27



 強烈な“壁”に惨敗してから三ヶ月

「ブロックが目の前からいなくなって、ネットの向こうがぱあっと見えるんです」

 そんな場面も今まであったはずだけど、どうしても”鉄壁”の向こう側はイメージできなくなっていた

 鉄壁の向こう側はどんな景色だろうか



「ホアラアアアアア!」
「っしゃあああ!」

 チーム二番目に次ぐパワーを持つ田中のスパイクが決まり、点差は16-13と烏野が僅かにリードしている。会場には烏野町内会チームや烏野女子バレー部の部員たちも到着し、彼らの試合に目を向けた。

「来いやああああ!」
「くっそ速えな……けど惜しいじゃん青根!」

「え、なに今の……」
「速攻……?」
「あれって一年生だよね?」
「あの小さい子凄い跳ばなかった?」

 日向と影山のことをほとんど知らない烏野女子バレー部の面々が二人の変人速攻に目を丸くしている中、主将の道宮は菅原が試合に出ていないことに気が付いた。そして視線はそのまま横に移動し、ベンチに座っている鶫へ向けられる。

「あれ、あの子……」
「え?」
「ほら、あのベンチに座ってるマネージャーの子」
「え、清水さんじゃないの?」
「ほんとだ。一年生?」
「あの子もしかして……」

 道宮が鶫のことを口にしようとした時、西谷が相手のサーブを受けてボールを綺麗にセッター位置へと返す。同時に田中と日向がそれぞれ飛び出し、烏野側の攻撃は二枚。

「B−っ!」
「トスくれーっ」

 伊達工業は日向のブロックに青根と二口がつく。シューズのスキール音を立てながら走り込んできた日向が跳ぶモーションを取ったので青根と二口はブロックに跳んだが、日向は直前で勢いを殺しブロックを振り切る。そして叩き込んだのは、普通の速攻。

「今度は普通の速攻……!」
「ついついあの速いの来ると思っちゃうよなー……」
「あの“ズバッ”っていう速攻と普通の速攻どうやって使い分けしてんだろ」
「その前に“ズバッ”っていうトスをどうやって打つんだよ……」

 客席でも日向に注目が集まっていて、変人速攻と普通の速攻の使い分けをどうしているのかという会話がされている。伊達工業側でも同じことを考えていたが、完全に空気に飲まれた選手たちの何人かが歯噛みをしている。それを見た茂庭は手を叩くとチームメイトの目を集め、ハイハイと声を張った。

「呑まれない! こっちの攻撃だってちゃんと決まってる! 確かにあの10番にはびっくりしたけど――」

 お前たちは今まで色んなスパイカーを捩じ伏せてきた! 烏野のエースもだ!

「今回だって止めてやろう!」
「っしゃ!」
「ハイ!」
「“お前たち”じゃなくて“俺たち”って言って下さいよっ」
「二口っ……! 今までクソ生意気な後輩と思っててゴメン……!」
「思ってたんですか」

「……なんだ。ちょっと残念」

 このまま呑まれてくれればと思ったけど、やっぱりそうはいかなさそう。強豪校のチームをまとめている主将は伊達じゃない。ちょっとだけ甘く見ていたかも。

 次のラリーでは東峰がレシーブを上げ、ボールはセッター位置へと返っていく。センターと思わせてややレフト側に寄ってから日向は跳び、青根は振られたブロックからもう一度跳んでその広い肩幅と長い腕で日向のスパイクを叩き落とした。

「おおおっ!」
「っしゃあああああ!」

「うわああ、二回も跳んだ……! あんなに大きいと少しのジャンプでもネットから手が出てしまうんですね……」
「身長に加えて、腕の長さと肩幅の広さも強力な武器だ。でも、それだけじゃない」

 視野の狭くならない冷静さと、“絶対に止める”という執念。

「両方を併せ持ってるからこその、ブロックだ」
「……このままだと、ちょっと不味いかもしれないですね」

 ――今のブロックで相当士気が上がったはず。ああいったブロックは試合の流れを掴んで呼び込む。次の一本でしっかり切っていかないと伊達工業が波に乗ってしまう。

「もう一本止めるぞ!」
「オオッ!」

 得点は18-15。次を決めなければ試合の流れを持って行かれる烏野は二口のサーブを待ち構えたが、珍しく澤村がレシーブを崩し田中がフォローに入る。上がったボールはネットに近く、伊達工業からすればかなり止めやすいボールだった。

「日向頼んだ!」
「ハイ!」

 レフト側にいた日向のスパイクは伊達工業の三枚ブロックに阻まれたが、傍で控えていた西谷がすぐさま反応してそれを拾い上げて菅原たちが歓声を上げる。ボールを繋げば、まだ勝機はある。

 日向は西谷のレシーブを見て直ぐに後方に戻り、十分な助走距離を取る。それと同時並行に影山がトスを上げる為に落下地点へ足を向け、スパイクの為に駆け出してきたのは日向と澤村と田中の三枚。

「烏野は前衛三枚! 誰来る……!?」

「持って来オオオい!」
「10番!」

 日向の声に直ぐさま反応した伊達工業のブロック。跳び上がった日向に二枚のブロックも跳んだが日向はスイングしようとした腕を下ろして上半身を屈め――後方に控えていたエースへボールを託す。

「!」

 ――エースの前の道を、開く

 「ネットの向こう側がぱあっと」

 ……ああ、これか。

 東峰に上がったボールは重々しい音を立てて伊達工業側のコートへと沈む。音駒との練習試合で学んだパイプが綺麗に通り、東峰は今までの過去を吐き出すように深く息を吐いた。

「よっしゃあああああ!」

 三月の県民大、弾かれたスパイク。切り開けなかった道

 「――エースの前の道も切り開いてくれ」


「……っし……!」

 ようやく鉄壁の向こう側を捕えた東峰の背中を見つめた菅原はそれを噛み締めるように拳を握り、彼のその様子を見ていた鶫は目尻をそっと下げた。

「お前ら凄いよ……ありがとうな」
「何言ってんスか! 決めたの旭さんデショ! 堂々としてホラ!」

 日向と影山に礼を言った東峰に西谷がそう言葉をかけていると、隣の日向の様子に気付いた影山が顔を向けた。

「……今、決めたのおれじゃないのに」
「?」
「おれ、スパイク打ってないのに」

 「10番!」

「すごい、ぞくぞくした」
「……!」
「……」
「“最強の囮”もエースに劣らずカッコいいだろ」

 最強の……囮。

「――さあ、此処からが正念場」

 こちらの手持ちの武器は全て出した。これから頑張ってもらわないと勝負にならない。


「ソアアアアア!」
「!」
「っしゃああああ!」
「田中ナイス!」

 得点は動いて23-19。烏野の優勢で試合は進んでいた。このまま獲って獲り返してを繰り返せば、多分1セット目は烏野が取れる。でもそれを突き放すには、“もうひと手間”が必要となる。

「ふぐっ」
「ナイスワンタッチ!」
「カウンタアアアアア!」

 そのもうひと手間とは相手スパイクを殺す日向のワンタッチ。それがあればあるほど烏野の攻撃のチャンスが増える。つまり相手を突き放す好機へと繋がる。

「チャンスボール!」

 西谷がレシーブを上げ影山へとボールを返し日向が跳んだ位置は、セッター位置からライト側約五十センチから一メートルの位置で打たれる速攻――Cクイック。少々離れた位置で構えていた青根と二口は瞬時に反応し日向のボールにかするように触れたが、伊達工業側のコートにボールは沈んだ。

「ナイス日向!」
「影山ナイストス!」

「わああ……日向君たちのあの速い速攻にブロックが二枚もついて来たの初めてですね……」
「ああ……すげえな」

 日向の得点により、24-19。烏野側のセットポイント。

「――でも、このまま喜んでいられない」

 鶫はそう呟くと一度ペンとノートを置いて烏養に声をかけ、ベンチに置いていたホワイトボードの磁石を動かす。そして二、三何かを話しているのを武田は見聞きしていたがその会話内容に舌を巻いた。

「もう次の試合について考えてるなんて……」

 武田がそう呟くが早いか第1セット終了のホイッスルが鳴り響く。カウントは25-19。烏野が第1セットを獲り、近くのコートでそれを見ていた青葉城西のコーチは乗せると怖いと言いつつ国見に向かって檄を飛ばす。

「ふーむ。取り敢えず1セット目と同じ試合運びは無理だろうねえ」

 伊達工の巨体の7番。あれは変人速攻に慣れ過ぎた。

「……でも」

 青葉城西の監督はそう言いつつも目を細め、コートチェンジをしている向こう側で荷物を運び入れている鶫へ目を向けた。その視線の先に気付いたコーチも彼女に目を向けると、鶫の真っ直ぐ過ぎるほど真剣な目に寒気を感じた。

「……舞雛、ですか?」
「ああ。――あの静けさ、恐ろしいな」

 何色にも染まらない黒。その中にひっそりと静かに漂う青。

 静かに相手を見つめ先を見据え、小さな穴さえも見落とさない眼。かすかな音や動き、呼吸音を捕える耳。そしてそれらを収集し手元の武器を生かす頭と、余りあるセンスと運動能力を有する体。

「――あの目、俺好きだなあ」
「はあ?」
「鶫ちゃんの、あの目」

 アップの手を止めた及川の呟きを拾った岩泉も烏野側へ目を向けると、其処にはコートチェンジの準備を終えて静かに前を見据えている鶫の姿があった。その目と立ち姿に嫌でも覚えがある岩泉は珍しく及川を諌めることはなかったが、その代わりに短く息を吐いた。

「真っ直ぐでチームメイト一人一人をしっかり見てくれてる、静かで優しいあの目――」

 それでいて相手を容赦なく叩き潰す作戦を練る冷静な策略者。

「俺、やっぱり鶫ちゃんのこと好きだなあ」
「いい加減黙れ。……勝ち上がってきたら敵になるんだぞ」
「分かってる分かってる」
「嘘だったらシバき倒すぞ」
「まさかー。真剣な鶫ちゃんが立ちはだかるなら、俺も真剣に応えなきゃ」

 それが本気で好きな相手に対する真摯な態度ってもんでしょ。



「2セット目、ローテーションを二つ回してスタートだ」

 鶫が配置したメンバーのホワイトボードを見せた烏養はそう言うと、1セット目は伊達工業の7番とマッチアップするローテーションから変えたと続けた。そしてその視線はこの作戦を主に立てた鶫へと向けられて、先程の静かな威圧感が嘘のように穏やかになっている鶫はひとつ頷いてホワイトボードに指を走らせる。

「あくまでも向こうがそのままのローテーションという前提ですけど、このローテーションなら日向君が相手の7番に完全にマークされるのを防げます。ただ全く当たらないという訳にはいかないので、多少分散させるという意味にはなりますけど」
「なるほど……ぴったりつかれないから、ブロックされる回数も減るってことだね」
「そういうことになります。多分向こうはそのままのローテーションで来る可能性が高いですから有効な手段だと思います。ただ――」

 鶫はローテーションの磁石を回していた手を止め、目の前にいる部員たちに目を向けた。

「当然のことですが、向こうの7番は日向くん以外の他の誰かをマークするということになります。それだけは頭に入れておいて下さい」

 それを聞いた月島が僅かに目を細めた時、隣に居た東峰が引き締めていた口をそっと開いた。

「……日向に頼ってばかりもいられない」
「!」
「日向が活きてこそ俺たちも活きる。ちゃんとエースらしい働きしてみせます」

 真っ直ぐに前を見つめてそう言い切った東峰。それに鶫が少し驚いて目を見開いていると、澤村と菅原が感慨深そうに、育ったな旭と言葉を溢した。それに思わず親戚かとツッコミを入れた東峰だったがそれは何処か嬉しそうで、それを聞いていた日向が脇から顔を出す。

「おれも……!」
「?」
「おれは……旭さんみたいにバックアタックとか出来ないから、前にいる間に沢山点取ります! そんで“最強の囮”やります!」
「おう、頼んだ。こっちも任せろ!」
「……」
「舞雛?」
「あっ! 皆さん、もうひとつだけ!」

 ぼんやりとそのやり取りを見ていた鶫に烏養が声をかけるとそれにはっとした鶫ははっと我に返って声を飛ばし、部員の目を集めた所で人差し指を立てた。

「伊達工業のブロッカーの中で特に凄いのがあの7番。でも他のブロッカーもかなりレベルが高いことは忘れないで下さいね」
「オス!」

 そして2セット目開始を告げるホイッスルが響き、それに弾かれるようにしてコートへ戻っていく部員たちの背中を鶫は見送った。

「大変だな。月島も1セット目より多くあの7番と向き合っていないといけないな」

 コートへ戻りながら東峰がそう月島に声をかけると月島は左手を横に振って、誰もそんなガチンコ勝負して勝つことは期待してませんよと言い日向へ目を向けた。

「派手に暴れるのは日向の役目。それにどう考えてもその日向が後衛に回ってる間を極力無難に凌ぐのが僕の役目――何時ものことじゃないですか」
「……」
「それに、向こうのブロックは東峰さんを“ロックオン”ですよ」

 月島が流した視線の先、其処には東峰を見据えている青根と二口の姿があった。

 そして始まった第2セット。伊達工業側の監督とコーチは直ぐにローテーションを回してきたことに気付いていたがそれは選手たちも同じで、ネット際で構えていた二口は口角を上げて腰を低くする。

「俺たち、普段はクソナマイキな問題児だからな。試合でくらいイイ後輩でいなくちゃな」
「……」

「影山!」
「オーライ!」

 伊達工業側のサーブを上げ影山へと繋がったボール。ややセンター寄りに跳んだ日向のブロックに青根は跳んだがそれが囮だと気が付くと直ぐに体勢を立て直す。直ぐに横に腕を伸ばすようにブロックフォローに入ったものの、東峰のパワーに押されて失点した。

 それからラリーは何度か続き、日向が後衛にいて東峰がマークされている間はシャットアウトされることが少ないとはけして言えない状況が続いた。ブロックで得点を稼いでいる伊達工業の士気が上がり波に乗りつつあったが、得点が04-04と同点になった時。

「っしゃあ!」
「おっ、烏野の10番前衛上がってきた!」

 客席で見ていた他校生の声と共に日向が前衛と上がり、一度目のラリーでは相手1番のスパイクをブロックで勢いを殺しそのボールを月島が正面から受けてボールを上げる。

「上がった! ナイス! 影山カバー!」
「持って来おおおおおい!」

 叫びながらネットまで駆け出す日向。何枚かのスパイカーの中から誰に上げるかと伊達工業のブロッカーは構えていたが、変人速攻に慣れていない伊達工業のブロッカーは完全に振られて日向のスパイクは相手コートに沈み込む。

「しゃあああああ!」
「日向影山ナイス!」
「目の前に来ると余計にクソ早ええな……!」
「ガンガンいくぞ!」
「オア!」

 それから何度かラリーが続き、10‐12と烏野がややリードした時点で伊達工業側が一度目のタイムアウトを取った。

 烏野側はローテーションをズラした分だけ変人速攻の“びっくり感”が持続しているが、それも時間が経てば経つほど薄れていく。仮にここで伊達工業側が第2セットを獲ったとすれば烏野は一気に不利になる。

「……あとは日向くんが前衛にいない間にどれだけ青根先輩と戦うかが問題、かな」

「――月島さ」
「?」
「日向が後衛にさがっている間に極力無難に凌ぐのが自分の役目だって言ってたけど――」

 伊達工相手にそれが出来るのって、十分凄いじゃん。

「!」
「だから舞雛もそれを分かって戦略立てて、月島に前衛を任せたんだと俺は思うよ」
「……」
「確かに今の俺たちの攻撃の要は日向と影山だけど、その攻撃が使えない場面を繋ぐのも重要だろ」

 直接得点出来ないなくてもレシーブが無きゃスパイクも打てないみたいに。

「今俺たちがここを繋ぐことが、勝ちに繋がってんだ」

 ホイッスルと共に二口のサーブが打ち込まれ田中が正面からボールを受けたものの、ボールはブレてセッター位置に返らない。影山がボールの落下地点を見極めてカバーに入り、東峰が静かに息を整えてネットへ向かって駆け出した。

 ――苦しい場面でボールが集まるのがエース。

「オープン!」
「東峰さん!」
「レフト来るぞ!」

 たとえ“鉄壁”相手だろうが

「!」

 ――ブチ抜く!

 東峰はブロックの隙を見てオープンからのスパイクを打ち込んだが、ストレートで構えていた青根の腕が左に動き、そのブロックにより攻撃は阻まれる。そのブロックの穴が意図的であったことに鶫は気付き、少しだけ眉を寄せたがこれで挫けられては困るとペンを握る手に少しだけ力を込めた。

「……頑張ってください」

 伊達工の7番のブロックを早く後衛に回さないと苦しくなる。
 でも此処を凌げれば――勝機はある。

「烏野の、エース」

 

×××    TOP   NEXT