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「ゴーゴーレッツゴーレッツゴー伊達工!」
「ゴーゴーレッツゴーレッツゴー伊達工!」
「うおおおお!?」
「ビビるのに忙しい奴だなー」

 二回戦の会場は伊達工業の部員たちや学生たちが大きな声で声援を飛ばし、その威圧感に日向は思わず驚いて妙な声を上げる。部員が多いチームというのは不思議とそれだけで強そうに見え、会場内は一気に伊達工業一色のような気さえ覚える。

「伊達工――」
「ファイッ!」
「オオイ!」

 低く重い声色で始まった気合い入れから相手のアップは始まり、会場は更に伊達工業色へと変わる。その中で主審からキャプテンが呼び出され、主将同士が握手を交わしサーブとコート権を決める。

「……何と言うか、コート全体が“伊達工色”って感じですねえ」
「……」

 圧巻とばかりに武田が思わず呟いた言葉は間違いではなく、客席でさえも伊達工業の勢いに飲まれていた。当然烏野側にはあの応援と比較できるほどの応援はない。会場の空気はプレイヤーのプレーにも大きく関わってくるので、鶫は少しだけ心配を抱きながらも表情に出すことなく静かに試合に向けた準備を進めた。

 挨拶を終えた澤村が戻ってくると先にレシーブになったことを烏養に伝え、主審のホイッスルが鳴り公式ウォームアップが始まる。

「レシーブー!」
「オース!」
「……」

 伊達工業にストレート負けをしてからたった三ヶ月。
 チームは確かに進化しているけど、先輩方の中には多分まだ“負けるイメージ”が居座っているかもしれない。

「……取り敢えず」

 この伊達工に呑まれ気味な空気を何とか――。

「ん、ローリングッ」
「!?」
「サンダアアアッアゲインッ!」

 レシーブのボール出しを手伝っていた鶫がそう考えていた時、西谷は妙なかけ声と共にボールを拾い、床で一回転を決めて綺麗に着地をする。ただの回転レシーブだがその妙なかけ声に烏野の面々だけではなく、相手校の伊達工業のプレイヤーたちの目も引いた。

「ノヤっさんナイスレシーブ! キレッキレじゃねーか、技名以外!」
「技名もキレキレだろうが!」
「アゲインも教えてえええええ!」
「前のと何が違うんですか?」

 かなり的外れだがある意味では間違っていないことを言った影山が首を傾げ、澤村と菅原はまたやってるよと言いたげに西谷の方へ駆け寄る。東峰が澤村に怒られるぞと冷や汗をかいた時、西谷は大きく息を吸い込んで両手を腰にあてた。

「よっしゃあ! 心配することなんか何もねえ! 皆、前だけ見てけよ!」
「!」
「背中は俺が護ってやるぜ」

 ――かっ、カッコいい……!

 西谷の凛とした決め台詞に日向と影山と田中がズキュンッと心を打たれていたが、それを傍で見ていた月島は何をしているんだとやや冷ややかな目で彼らを見ている。伊達工業のプレイヤーたちも西谷の台詞には驚かされたのか、かっけーと二口も呟いていて、会場の雰囲気は一気に変わった。

「なんと恰好良い……! 皆の空気がいつも通りになりましたね!」
「おう」
「……凄い」

 小柄なのに、凄く頼もしい。リベロの重要な仕事は守備。
 でもそれと同じくらいに大切なものは――コート後方からのチームの鼓舞。

「本当に優秀なリベロだな」
「そうですね……」

 それから数分間の公式ウォームアップを続け、時間を見た主審のホイッスルが鳴り公式ウォームアップ終了が告げられた。

 ――第二回戦。烏野高校と伊達工業高校。

「お願いしアース!」
「しアース!」

「一回戦見た感じだと、一発目強烈なサーブが来るはずだ。サーブで崩して確実にブロックで仕留めて出鼻を挫くっていうのが伊達工の立ち上がりのパターンぽい。そこは三月と変わってない」
「一本目、しっかりレシーブ上げてけよ!」
「オス!」

 確かに伊達工業の壁は鉄壁。しかしそれさえ抜くことができれば勝機は見える。音駒のように何でもかんでもレシーブで拾うチームはいないので、立ち上がりと積み重ねさえしっかりできていれば隙ができるはずだ。

「で、分かってんな? 影山」
「はい」
「“鉄壁”を切り崩してやれ!」
「烏野、ファイッ!」
「オオッス!」

 烏野のスターティングは伊達工の一本目のサーブ対策として後衛に澤村と西谷と東峰を配置した。試合開始のホイッスルと共に打ち込まれた伊達工のサーブは予想通り強烈なものだったが、レシーブを得意とする澤村の真正面に飛んできた。

「サッこーい!」
「一本!」
「大地さん!」
「ッシ!」
「ナイスレシーブ!」

 澤村が上げたボールは綺麗にセッター位置へと返り、ボールの落下地点を見極めた影山はトスの姿勢に入る。相手校の監督も舌を巻く綺麗なフォームは何処にトスを出すか容易に読ませない。

 影山はライト側にトスを上げ、既に飛んでいた日向がスパイクを打つ為に腕を振りかぶる。目の前のブロッカーは一人、青根のブロッカーを振り切ったかと思われたが――。

「!」

 大柄な体にも関わらずリードブロックで普通の速攻の日向に追いついた。

「ふぐっ!」

 日向は慌ててボールのコースを変えて何とか相手コートにボールと落としたものの、青根のブロックはレフト側からライト側まで走って追いつき二枚ブロックで応戦できる程度の精度があった。

「はああ! 向こうのブロック一歩遅れたと思ったんですけどねええ……。あれがリードブロック、ですか? トスを見てから跳ぶっていう……」
「おう」
「今までの対戦した学校はコミットブロックを採用していましたからね」
「コミットブロック?」
「はい。トスをある程度予測して跳ぶ、それがコミットブロックです」

 だが伊達工業はリードブロックを徹底して指導していて、トスがどこに上がるか確認してから跳ぶので行動は遅れるが、その分囮には引っかかりにくいのが特徴。

「なるほど……」
「それに――あの7番、その遅れた分を詰められるだけの身体能力があります。リードブロックだからといって安心はできません」

「影山ナイッサ―!」
「ナイッサ!」
「行け! 殺人サーブ!」

 影山が打ち込んだサーブはちょうどリベロの方に飛んでしまい、ボールは綺麗に拾われてセッター位置へと返る。影山自身もやってしまったと渋い顔をしてしまう程度には勿体ないくらいの威力を持ったサーブだった。

 相手のAクイックを西谷が拾い上げたがセッター位置へは返らず、落下地点近くにいた田中がフォローに回る。そのトスを東峰が呼び、相手コーチは三月の試合ではバックアタックはなかったはずだと渋い顔をした。

「っ!」

 バックアタックからの攻撃は惜しくも相手の二枚ブロックに阻まれ、烏野側のコートへと沈む。それを見た西谷は悔しげに歯噛みをし、烏養は切り換えろと声を飛ばす。ブロックフォローができなかった西谷は東峰に勢い良く頭を下げた。

「旭さんすんません! 次は拾います!」
「おう頼む。でも次は決める!」

「あれ? 何だよーもっと心折れろよー」
「正確悪いこと言うな、二口!」
「痛っ!」

 試合の流れはほぼ平行線。烏野側は相手のタッチネットやブロックアウトで得点を稼いでいたが、鶫は少々難しい表情で試合を見つめていた。

「……」

 まだ誰一人としてスパイクが綺麗に決められていない。辛うじてシャットアウトを逃れて得点をしているだけ……あまりこの流れは良くない。現時点でギリギリ逃れているブロックに連続で捕まりでもしたら――。

「流れを一気に相手に持って行かれる」

 そろそろ公式戦で出していなかった“アレ”を出すべきかと鶫は考えていたが、それにはまだ少し早いような気がして合図は出さなかった。

 そんな中で二口が打ったスパイクを日向のワンタッチで勢いを弱めることに成功し、日向の運動能力に二口は思わずマジかと声を漏らしたが――その脇では青根が静かに控えていた。

「ナイスワンタッチ日向!」
「チャンスボオオオル!」

 日向が勢いを殺したボールを西谷が拾い上げセッター位置へと返す。そして影山の手からレフト側へとトスを上げた先には日向が跳び上がっていたが、その長身と長い脚を生かして青根が日向の前へと躍り出る。

「……相手が獲るはずだった一点を一瞬で自分等の一点にする」

 相手の心を折り、同時に味方の士気を高める
 最強の防御で最速の攻撃、それが――“ブロック”

「ナイスブロック!」
「青根もう一本!」

 日向の速攻は青根のブロックによって阻まれ、カウントは03-02。相手側のコートと客席の応援は盛り上がりを見せ、まさに鉄壁かと青葉城西の監督は言葉を溢していた。

「――そろそろかな」

 相手コートとこちら側のコートのモチベーションの差、試合の流れ。会場の空気。ここまで隠しに隠してきたとっておきの武器を出しても良い頃合い。今なら最高のタイミングで“相手を驚かせることができる”

「……」
「!」

 鶫はこちらを見た影山とアイコンタクトを取ると持っていたペンをさり気なく一度だけ回し、彼がひとつ頷いたのを確認すると口元を緩めて微笑んだ。

「くっそおー!」
「気にすんな、次だ次!」

 次は絶対に決まる。

「? あっ」

 影山の言葉に最初は首を傾げていた日向だったが、直ぐにその言葉の意味を理解するとひとつ頷いた。そんな烏野側のコートの様子を見て伊達工の監督は訝しげな表情をしていて、それにコーチがどうかしたのかと声をかけた。

「……新しい武器であるはずのあの10番の速攻を完全に止めた。なのに」

 どうして全く焦っていない……?



「音駒と戦った時、“変人速攻”はどうして止められたと思いますか?」

 鶫の問いかけにすぐさま日向が犬岡が凄かったからと答えたが、それに鶫は思わず苦笑いをしてそれは大前提だけどねと困ったように笑う。同じように隣にいた烏養も微妙な顔をしていて、それを見た影山が馬鹿かと言うように日向を見てから口を開いた。

「音駒のミドルブロッカーが日向の動きに慣れたから、だろ」
「そう。慣れた――音駒に関しては向こうに頭が良い司令塔、5番のセッターがいたことが大きいと思います」
「研磨か!」
「正直、舞雛のようにあんなに早く対策立ててくる奴がいるとは思わなかった。が、どんなチームでも遅かれ早かれ、変人速攻に慣れてある程度ついてくるようになる」
「……」
「お前らの速攻は相当強力な武器だけど、無敵って訳じゃない。重要なのは――」
「……使いどころ」
「だな」

 影山の呟きにつまりそういうことだと烏養は頷き、そのタイミングを鶫に計らせると彼は作戦を立てた。烏養がタイミングを計っても良いが、コート内の状況を隅々まで逐一把握している鶫のほうが適任だろうということらしく、鶫もまた了承済みだった。

「え、でもどうやってですか?」
「サインか何か適当に決めておいてそれを影山が把握していれば良い」

 日向の疑問に烏養がそう答えれば鶫は影山へと顔を向け、手元にあったペンを軽く振った。

「これで良い?」
「何時ものか。分かった」
「何時ものってなに?」
「北一の時も鶫は指とか物で色々サイン出ししてたんだよ。そん時に使ってたやつだ」
「え?」

 北一時代にそんなことまでしていたのかと周囲の面々は驚いていたが、鶫は大したことじゃないですよと困ったように微笑んで手元のペンをクルリと一度回した。



「次は絶対決まるってことはやんのか!? “ギュンッ!”の方やんのか!?」
「鶫から合図も出たしな」
「おれ見てなかった!」
「俺だけ分かれば言いんだよ。でも、えらい久々な気いすんな」

 お前の一番のジャンプ、一番のスピードでとべ。

「ボールは俺が持っていく」


  

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