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 一進一退の試合は17-17まで進んだ。東峰は二度と折られてたまるかと渾身のスパイクを打ち込むが青根のブロックがボールを上手く受け、相手側が上手くボールを拾う。相手側の監督とコーチがカウンターだと叫ぶ中、鶫は静かにネット前で構える月島の行動を見逃さなかった。

 相手のレシーブから繋がった青根のスパイクを阻んだのは月島と東峰のブロック。伊達工業相手にブロックで速攻を止めたことにより試合は烏野に流れつつある。それに加えて次に伊達工業が得点を重ねれば青根は後衛に下がることになる。

 直接的なマッチアップを減らしたことにより青根と日向が正面から戦う回数は少なくなっていたが、烏野が得点を重ねたことで西谷と交代した日向が前衛に出た。

「……あと六点」

 此処で得点を決められれば、有利になる。でも丁寧にひとつずつ焦らずに試合を運んでほしい。

 伊達工業も着実に得点を重ねて行き一進一退の攻防が続いたが、丁寧にひとつずつという鶫の願いが通じたように烏野は落ち着いて伊達工業のブロックにも対応し、得点は20-23。あと一点でマッチポイントというところまで差し掛かった。

「ナイスキー!」
「もう一本! あと一点でマッチポイント……!」

 今は日向が前衛、そして青根は後衛というローテーション。ここが突き放すチャンスだと烏野は勢いを上げていたが、伊達工業のブロックが衰えることはない。ギリギリのところで戦っている伊達工業側の二口はブロックで構えながら同じく隣で構えている鎌先に発破をかける。

「鎌先さん、青根の影に隠れてナメられてんじゃないスか?」
「あ? フザけんな! “鉄壁”は俺たち全員で」

 ――鉄壁だ!

 その声と共に東峰のスパイクは弾かれ、それを拾いきれなかった西谷は悔しげに眉を寄せた。そして前衛に青根が上がり日向と対峙したものの、ブロックの際にネットと体の間にボールを落とすというミスをした為に烏野がマッチポイントに乗る。

「まだだぞ、青根!」

 まだ、こっからだ!

 此処で日向は後衛に下がり、逆に伊達工業は二口と青根が肩を並べた一番ブロックが強いローテーションへと変わる。日向がサーブを打ち込んだもののアウトを取ってしまい、得点は22-24。今のローテーションを考えれば伊達工業が二点を獲りデュースへ持ち込むことも考えられる。今の状態でそれに持ち込まれれば烏野は一気に不利になることは明らかだった。

「……伊達工の7番、スゴイな……」

 思わず山口がそう溢すと西谷と交代した日向がそれに同意してさっきのは止められたかと思ったと言い、東峰へ目を向ける。

「でも、今前衛に旭さんいるし、大丈夫」

 それから打ち込まれた月島のスパイクだがコースは良いものの既に警戒されている為に相手側の対処が早かった。落ち着いて体勢を立て直した伊達工業側のスパイクを田中が上げ、影山が東峰へトスを上げる。

「東峰さん!」
「オオ!」

 ――ラストの一点すら決められずに、何が“エース”だ!

「一回倒したスパイカー一人止めらんなくて、“鉄壁”なんて名乗れねえ!」

 そう声を上げて青根と二口と共にブロックに飛んだ茂庭は東峰のスパイクを弾き返す。ボールは高い軌道を描きながら後方に飛んで、後方はガラ空きだと烏野の面々が振り返った時には――既にその場に跳んでいた西谷がレシーブを上げた。

「上がったアアアアア!」
「カバー頼む!」
「レフト! もう一本!」

 そう言って西谷は体を起こすとフォローに入る為に再び前へと駆けて行く。ほぼ真後ろからトスを上げることになった影山のトスはややネットに近い。スパイクを打つ東峰は真っ向から相手ブロックと戦うことになり、ボールの押し合いになった。

「っ!」

 その一瞬の攻防で青根の手首がボール押し退けて東峰のスパイクを返す。

 空気を裂く音、目の前に立ちはだかる鉄壁と押し負けた東峰。
 その脇で待機していた西谷は目を見開いた。

「――……」

 落下、落下、落下。ボールは西谷の腕の届く範囲外。
 間に合わな――。

「!」

 そして西谷は脳が考えるより早く、反射で足でボールを拾っていた。

「足ィ――!」
「――なんて奴……」
「西谷先輩……!」

 誰も拾えるとは思っていなかったボール、それを上げた西谷に鶫と烏養は舌を巻く。そして浮き上がり宙に飛んだボールを認識した時、菅原と日向、西谷は声を張り上げた。

「もう一回!」
「っ!」

 ――戻れ、すぐ戻れ

 十分な助走距離の確保を、全力のジャンプを――何回でも何回でも、何回でも!
 思考を止めるな、足を止めるな

 ――気持ちを切らせばボールが落ちるぞ

「影山、カバー!」
「ハイ!」

 次、誰にボールを上げるのか。影山が落下してくるボールを見つめて考えていた時、ベンチ側から声が飛んだ。

「もう一回!」
「!」

 その声は烏野のもう一人のセッター、菅原からだった。

「もう一回!」
「“決まるまで”だ!」

 それに応えるように東峰が続き、それに鶫と影山はふと練習の際に菅原が言っていたことを思いだした。

「旭が得意なのはネットから少し離した――」

「高めのトス」

 影山の手から上げられたトスは鶫の言葉通りの軌道を描き、影山の手から離れて行く。それに武田がこれで良いのかと目を丸くしたが、烏養はこれが今のベストだと静かに言うと真っ直ぐにコートへ目を向ける。其処には既にそのトスに向かって駆け出し、そして跳び上がった東峰の背中があった。

「行け、旭! 行け!」
「ブチ抜け旭!」

 菅原と澤村の声、そして後方には神経を張りつめて控えている西谷。彼らに押されるようにして腕を振りぬいた東峰のスパイクは鉄壁を弾いたものの、ボールはネットを伝うようにしてライト側へ飛んだ。

「!」

 強烈なスパイク、そして勢いを殺されて静かに横に飛んだボールは次の瞬間には伊達工業側のコートへ落下していた。ライト側に近かった二口がそれを追いかけて跳び腕を伸ばしたものの――それは静かに床に落下した。

 そしてホイッスルが鳴り響き、東峰の雄叫びに続いて他の面々も声を上げる。試合はセットカウント2-0で烏野側のストレート勝ちで終了した。

「ありがとうございましたーっ!」

 整列をして選手たちが目の前の選手と握手を交わし終えた後、他の面々に続いて戻ろうとした日向に向かって青根の手が再び伸ばされる。それに初めは驚いていた日向だったが静かにその握手を受け、ネット越しに戦った相手としっかり目を合わせた。

「あの、烏養くん」
「?」
「最後のトス……“今のベスト”って言ってたのはどういう……?」

 武田の問いかけに烏養はそのことかとひとつ頷くと、レシーブが乱れて思うように攻撃出来ない時にラストボールはエースポジションのレフトに集まると話を始めた。

「その言わば最後の砦には、自分の手であの壁から点をもぎ取ったと実感してほしかった」

 烏養の説明に次のプレーの自信に繋がる訳ですねと武田は納得し、烏養は続けて、特に東峰は前にも伊達工業にこっぴどくやられたみたいだしなとやや遠い目をしたが、それに武田は反応に困り何も言わなかった。

「でももう大丈夫だ。囮なしでも“鉄壁”相手に怯まず戦えた。それに――」

 自分にトスが上がるっていうのは、スパイカーにとってそれだけで誇りだ。

「自分はまだセッターの信頼を勝ち得ているという何よりの証拠だから」

「――もう一回!」

「……それに、二人のセッターにトスを託されたんだから自信持てない訳ないよなあ」

 そう言った烏養の視線の先には、鉄壁を破ったエースの背中があった。

「やったっスね、旭さん!」

 そう声をかけた日向と西谷だったが、西谷に続いた日向が途中で日本語を喋らなくなり月島のツッコミが入る。二人の勢いに押されて驚いた東峰だったが直ぐに体勢を立て直すとふっと表情を緩め、目を細めた。

「俺はエースだけど……」

 お前らは、ヒーローだな。

「!」
「うおおおおおヒーロー……!」
「いいっスね、ソレ!」

 歓喜に沸く烏野の反対側では、伊達工の撤収が進んでいた。茂庭はこちらに歩み寄ってくる青根に気付くと顔をそちらに向け、何も言わない彼に首を傾げながらも僅かに口角を上げる。

「あのトンでもない速攻相手にお前よくやったよなあ。今回は――」
「春高!」
「!?」

 普段からほとんど無口な青根の大きな声に流石の茂庭も目を見開くと、それを近くで聞いていた二口が青根の肩を掴み春高予選でリベンジしようと乗ってきた。予選は九月だから直ぐ帰って対策を立てよう、春高予選で烏野と当たったら今度こそはと続けていたが、茂庭は真っ直ぐに彼らを見つめてこう告げた。

「三年は、春高まで残らないよ」
「!」
「何でですか! 俺たちが面倒くさいからですか!」

 茂庭の言葉に二口はそう食ってかかったが前々からそう言ってただろと茂庭は困った顔で言ったかと思うと、ふっと肩の力を抜くと同時に表情も穏やかなものへと変えた。

「でも――」
「お前たちは強い」
「?」
「……伊達工は一応強豪って呼ばれてるけど」

 俺たち三年の代は“ハズレ”だって言われてたんだ。

「不作だって」
「っ……」
「でもお前たちのお陰で、鉄壁の名前に恥じないチームで居られた」

 そう語る茂庭の目と言葉は悔しげながらもやりきったと言っているようで、青根と二口は今まで残ってくれと畳みかけていた口をそっと閉じた。

「だからお前たちが三年の時は春高まで残れ。今から新しいチームで体制整えて、今年の予選で勝てなくても来年――」

 青葉城西も白鳥沢も烏野も、全部押さえ付けて全国行け!

「っけど――」
「いいな!」

 茂庭の声に出かかった言葉を飲み込んだ二口。そして小さく返事をしたことを鎌先にからかわれれば、それが彼らの新たな第一歩かのように大きく息を吸い込んだ。

「――オス!」

 ――伊達工業高校、IH予選二回戦敗退。



「……上手く機能していたみたいで取り敢えず一安心かな」

 後片付けをしながら鶫はそう呟くと日向と影山に目を向け、ラリー中に交わされる、変人速攻と普通の速攻の合図を思い返していた。

「――相手、サインに気付かなかった!」
「おう。当分有効に使えそうだな」

 その会話を偶然聞いていた月島が脳みそ筋肉なのによく考えついたねと茶々を入れる。考えたのは俺らじゃなねえと悔しげに言う日向と、どういうことだと文句を言っている影山の様子が鶫の方からも見えたが、誰が考えたのかという月島の言葉で視線は横へと逸れた。

「菅原さん!」

「……やったな」
「おお」
「リベンジ、出来たな」
「……おお」

 その当本人である菅原は澤村とそう会話を交わしていて、妙な静けさが二人の間に漂っていた。そしてしばらくの無言の後、菅原はゆっくりと口を開く。

「……でも」
「……」
「もちろん」

 自分のトスで勝てたら良かったと、思うよ。

 悔しげにそう口にした菅原。しかし次には今は此処だけの話にしてくれと申し訳なさそうに続け、それを遮るように澤村が口を開く。

「お前がまだ戦うつもりでいて」
「?」
「よかった」
「!」
「明日も試合だ。勝ち残るぞ」
「おう」
「わああああ!」
「キャーッ!!」
「!?」

 彼らの後方から突然大きな歓声と女子の黄色い歓声が飛び、それに驚いた澤村と菅原を始め烏野の面々が顔を向けた先には、及川がサーブの為にコート外からボールを受け取っている様子が見えた。

 第1セット、得点は14-23。青葉城西のリード。

「……“王者”も“ダークホース”も全部食って」

 ――全国に行くのは俺たちだよ。

 

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