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「烏野は次の攻撃も10番の速攻かな……」
「ハムスターが樋熊に捕まるみたいだ。かわいそうだ……」
「なんだそれ」
「二口ナイッサ!」
「ッサアー!」
二口のサーブは田中が正面から捉えて綺麗にレシーブを上げ、同時に日向がレフト側へと駆けだして行く。日向の様子を含めてスパイカーの位置取りを青根はしっかり捉えていたがそれではもう遅い。
「……」
どんなに神経尖らしても――リードブロックじゃ追いつけねえよ!
影山の精密なトスが上がった瞬間には日向がスイングした手元にボールが運ばれ、伊達工業側のコートにボールが床に沈む。一瞬の出来事にミドルブロッカーはおろかレシーブで待機していた選手さえ反応ができなかった。何が起こったのかと周囲の面々は呆然としていたが、それを理解した時には会場中が沸き上がる。
「何だ今のオオオオオ!?」
「っしゃあああああ!」
「っシ!」
ようやくきちんとしたスパイクが決まったことにほっとした鶫がペンを持ち直すと、コートの出入口から青葉城西の部員たちが試合の為に出てきた様子を視界に捉えた。
「出たよ、バケモノ速攻」
「ホント、天才ムカつくわー」
「やっぱ強烈ですねー」
「怖いねえー嫌だねー」
「あっ! でも同じ天才でも鶫ちゃんは別だけどね! 可愛いし!」
「お前煩いからちょっと黙ってろ」
「酷い!」
及川と岩泉の会話をしっかりと拾ってしまった鶫は苦笑いをしつつまた意識を試合へと向ければ、伊達工業側の監督は青根を振り切る為になんて無茶なトスを出すんだと冷や汗をかいていたが、その一方でそれにしてはちゃんとスパイカーが打てていたと溢す。
「でもあんなトス、たまたま打てたとしか……」
「あの10番、何者か知ってるか?」
「いえ……中学の大会でも全く見覚えがないですね」
「……まぐれ、か」
それとも意図的か。
カウントは04-02。日向のトスと共に西谷と交代して月島がコートに入り、月島は影山へ顔を向けてブロックに捕まりたくないからネットから少しだけ離したトス頼むねと声をかけた。それに影山は微妙な顔をしていたが、やや尖らせた唇で何か返答をする。当然それは聞き取れない声で、月島は眉を寄せて何を言っているんだと聞き返す。
「は?」
「分かったっつったんだよ!」
「いや明らかに言ってなかったよね。庶民には指図されたくないですかそうですか」
「お前ら止めろ! 学習しねーな!」
影山と月島の言い争いは澤村の怒りを察知した田中によって素早く止められ、事なきを得た。
日向のサーブはネットに引っかかったが、次のラリーで月島が開いてブロックを上手く躱したことで得点を重ねて取り戻す。当然日向でなければ変人速攻は使えないので影山が月島に出したのは普通のトスだが、相手チームはそれを知らないのでこちらの様子を窺っている。
「……」
カウントは07-05。一進一退で点差の開きがあまりない中、ローテーションが回って日向が前衛に上がってきた。それにより会場の空気は一転、伊達工の監督も難しい表情を浮かべる。
「あのやたら早いトス。さっきの一本きり上げませんね、影山は。……そういえば中学の北川第一の試合を見た時――さっきみたいなトスでスパイカーを置き去りっていう場面を何度か見た覚えがありますね」
「確かにさっきのトスを見た時、中学の悪癖が出たのだと思った。……でも」
あの10番は打っていた。さも当然のように。
「……」
月島のレシーブを拾い上げたリベロから二口のスパイクが決まり、点差は07-06。伊達工もしっかりと烏野を追いかけて点数を稼いできている中、青根が前衛に上がってきた。鉄壁と超速攻が再び戦うことになると会場内の観客は息を飲み、日向と影山は気合いを入れ直す。
「もう一発行くぞ」
「よっしゃ!」
「鎌ちナイッサ!」
伊達工の1番の強烈なサーブはネットに引っかかるようにして烏野側に落ち、寸でのところで西谷が拾ったがレシーブが乱れた。そのカバーには近くにいた影山が入り、素早くボールの落下地点を見極めて先回りをする。
「カバー!」
「オーライ!」
「拾った! けどあそこから速攻は無理かな。誰に上げ――」
観客の声を裏切るように影山は体勢を整え、日向に変人速攻の為のトスを上げる。日向のスイングに合わせられたトスは彼の手の平にピタリと収まり、スパイクを再び伊達工業側のコートへ沈ませた。
「またあのトス……! しかも今度はあんなにネットから離れた位置から……!」
「ナイストス影山!」
「……マグレじゃ、ないのか」
伊達工業の監督は呆然とした様子でそう呟くと一回目のタイムアウトを取る。鶫は選手たちにタオルやドリンクを配り終えると、直ぐにノートを開いて烏養へ手渡す。それに目を通して自分の意見と交えて烏養は指示を出していき、それを隣で聞いていた鶫は同時に伊達工業側の会話を聞いていた。
「あの10番からの攻撃の可能性がある時だけは、トスじゃなくあの10番自体をマークする。トスはある程度予測して跳べ」
「……」
「ただあの攻撃がマグレじゃないとも言い切れん。慌てず臨機応変にいくぞ」
「ハイ!」
「それとサーブは強気に行け。サーブで崩してセッターにボールが返らなければ速攻もない」
「ハイ!」
「……やっぱり戦略を変えてきた」
この調子なら日向くんをマークすることで手一杯。プレイヤーの意識はほとんど彼に向く――今が好機。
「あんな速攻初めて見たな」
「あの速攻は10番だけが使えんのかな? つーかあれマグレじゃないとしたらバケモンだろ……」
「確かにあの速攻にはビビったけど、最初から使ってる普通の速攻だって気ィ抜いたら躱されんぞ」
「まあ、取り敢えず10番止めれば良いってハナシで」
何時もの軽い口調で話を纏めた二口に鎌先がいちいち軽いんだよと指摘すると、重いよりは良いじゃないですかと二口は笑う。喧嘩の予兆を察した茂庭は青根に指示をして二人を止めさせ、タイムアウト終了のホイッスルを聞いてコートへ足を踏み出した。
「とにかくあの10番止めるぞ!」
「ウス!」
――10番を止めなければ。
「……でもさ、逆に言えば10番さえ止めちゃえば良いんだよな? 目立ってるのあの10番だけだし。他は伊達工のブロックの方が勝ってる感じだし」
「確かにな」
10番を、10番を
――10番を
「……面白いくらい良い空気」
日向くんに目が向いて、皆の目が眩んでいるこの感じ。戦略を知っていて仕掛けているこちらとしてはとても面白いくらい良い流れ。顔に出ないように気を付けなくちゃいけないくらい、とても面白い。
「とにかく、あの小っこい10番スゲー! な空気を作る。それが大きくなればなるほど――」
日向が光れば光るほど、相手のブロックは目がくらむのさ。