27
ボールを宙に放ると共にシューズのスキール音が鳴り響き、次の瞬間には勢いを持ったサーブは相手プレイヤーの腕を弾き飛ばし、及川は連続でサービスエースを決めた。
「ギャーッ、またっ……!」
「これで四本連続サービスエース……」
2セット目、得点は21-10。青葉城西と大岬戦を客席で見ていた烏野の面々は改めて及川の実力に目を見張る。及川のプレーを公式戦でしっかりと見た烏養も及川が打つサーブの威力とコントロールに驚いていたが、それに日向があのサーブさえ何とかすればと返すものの烏養は表情を変えない。
「確かにサーブは怖いけど――」
“セッター”としての及川は俺たちにとって完全に未知数だ。
菅原の言葉に鶫と影山が静かに顔を見合わせるその脇で、烏養が練習試合の時の様子を訊ねてきた。あの時は3セット目のラストにライトの選手と交代してピンチサーバーに入っただけだと澤村が答えると、烏養はしばらく黙ってゆっくりと目を細めた。
「……セッターってよ」
オーケストラの“指揮者”みてえだと思うんだよ。
「同じ曲、同じ楽団でも、“指揮者”が変われば、“音”が変わる」
「……なんつーか、すげー滑らかな連携だ」
安定感がありスピード感もある速攻。それに思わず菅原がそう溢せば、及川と岩泉は小学校からクラブチームで一緒だったらしいと影山が言い、鶫は続けて口を開いた。
「青葉城西というチームを熟知してそれを百パーセント引き出せる――それが及川先輩です」
さて、これをどう攻略するか。
そんな空気が烏野の面々の間に流れ始めた時、彼らから少し離れた場所で前のめりに見ていた日向と西谷がソワソワし始めた。それに気付いた鶫がそちらに顔を向けると同時に日向は我慢し切れずに口を開く。
「大王様かっけえ! 早く試合したい!」
「おう! サーブ俺狙ってくんねえかなあ!? とりてえ!」
「ノヤさんもかっけえ!」
「……」
「頼もしいな……」
相手を怖がるどころか早く試合がしたいと大声で言いながら青葉城西戦を見ている日向と西谷。普段とほとんど変わらない彼らに毒気が抜かれたように菅原が苦笑いをしていると、コート脇にカメラがあることに気付いた日向と西谷がまた声を上げる。
テレビだと騒ぎながら更に体を前に出す日向と西谷。流石にそれは危ないだろうと鶫がベンチから腰を上げて二人に歩み寄った時、下でそのカメラを扱っていた取材スタッフが顔を上げた。
「コラーそこの中……小学生かな? 少し静かにね」
「!!」
「しょっ……スミマセン」
「ブフーッ!」
確かにぱっと見では背格好がそうとも見えなくはない日向と西谷は一気に静かになり素直に謝罪をし、その後ろでは澤村たちが思い切り噴き出して笑っている。鶫は少し困ったような表情をしたがこのまま放っておくのも気が引けたので二人を促して席に戻ろうとしたところ、下の取材スタッフがあっと声を上げたので鶫と日向たちはそちらへ顔を向けた。
「君、もしかして舞雛鶫さん?」
「え?」
まさか自分の名前が呼ばれるとは思っていなかった鶫が虚を突かれて目を丸くしていると取材スタッフは月バリを開いて鶫の顔を確認し、雑誌から顔を上げると笑顔を浮かべた。
「やっぱりそうか! いやあ、まさか此処で会えるなんて思ってなかったよ」
「あ、ええと……」
「こっちでちょっと話を聞かせてもらえないかな?」
「鶫ちゃんテレビ! テレビ出られるって!」
「あ……」
嬉しそうにそう言う日向と行って来いよと笑う西谷に反して、鶫の表情は困惑していてどう返答しようかと答えあぐねている。そんな鶫の様子に気付いた影山が腰を上げるよりも早く菅原が席から腰を上げると、影山は驚いて目を丸くし、鶫を庇うように前に立った菅原を目で追った。
「すみません。彼女少し疲れているので取材は止めてあげてください」
「え、そうなの? それなら仕方ないな……。明日もし時間があったら是非取材させてほしいな。宜しく頼むよ」
「すいません、失礼します」
「し、失礼します」
日向と西谷を先に席に押し戻した菅原は取材スタッフにそう言って応対すると、後ろにいた鶫へ振り返って優しく笑い、行こうかと声をかけた。思いがけず助けてもらった鶫はひとつ頷いて菅原に小さく何度も頭を下げれば、菅原は気にすんなと笑って彼女と一緒に席に戻る。鶫が隣に戻ってきた時、影山の右手は少しだけ握り締められていた。
それから青葉城西がセットカウント2-0で勝利したのを見届けてからマイクロバスに乗り込み、部員たちはそのまま烏野高校まで揺られて行く。一日で二試合をした彼らはバスに乗り込むと直ぐに寝息を立て始めて、清水と共に前に並んで座っていた鶫は武田と烏養の会話に耳を傾けていた。
「明日以降も勝てば日に二試合な上、相手は強くなっていく。毎回気合い入れ直さねえとな」
「ハイ……」
「……」
そう、まだインターハイは始まったばかり。まだまだ気を抜いてはいられない。私も出来ることをもっと探さないと……。
そんなことを考えている間にバスは烏野高校に到着し、ちょうどバスを停めたところで職員室の窓が開き武田を呼ぶ声がした。部員たちを起こそうと腰を上げた鶫も声のした方へ顔を向ければ、一人の教師がにっこりと笑って声を張った。
「バレー部がテレビに映ってますよー!」
「テレビ!?」
そのひと声は何よりの目覚ましだったようで日向と西谷と田中を筆頭とした面々は直ぐに目を覚ます。彼らがバタバタとバスを駆け下りていく音で他の面々も目を覚まし、状況を鶫が説明するとそれならと次々にバスを降りていく。
清水には先に行ってもらい忘れ物がないかどうか確認をしてからバスを降りようとした鶫が出入り口に足を向けると、降りた先では影山が待っていた。何時も通りに差し出された手に鶫は困ったように微笑んだが、影山が差し出した手を借りてバスを降りると先に行った部員たちと同様に職員室へと向かう。
「おおお! やってる! テレビ!」
「ローカルニュースじゃないですか」
「うるせえ! テレビはテレビだ!」
職員室に行くとちょうど月島のだるそうな声と西谷と田中の元気な声が聞こえてきて、背の小さい鶫が見られるようにと部員たちが前への道を開けてくれた。それに甘えて影山と共にテレビの前に来た鶫は上に置かれているテレビを見上げる。
『昨年ベスト4の新山工業を破り和久谷南高校が三回戦へ進出。一方、Iブロックは“大エース”牛島若利君擁する、“王者”白鳥沢学園の初戦です』
アナウンサーの声と共に体育館の様子が俯瞰で映され、次に画面が切り替わった時にはスパイクを打つ牛島の様子に移り変わった。モニター越しでも分かるその威力とスピードに鶫はゆっくりと目を見開く。
『対する扇南高校に第1セット25-10、第2セット25-06と全く流れを渡すことなく大差で圧倒。王者の貫録を見せました』
「25-06て……」
『今年も王者が危なげなく全国への切符を勝ち取るのか、それとも彼らを止めるチームが現れるのか! 注目ですね!』
白鳥沢の次に映ったのはAブロックの会場、今日烏野が試合を行った体育館。それに日向が表情を明るくしたのもつかの間、次に映されたのは青葉城西の及川の姿で、それに日向と田中、西谷は一気にテンションが下がった。
「今日やった体育館だ!」
『注目はやはり青葉城西高校主将の及川徹くんですね!』
「……」
『華やかなルックスで女の子のファンも多く、人気も実力も兼ねた選手です。そしてこの青葉城西に挑むのがベスト8確実と思われた伊達工業をまさかのストレートで下し勝ち上がってきた――』
古豪、烏野高校です。
その声にようやく俺たちがテレビに映ると日向と田中と西谷が目を輝かせたが、画面が切り替わって映し出されたのは及川の姿。どういうことだと言いたげな日向たちを他所にアナウンサーは三回戦の相手である烏野高校の印象を聞き、それを聞かれた及川はにっこりと笑った。
『いいチームですよね! 全力で当たって“砕けて”ほしいですネ!』
『明日も熱戦が期待されます!』
『頑張ってほしいですね! さて次の――』
その及川のひと言で他の部員たちも一気に静かになり、その空気を察した教師は冒頭部分にはちょっと映ってて皆カッコ良かったよとフォローを入れる。しかしそのひと言だけでは及川に対する複雑な感情が払拭されるはずもなく、澤村は教師の方に顔を向けて礼をひと言口にすると、そのまま職員室のドアへ足を向けた。
「よーし、それじゃあ――やるか」
その重々しい雰囲気に教師は何をと驚いていたが武田がミーティングだと慌ててフォローを入れた。流石にこれは自分では何とか出来ないと察した鶫はそのまま彼らの後をついていき、何時もの第二体育館でミーティングが行われた。
「今日の伊達工戦はな――言わば、“ビールの一口目”だ!」
「……」
「ビールの一口目の美味さは最初だけの特別な美味さだ!」
ミーティングで堂々とそう語る烏養に流石の武田も苦笑いをして、未成年にも分かるようにお願いしますと言った。それに鶫も小さく頷いていて、周囲の面々が呆然としている様子を見た烏養はそれはそうだなと頬を掻くと話を続けた。
「“変人速攻”が初お披露目だったからこそ相手の意表をつくことが出来た訳だが、でも青城とは一度戦ってるからある程度手の内を知られてる」
ただそれでもお前たちの攻撃力が高いのは確かだと烏養は言って、まずは及川のサーブを凌ぐことを提案した。それに鶫はホワイトボードを烏養の方へ寄せてくるとコートの缶略図を書き、磁石を貼っていく。
「あのサーブで流れを持ってかれるのが一番嫌で、かつ有り得るパターンだ。で、今はサーブは基本セッター以外の皆で取るフォーメーションになってるが、今回は――」
ミドルブロッカーの日向と月島はサーブレシーブには参加させず、攻撃のみに専念させる。
そう言った烏養の後方のホワイトボードには既にフォーメーションが鶫の手で書き込まれていて、烏養はそれを指し示す。そしてそれを聞いて落ち込んでいる日向と月島には分業だと言い聞かせ、部員たちをコートへ行くように指示したが何かを思い出して彼らを一度引き止める。
「あ、あとな。お前ら青葉城西見て、“あ、やべえ強え”って思ったろ。でもよ、例えば伊達工の試合をもし同じように見てたら、何だよあのブロックまじ怖い勝てないって怯むだろ」
でも戦えた、勝った。
「明日もそうだ」
「!」
烏養の言葉に部員たちは今までの不安な表情から一転して気合いを入れ直し、フォーメーションを確認する為にコートへ駆け出していく。その時第二体育館のドアが開いて、町内会メンバーの森が顔を見せた。
「おお、森!」
「コレ、今日の試合っス」
森から手渡されたのは二枚のDVD。それを受け取った烏養は今度オゴると言って森と別れるとそのDVDを二つに分けていく。その様子を見ていた武田が青葉城西戦の物かを訊ねると烏養はそれに頷いて、何もしないとソワソワするからなと笑った。
「烏養くんには僕がオゴりますね……!」
「マジで!?」
武田の言葉に烏養は嬉しそうに笑うと、分けたDVDの片方を鶫に差し出した。まさか自分の分もあるとは思っていなかった鶫は目を丸くして烏養を見上げると、それに彼はまさかないと思ってたのかと笑うと、不敵な笑みを浮かべた。
「お前には期待してる」
「えっ」
「お前は今日の二試合で十二分に役に立った。“静淑無比の軍師”の名前は伊達じゃない。もっと自信持て」
「は、はい……」
「そんなに驚くなよ。じゃあフォーメーションの確認するか」
「はい!」
鶫はDVDを鞄にしまうと、先にコートに向かった烏養の背中を追いかけた。
「じゃあ明日も遅刻すんなよー!」
「チョース!」
軽くフォーメーションの確認と明日のスケジュールを再度連絡し終えて解散となった烏野男子バレー部。第二体育館から出て行く面々の中で歩いている影山の表情を見上げる鶫は彼の何時もと違う様子にどう声をかけるか迷っていた。
「……」
「俺はこのクソ可愛い後輩を公式戦で同じセッターとして、正々堂々叩き潰したいんだからさ」
……考えているのはきっと及川先輩のこと。及川先輩のことを考えすぎて明日に影響が出てしまわないと良いけど、それを言えばきっと飛雄くんは余計に考えてしまう。指摘しても駄目だし指摘しなくても駄目だし……。
影山の表情を窺いながらどう声をかけるか考えていた鶫の反対側、影山を挟むような形で日向が駆け寄ってくると影山の顔を覗き込んだ。
「おい影山! 十代半ばにして眉間のシワとれなくなるぞ!」
「あ!?」
「明日、大王様倒して――」
「!」
倒す……あの及川さんを倒さないと、先には進めない。
鶫をデケエ体育館に連れて行ってやれねえ。
「テレビに映るんだから爽やかな顔の練習した方が良いぞ」
「!? 余計なお世話だ!」
「試合には勝つ。勝たなきゃ先に進めねえ!」
「……」
日向と影山の騒がしいやり取りを隣で見ていた鶫は僅かに歩調を落とし、自分の左足に視線を落とした。
「……」
歩くには十分な足、でも地面を大きく蹴って飛び上がるには不十分な足。
もう取り戻せない、空を跳ぶための翼。
「……やっぱり、弱虫だな」
「何か言ったか鶫?」
「ううん、何でもない」
自宅前で影山と別れた鶫は夕食を摂って風呂を済ませるとパソコンの電源を入れてDVDを入れた。読み込んでいる間にイヤホンを差して耳に填めると、まず聞こえてきたのは低い応援の声と女子の歓声。
「……」
公式ウォームアップから録画されていたそれを見始めてから三十分、鶫は険しい表情で僅かに眉を寄せた。
「……やっぱり」
――予想はしていたけれど、これはかなり厄介なことになりそう。