうとしたがちょうど烏養が澤村と戻ってきた。

「おう、その通りだな」
「コーチ!」
「とにかく“あの小っこい10番スゲー!”な空気を作る。それが大きくなればなるほど、日向が光れば光るほど」

 相手のブロックは目がくらむのさ。

「!」
「――で、二回戦のスターティングは一回戦と同じでいく」
「……」
「次の試合は一時半からだ。身体冷やすなよ! それまでに軽く飯食っとけ。腹いっぱいにはすんなよ」
「うーす」
「……」

 第二試合のスターティングメンバーを聞いた菅原は表情を変えなかったが、彼の心中にある“何か”を察したのは正面で彼を見ていた澤村と、彼から直接話を聞いたことのある鶫だけだった。



「伊達工業のリードブロック……」

 昼食を部員たちと済ませた鶫は、軽く動いてくるから時間になったら教えてくれと言い残して会場外に出た日向と影山を見送ると、会場の喧騒が比較的静かな場所でノートを開きデータをまとめていた。

「……ふう」

 一回戦勝ったからって休んでいられない。次の伊達工業戦で有利な試合ができるように、できる限りデータを整理しておかないと……。

 まとめたノートに抜けや漏れがないかどうか鶫が目を走らせていると、会場の喧騒に混じってこちらへ歩み寄ってくる足音に気付いてふと顔を上げた。すると鶫がこちらに気付くとは思っていなかった足音の主である澤村が少しだけ驚いた顔をして、声をかけようとしていた口を思わず閉じた。

「澤村先輩。お疲れ様です」
「お疲れ。ははは、気付くとは思ってなかった」
「あ……いえ、偶然です。偶然顔を上げた時に澤村先輩が見えたので」

 足音が聞こえていたとは言えなかったとは何となく言い難かった鶫は適当にごまかすと、荷物を退けて澤村が座れるスペースを作り、良かったらどうぞと席を勧める。鶫に勧められて彼女の隣に腰を下ろした澤村は彼女の手元にあるノートに“伊達工業”という文字と共に様々なデータが書き込まれているのを見て、コートの外で一緒に戦ってくれている彼女の存在は心強いとそっと笑みを浮かべた。

「人が多くて疲れるだろ?」
「少しだけ。でも大丈夫です」
「それなら良かった」

 それを聞いて安心したよと微笑んだ澤村は少しだけ遠くを見るように視線を移すと、一度目を伏せて何かを思い出すような仕草を見せてから再び鶫へと顔を向けた。

「……次も宜しく頼む」
「澤村先輩?」
「――三月の試合、伊達工にボロ負けした」
「!」
「旭が部活から離れて西谷がしばらく部活に来られなかった原因の試合だ」

 見事と言わざるをえない高い技術のリードブロック。

「今年、舞雛たちが入部して烏野は変わった。日向の最強の囮や影山の精密なトス、常に冷静でかつ長身の月島のブロックと器用な山口――それから選手をサポートする舞雛」
「……」
「だから今回、伊達工には絶対に勝つ」

 真っ直ぐな澤村の目と言葉に鶫は一瞬だけ息を飲んだが、彼が続けた言葉に更に息を飲むことになる。

「俺は、舞雛と一緒にコートに立っているつもりで何時も戦ってる」
「!」
「だから力を貸してくれ。チームを陰から支えてる舞雛の力が必要だ」
「はい!」
「ありがとう。じゃあ俺は先に行く。舞雛も遅れないようにな」

 澤村の背中を見送った鶫は両手で拳を握り気合いを入れ直し、時計を見てそろそろ呼びにいかなくてはと日向と影山が向かった会場外の空き地へと足を向けた。

 凡その場所を聞いていたので迷うことはなかったが其処には日向と影山だけではなく菅原の姿もあった。彼の姿に気付いた鶫は何を話しているのだろうと首を傾げたが、彼らを包む空気が妙に重いことと菅原の表情が少しだけ強張っていることにも気が付いた。

「――よろしく頼む」
「!」

 そのひと言と共に菅原は日向と影山に頭を下げ、当事者である彼らとそれを遠巻きに見ていた鶫は目を丸くする。先程話しをした澤村そして今此処で頭を下げている菅原を含め、此処にはいない当事者の東峰と西谷も相当な思いを抱えて次の試合に臨んでいることが窺える。

「伊達工業は強敵だ。三ヶ月前はあの“鉄壁”のブロックに、こてんぱんにやられた」
「……」
「でも今は、“最強の囮”が居る」
「!」
「……日向の前の道を切り開いたみたいに」

 ――スパイカーの前の道を切り開く、その為のセッターだ。

「旭の――」

 エースの前の道も切り開いてくれ。

 菅原の真っ直ぐな思いを前にした日向と影山は言葉を口にしなかったが、その表情は真剣で熱が籠っていて、そんな彼らの顔を見た菅原はありがとなと目尻を下げる。そして二人の向こう側に鶫が立っていることに気が付くと、あれと不思議そうにまばたきを数回した。

「舞雛?」
「え?」
「菅原先輩もご一緒だったんですね。飛雄くん、そろそろ時間」
「おう、悪いな」
「何だよ、鶫に時間管理任せてたのかー?」
「熱中すると時間見なくなるんで」
「ははは、確かに!」

 たった今此処にきたばかりだと装うことにした鶫は先程までの空気を知らないというように三人に声をかけ、小突き合いながら試合会場へと戻っていく三人の後ろをついていく。

 ノートを抱える腕に少しだけ力を込め、二回戦への思いを新たにしたことは、誰も知らない。


 

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